第77話、隷属化へのシナリオ。

 場所は変わって旧サラムンド帝国城内のテラス。

 テラスに備えられた鉢植えには、胡蝶蘭を始め、マンデビラ、アヤメ、アルストロメリアなど色とりどりの花が咲き誇る。

 季節を無視した花が咲いているのには訳がある。

 帝国全土を手中にしたデスチルドが地球から資材を運び込ませ、テラスに温室を作ったからだ。室温を常に一定に保つ事で、季節を無視した花々の鑑賞を有効にしていた。

 外気との温度差で若干曇ったガラスの外は、粉雪が舞っている。

 温室備え付けのテーブルセットに深く腰掛けるのは、影の支配者であるデスチルド。

彼の正面に腰掛けるのは、初代首相の任をうけた革命の首謀者トライズである。

 この人物、帝国民の間では英雄視されているが、その正体はデスチルドの子飼いの腹心である。

 地球から最初にこの地へ送り込まれた彼は、実行部隊とともに各地へ散らばり、これまで虐げられていた帝国民を一つにまとめ上げ蜂起した。

 デスチルドは表面上彼の補佐役となっているが、本来の立場は逆である。


 テーブルに置かれた数々の書類のうち1枚を取り出しデスチルドへ渡す。


「デスチルド様、思った以上の収穫がございました。この城は宝の宝庫です。まずはこれをご覧ください」


 デスチルドは彼から渡された書類をうけ取ると、ほう、と歓喜の声を漏らす。

 書類には、城の宝蔵庫に保管してある数え切れないほどの財宝、金貨、豪華な武具が書かれてあり、名目の隣にはドル換算での価値が記載されている。


「ふはっはっは、まるでルーヴル美術館だな」


 ご満悦の表情でニヤリと笑うロスチルドだが、その眼は笑っていない。


「で、アレの準備はできているか?」


 部下の働きぶりを吟味するような、上目遣いの視線を向けロスチルドは尋ねる。


「はっ、それに関しましては、こちらの書類にて」


 一見、プレゼンを行う営業マンのようだが、それこそがトライズの本来の姿。彼が得意としているのは巧みな話術による人心掌握で、資産家であるデスチルドの意向を受けて、アメリカでは政府高官や大統領にたいし折衝を行ってきた人物であった。

 デスチルドは渡された書類に目を通すと満足げに口を開く。


「うむ、よくやった。天候が回復してからで構わん。帝国全土へ通達せよ」


 デスチルドは指で書類を弾くように返すと、覇気のある声色で告げる。




 その二日後の天候が晴れた日、城の中庭に大勢の帝都民が集められた。

 これまで城に赴く事を許されていなかった都民は、誰もが家族ずれで、子供たちは城の豪華さに目を見張り、大人たちですら観光気分でやってきた。

 皆、この時ほど革命に参加、または加担して良かったと胸を張っていた。

 満面の笑顔を浮かべる都民の前に、城のテラスから二人の白人が姿を見せる。

 帝国民の代表であるトライズとデスチルドである。


 トライズはデスチルドより一歩前に出ると集まった都民へ意思表明をおこなう。


「まずは、この場にこれ程の都民が集まってくれたことに感謝の言葉を贈らせてくれ」


 トライズの演説は胸元に付けられたピンマイクを通し、アンプで増殖され、スピーカーを通して、帝都の端まで届く程の大音量から始まった。

 魔法のあるこの世界の住人でも、これには大層驚かされた。皆、トライズが魔法を使用したと勘違いした事だろう。


 ワァ、っと大歓声が生まれた。


 トライズも片手をあげてその歓声に応えている。

 歓声が収まると再びトライズが話し始める。


「まずは城を捜索した結果報告からさせていただきたい。皇帝の処刑後、われらは国民から搾り取った金で贅を極めたこの城の内部を隈なく捜索した」


 再び、大歓声があがる。


「その結果、分かった事がある。皇帝は国民から集めた金を軍備増強にすべて注ぎ込み、夥しい数の武具を用意していた。金銀財宝でも残っていれば、それを換金し国民へ分配したかったのだが……」


 あちこちの都民たちは、おぅ、と落胆した声を漏らす。


「皆の気持ちは察して余りある。残念ではあるが、私はその武具を全て売却、処分し、得た金貨で国民のための新しい仕組みを構築したいと考えた」


 身ぶり手ぶりを交え演説するトライズの姿は国民の代表者たる堂々としたものだった。誰もがトライズを自分たちの側の人間、仲間だと疑わない。


「私はここに宣言する。この贅の限りを尽くした城を国民のための政治をする議会とし、開城時間内であれば誰でも入れるようにできる事を――」


 ここは国のトップである皇帝が住まう場所であった。当然一般の都民は見物にしても入れる場所ではない。それを解放すると言った言葉に誰もが酔いしれる。


「そして私は誓う、この国を10年以内に立て直し、皆の生活を裕福にする事を」


 この言葉こそが全ての者が望む言葉だった。

 これまでにないほどの大歓声の中、トライズは期待に応えるように右手を斜め上段に掲げる。地球で暮らした者からすれば、悪逆無道な独裁政権を誕生させたヒトラーを思い起こした事だろう。


