第75話、タケ、税率を学ぶ。

 サラムンド帝国が滅亡したという知らせは、数日後にはザイアーク王から貴族たちへ伝えられ、御用商人を通じて王都民の誰もが知ることとなった。


 タケと麗華、サラフィナは冒険者組合で討伐依頼を受けるため王都を歩いていたのだが、そこかしこで聞こえてくるのは敵国サラムンド帝国が滅亡した話ばかりだ。

 噂話に花を咲かせる王都民を横目に、麗華はあどけない表情で語りかける。


「それにしても王都中サラムンド帝国が滅んだ話で持ちきりですね」


「麗華さん、サラムンド帝国は軍事国家として名を馳せてきた国だから当然ですよ。敵対している国が滅びれば戦争の心配がなくなるからね」


 タケも大勢の人々で賑わう露天商を眺めながら、そんな麗華に答えた。

 そんな二人の様子をうかがうサラフィナが、僅かばかり険しい面持ちを浮かべ口を開く。


「タケ様、それはどうでしょう? 民主主義国家に生まれ変わったとはいっても、所詮は人族の考える事。前皇帝と同じ考えに至っても不思議ではありません」


 人族嫌いの傾向があるサラフィナの意見に、タケも麗華も苦笑いを浮かべる。


 確かに、民主主義国家だからといって争いがないわけではない。

 地球上の国家を例に挙げれば、ウズベキスタン、シリア、イラク、自国の防衛の為に核に手を染めた北朝鮮でさえも民主主義国家だ。


 ちなみに民主主義には大きく分けて4つのカテゴリーがある。


 1、完全な民主主義 

 2、欠陥のある民主主義

 3、混合政治体制

 4、独裁国家体制


 このうち地球上の三分の一の人口にあたる25億人が独裁国家体制の国で暮らしている。

 俺たちが住んでいた日本はどうかというと、日本国民なら完全な民主主義だと思うだろうが、イギリスの研究所、エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの発表では欠陥のある民主主義らしい。理由は選挙の投票率が悪いから。それと女性議員の数が他国に比べて少ない事が理由だからだ。


 まぁ、小難しいことはどうでもいい。


 民主主義国家だから戦争や紛争がない平和な国というのはタケの思い込みに近い。


「フフッ、日本のような平和な国が誕生するといいですね」


 サラフィナに苦言を呈され、苦笑いを浮かべたタケに麗華が温かな眼差しを向け言う。

 タケの方が麗華よりも年上になるが、その眼は包み込むような母性を感じる。

 そんな麗華に、見惚れながらタケも同調する。


「だといいね」


 人見知りのタケにはこれが精一杯だ。

 サラフィナに対してはいまだに婆ぁ疑惑が残っているため、そこまで意識して会話することもないが、やはり麗華は別である。

 ちなみにアロマの場合、出会いは剣呑な雰囲気から始まっているせいか、別に面と向かっても女性を意識した事はない。




「はぁーっ! 下級結界魔法! 下級炎魔弾!」


 錆びた剣を振り下ろしたゴブリンに対し、麗華が咄嗟に結界魔法で防御しながらすぐに反撃に転ずる。錆びた剣は麗華を包み込んだ結界に阻まれゴブリンが体勢を崩した。と同時に麗華の頭上に浮かぶ青い炎の塊がゴブリンへと襲いかかった。

 着弾した炎は瞬く間にゴブリンを覆い尽くし、刹那の間を待たずに塵と化す。


 サラフィナは満足げな様子で褒め称える。


「麗華様、よくここまで精進なさいました」


「うん、今の感じを忘れないようにね」


 タケもそんなサラフィナに負けじと声に出す。

 もっと気の聞いた声援もあるだろうにと思うが、タケにはこれが精一杯である。


「はい!」


 サラフィナとタケから褒められ、麗華は相好を崩す。

 短い期間とはいえ、端から見ているタケでさえ麗華の成長には目を見張るものがある。

 武術の経験、まして殺傷などしたことのないお嬢様の麗華が、冒険者になるというのは簡単な事ではない。ポイント交換で楽に魔法を覚えたタケとは何もかもが違うのだ。

 僅か数週間でここまで成長できたのは、本人の努力以外の何ものでもない。


 サラフィナと和気藹々と会話する麗華を眺めながらそんな事を考えていると、頬にひんやりとした感覚が走る。

 上空を見ればひらひらと粉雪が舞ってきていた。


「おぉ、さむっ」


 タケは身震いしながら両腕をクロスさせ二の腕を擦った。


 タケがこの世界にやって来たのは夏の終わり頃だった。

 目まぐるしく流れゆく時の中で、季節感を忘れがちだったが、こうして雪がぱらつくようになると、今が冬なのだと実感できた。


 ちなみに、日本ではもう正月を過ぎてどんと祭の時期だ。

 どんと祭というのは、東北地方でも宮城県の祭りの一種で、神社の境内で正月飾りを焼き、御神火にあたることでその年一年の無病息災、家内安全を祈願する祭りの事である。主に小正月の14日の夕方から行われる。


