第78話、乙女たちのお茶会(閑話1)

 外の景色も真っ白に染まり、王都へ来る商人の姿も減ったある日の午後。


 トライエンド侯爵邸では恒例となったお茶会が開かれていた。

 この季節になるとゴブリンも巣穴から出てこなくなるため、冒険者組合への討伐依頼は少ない。

 雪うさぎの討伐依頼はあるにはあるが、依頼を出すのは露天商や食堂が主なために依頼料は少なく冒険者にとっての不景気な季節なのだ。


 当然、タケたちも外へ出ることも減り、結果としてお茶会は頻繁に行われる。

 まきの暖炉を囲むソファーには、この家の次女でアロマ、エルフのサラフィナ、日本から転移させられた麗華が腰を落ち着けていた。

 ソファーの真ん中には細長のテーブルを配置し、真ん中には小麦粉と蜂蜜を使ったお菓子。

 それぞれの前にはティーカップが置かれている。

 注いだばかりの紅茶からは湯気が立ち上り、雰囲気作りに一役買っていた。


 アロマがカップを手に取り、一口くちに含む。

 茶葉の香りが鼻孔を刺激し、ほっ、と思わず吐息を漏らす。

 麗華も同様に香りを楽しみながらカップに口を付けた。


「美味しい」


 蕩けそうな面持ちを浮かべ声を漏らすと、サラフィナも両手でカップを持って紅茶に息を吹きかける。


「サラフィナさんは猫舌なんですね」


 その様子を認めた麗華がサラフィナに尋ねる。

 サラフィナは落胆した様子でカップを置くと、心外そうに麗華にいう。


「入れ立ての紅茶ですから当然です。エルフでは最初の一杯はさまして、二杯目から熱々に注ぐ物なのです」


 それを聞いた麗華が思わず吹き出して楽しそうに話す。


「ぷっ、まるで三杯の茶のような風習ですね」


 アロマもサラフィナも小首をかしげている事から、この異世界では二杯目の茶はあっても三杯目の茶はないようだ。


「その、三杯の茶とは何なんですの?」


 気になったのかアロマが口をひらく。


 麗華が参加するようになり、アロマたちから見れば異世界の地球、それも日本の伝統や風習の話に花を咲かせるのはお馴染みの光景になっている。


「えっとですね、私が住んでいた日本という国で過去に実際あった話なのですけど……こちらでいう貴族様が鳥を狩るために地方へ赴いたんですが、休憩に立ち寄った教会で、出てきたシスターは貴族様にお茶を出すときに、最初の一杯は一番大きなカップでぬるいお茶を、二杯目のお茶は少しだけ熱くしたお茶を中サイズのカップで、三杯目のお茶は熱々のお茶で一番小さなカップでお出しした話ですね」


 得意げに、ちょっぴりお茶目に分かり易く麗華は説明したのだが、二人には通じなかったようで……さらに首をひねられてしまう。


「それがどうしたというんですの?」


「麗華様、お茶を三杯も飲んだらお腹がカプカプしてしまいますよ、嫌がらせですか!」


 アロマの疑問は深まり、サラフィナにおいては何とも辛辣な反応である。


 麗華はここからが本番とでもいうように、


「この話は奥が深いんですよ。そのシスターは貴族様が大変お疲れで喉が渇いてそうだったので、最初は喉を潤してほしくてぬるく、次に呼吸を落ち着かせてほしくて少し熱く。最後に茶葉を堪能してほしくて熱々にしたんですから」


「やはり分かりませんわ、貴族に対しての当然の対応ですもの」


 貴族として、常日頃からメイドたちに気配りをされているアロマには通じていない。侯爵家のメイドなら気を配るのは当然なのだ。


「うーん、やはり嫌がらせですかね……二杯目で熱々でいいんじゃないかと」


 サラフィナもエルフの価値観ではその通りなのだろう。というか、二杯目に熱々のお茶を出しても良かったのではないかとすら思える。

 サラフィナの発言で、麗華にもアレ? といった疑念が生まれるが、話を終わらせるつもりはないようだ。


「これには続きがありまして、この貴族様はシスターの気配りに大変感銘をうけて、シスターを自分の家来に取り立てたんですよ。その貴族様に取り立てられて、シスターは出世したわけです」


 これでどうだというように、麗華が自信満々に二人を見回す。


 が、しかし……。


「まぁ、なんてずうずうしい貴族なんでしょう。仮にも神の遣いでもあるシスターを俗世に戻すなんて……」


 アロマが呆れて憤慨した様子をみせる。


 麗華は気づいてなかったが、寺にいた小姓とシスターでは立場も役割も全くべつであった。

 これはこちらの世界の人でも話を呑み込みやすく喩えた麗華に責がある。

 麗華も、なぜ? といった表情だ。漫画であれば目尻から頬にかけて棒線が描かれていることだろう。


「やはり貴族はろくでなしですね。シスターを手込めにするとは恐れ多い――」


 サラフィナはサラフィナで、貴族がシスターを妾にしたから出世したと勘違いしていた。

 そもそも異世界では女性の立ち位置は弱い。

 女性が仕事で出世する事は非常に珍しく、妾になり世継ぎを産むことで出世するのが一般的だからこれもしかたない。

 全ては麗華の例え方が悪いのだ。


(もぅ! 何でこうなるのよ。私が話しているのは美談なのに――日本人独特のおもてなしの心が認められ、立身出世につながったって話なのにぃ)


 麗華は観念して話の本筋を説明することにした。


「はぁ、私のたとえが悪かったのね。こちらの世界に合わせようとして色々キャスティングを変更しましたが、シスターは実のところ見習いの男の子なんですよ。聖職者じゃないんです。それに茶葉は当時高級品で中々手に入らない物だったんです。だから殿様であった豊臣秀吉は小姓だった石田三成を気に入って家来として召し抱えたんです。貧しい子供が気配り、おもてなしの心のお陰で立身出世したいい話なんですよ」


 麗華は全力でぶっちゃけた。


 あくまでもいい話として終わらせるために。

 だが、異世界の感覚を舐めてはいけない。


「やはり分かりませんわ。そんなことで出世させていたら当家のメイドも出世させなければいけなくなりますもの」


 アロマはぶれない。貴族らしさが染みこんでいたのであった。

 そして、もう一人、最強の女が残っていた。


「だいたいアレですよ。紅茶にお湯を入れる際は一度沸騰させた湯を少し冷ましてから入れる方が、うまみがあって苦みとか渋みが出にくくなるんです。

一杯目のお茶がぬるかったのは殿様に催促されてお湯が沸騰する前に出したからですよ。貴族なら無礼打ちはあるあるですからね。茶を出せ! なんて言われたらビビって沸騰まえに出しちゃいますって。きっと。

二杯目の茶が中途半端な温度だったのも、殿様が一気に飲んじゃって間が持たないからかもしれませんよ。その小姓も焦ったでしょうね。お湯が沸騰するまでの時間を稼ごうと、わざと大きいカップでお茶を出したのに、ぬるかったせいで一気に飲まれちゃったんですから。で、三杯目の茶になってようやくお湯がぶくぶく沸騰したというのが本当の所だったり――それにしても最初の一杯目のお茶で殿様がお腹を壊さなくて良かったですね。お水は一度沸騰させないとお腹を壊すといいますし、そうなれば最悪は無礼打ちでしたねっ!」


「「ぶっ――」」


 サラフィナの怒濤の見解を聞いた両名は、飲みかけの紅茶を吹き出したのであった。

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