 尚も、トライズの演説は続く。


「全ての統治者の汚職を一掃するため、私はここに貨幣造幣商会の設立と、好きな土地を誰もが購入できる制度の導入を提案する。これにより、これまでの封建制度はなくなり、悪い貴族や国に多くの土地代を支払う事もなくなる。また、国民の代表である私も、貨幣を造幣する権利を放棄する事で、私利私欲に走る可能性をなくすものとする。

都民の皆は貨幣造幣商会とは何のことだと思うだろう。この貨幣造幣商会は国や国民が困窮した際に、この商会から貨幣を融通してもらうことで生活の基礎を守る役割を成し、皆の大事な資産を預けておく事も可能だ。そしてこの商会は議会と同じく、複数の国民の代表が運営する事でお互いに不正を監視し合う役目を担うものである」


 トライズの話が小難しくなると、小首をかしげる者も出てくるが、それは想定内だ。デスチルドの意図する事は貨幣の流通を制御する事なのだから。

 都民たちは、これまで貴族に徴収されていた理不尽な土地代うんぬん、また不正を許さないといったトライズの言葉に希望の光を見ていた。


 大勢の都民の視線を受け、さらにトライズは語る。


「皆を苦しめた皇帝一族はもういない。横暴な貴族もいない。これからこの国は皆で案を出し、力を合わせて発展していく国となるだろう。

では、先程述べた誰もが土地を購入できる権利について説明させていただく。

有効活用できる土地によって価値は変わってくるだろう。帝都であれば家族4人が暮らす規模の土地は平均価値で金貨100枚であるが、そんな大量の金貨を保管している者はいないだろう。

そこでだ、先程の貨幣造幣商会を通じて金貨100枚を借りるとする。これは個々の借金になるが、返済期間は20年間を目安とし、月々の返済額は年利1割の利息を入れて銀貨19枚程度になる。払い終えるまでは多少切り詰めた生活を強いることになるが、全額を支払った後は完全にその土地の所有権は購入者のものとなる。個人の財産になるといえば分かり易いかな。

もし、月々の支払いが高いようであれば、返済期間を長くする事も可能だ。

ただし、土地の所有者が死去した場合は、それを継ぐ者にわずかばかりの相続税を支払ってもらうことになるが、なぁに、たいした額ではない。

それよりも、その土地をこれから生まれる子孫へ残す事こそが大事なのだ。

自分の土地で裕福に暮らす子たちの未来が目に浮かぶようではないか」


 この世界の住人に利息という概念はない。

 金貨100枚を借り受ければ、20年後に総額で金貨231枚支払わなければならないと言うことは知るよしもない。30年後であればよけいに利息が膨らむと言うことも……。

 都民たちはそれでも、よどみなく喋るトライズの演説に酔いしれていた。

 相続税も実際は土地の相場が金貨100枚であれば金貨10枚になることも分からずに。



 トライズの演説が終わりを迎えると、都民たちは満ち足りた笑顔で、希望に胸を膨らませて城から去って行った。今日の演説の真の目的に気づくこともなく。



 演説を終えたトライズはデスチルドを引き連れて、先代皇帝が使用していた執務室へと向かう。見るものが見れば、立場が逆にみえる立ち位置だ。

 豪華な飾りが施された執務室の扉をトライズが開けると、彼の後に付いて来たデスチルドが先に入室し真っすぐ皇帝の席へ腰を下ろした。


 嫌らしい微笑をたずさえ、補佐役の席についたトライズに声をかける。


「相変わらず見事なものだ」


 トライズは苦笑いを浮かべながらそれに答える。


「いえ、素人を魅了するのは楽でございました。魑魅魍魎がはびこるホワイトハウスではこうはいかなかったでしょう」


「ふっ、よく言いおる。すっかり大衆共を魅了していたではないか」


 デスチルドも先程の演説の成功に満足げだ。


「この世界に金利の概念がなかった事は幸甚でございました」


「大衆共の未来は現在の日本人と同じよ。低賃金で労働するだけの奴隷と化すのだ。周辺国からも2割の税と人頭税の廃止が効果を現し、続々と移民が増えているしな。この国を皮切りにこの世界の経済を手中に納めるのだ」


 皇帝の椅子に深く腰掛け、足を組む姿はこの場の序列を如実に物語る。


「あちらの世界でモデルケースがございますからね。簡単でございましょう」


 デスチルドに同調するトライズも一仕事終えたばかりで、肩の力を抜いているが、決して立場を弁えていないわけではない。目の前の人物に失礼がないように配慮はしている。


「それでアレはどうしている? この計画の協力者を集めるために動画を撮影させていると聞いているが……」


 トライズは一瞬、はて、誰の事かと思考するがすぐに見当がつく。手を顎に添えると地球から連れてきた宗方の動向を話し出す。


「彼でしたら、デジタルカメラを持って街へ出かけているようですよ。後で動画をネットにアップすると言うことで……」


 わずかばかり不快な物を見るような目つきでデスチルドが語る。


「ふん、適材適所というやつだな。私もこの規模の世界を一人で牛耳るのは困難だ。賛同者を集めなければならんからな。せいぜい役に立ってもらおう」


 嫌らしい目つきで虚空を見つめ、デスチルドは微笑む。

 宗方の撮影している動画こそ、前話で話題にあがった動画であることは言うまでもない。

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