 タケの素振りに気づいた麗華も両手を空にかかげて氷の粒をすくう。


「ひゃっ、冷たい」


 空を見回し雪の冷たさに目をしばたかせながら、麗華は可愛い声を漏らす。


「ふぅ、肌寒いと思ったら、もう冬なんですねッ」


 感慨深く呟く彼女は儚く、この粉雪のように溶けてしまいそうだった。

 だから、タケはそんな彼女を手離さないように言う。


「雪が積もったら、皆でスキーをしよう! 俺がイムニーで引っ張って丘まで走りますから――」


 麗華は何が可笑しかったのか、くすくす笑いながら。


「リフトの代わりですね!」


 ちょっぴり楽しげな顔で麗華に言われ、タケもはっとした表情になる。

 タケとしてはゲレンデまでの平地を引っ張るつもりだったわけだが、よく考えればここにはリフトがない。滑るは楽だが登りは大変なのだ。

 

「はい、俺のイムニーに任せて下さい」


 麗華の発言に納得しながら任せてと胸を叩いた。

 会話に付いて来られないサラフィナだけは、二人の会話を理解出来ていないようで、首を傾げて見つめていた。


 麗華の笑顔に見惚れながら、本日の討伐は終了。


 イムニーで目印の大木まで走り、そこから歩いて王都まで戻る。

 入門手続きを簡単に済ませ、ギルドで今日の討伐の報酬をもらい、まっすぐ侯爵家へ。

 帰り道、酒場の前を通りかかったが、サラムンド帝国の話をしている人は大分減っていた。

 あれだけ大騒ぎしていれば1日で飽きるというもの。


 何軒目かの酒場の前を過ぎた所で、中から大きな声が聞こえてきた。


「旧サラムンド帝国に店を移転した方が絶対いいって!」


「おい、待てって。まだどんな奴が統治するのか決まってないんだろ? 後から重税を課す可能性だってあるじゃねぇか!」


 開いているスイングドアから中を覗くと、小規模商会の主と思しき男と、前掛けを付けた店主と思しき男が言い争いをしていた。

 俺たち3人も足を止め、中の会話に耳を澄ます。


「暫定的だが、革命の首謀者と思われる奴がしばらく統治を行うそうだ。そいつの話では税率は2割。2割だぞ! サラムンド帝国ではこれまで戦費を補うために6割の重税を課してきたが、それが一気に半分以下まで引き下げられたんだ。しかも人頭税を廃止し、成人前の子供には納税義務すら生じないって話だ。この国に愛着がないわけではないが、3割の税に人頭税まで取られるのはやはり痛い。俺はもっと大きな商いがしたいんだ。そのためにはもっともっと資金が必要だ! お前だってそうだろ!」


 店主の方が説得にあたっているが、商人の方がヒートアップしてしまって話にならない

 店主は勝手にしろと、捨て台詞を吐き奥へ引きこもった事で会話は終わる。

 俺たちも見なかったことにしてその場を立ち去った。


 人混みを抜けたあたりで、麗華がさっきの会話を思い返す。


「それにしても――これまで6割の税が2割ですか。随分と思い切った改革を始めたようですね。それともこちらの世界では普通なのでしょうか?」


「んー、どうなんだろう? 冒険者の討伐報酬は税引き後の金額だから税率までは知らないし、人頭税も払った事がないからなぁ。サラフィナならわかるか?」


 国家を運営する上で、2割の税で足りていたと考えれば、帝国は4割を軍事力の増強に充てていたと考えられる。如何にも軍事国家ならではの税率である。ちなみに冒険者も討伐報酬から差し引かれてはいるのだろうけど、ハッキリといくらが税でという話は聞いたことがない。

 タケに分かることといえば、冒険者は治安維持の役目もあることから人頭税、入門料はかからないと言うことだけだ。

 タケはサラエルドの街へ入場する際、入門料として銅貨5枚を支払ったが、あれは冒険者登録前だったからで、以降、治療院での仕事は冒険者組合を間にはさんでいたがために税率には無頓着だったのだ。


「はい。タケ様たちと違って、私の場合は商業ギルドに所属していますから……街で商いを行う場合には売り上げの3割を納めることが国から義務づけられています。人頭税に関しても月に銅貨3枚、入門の際には当然ですが入門料も王都では銅貨5枚取られますね」


 サラフィナはどこから取り出したのか、指で銅貨を弄びながら諳んじる。


「えっ、でも毎回外から入るときはカードを見せただけで素通りだったよね?」


 麗華が不思議に思うのも当然だ。毎回一緒に行動していても、入門料を支払った素振りはなかったのだから。


「ふっ、門番はみな目が悪いんですよ。いいですか、これをこうすると――どうです。冒険者ギルドのカードに見えるでしょう? 冒険者のお二方を先に行かせてこうすれば、誰も商人だとは気づきません」


 サラフィナは愉快そうに商業ギルドのカードを指で弄くり二人に見せるが、


「「ダメじゃん!」」


 思わず、二人の突っ込みが入る。


 商業ギルドのカードを見せる際、ギルドマークの一部分を指で隠して入門していたようだが、そんな事で厳つい門番を本当に誤魔化せるのかと半信半疑ながらも、サラフィナならばあり得ると思い直す。

 もしかすると婆ぁに変化するときのように魔法を使っているのかも知れない。


 したり顔のサラフィナはさておき、この国でも税金は収入の3割、そして人頭税が月に銅貨3枚と聞いたタケたちは、先程小耳に挟んだ新サラムンド帝国の税率がかなり良心的であることを認識した。

 この世界の通貨は金貨1枚が日本円にして8万円だ。銀貨1枚は4000円。銅貨1枚が800円といったところだろう。収入が低い都民であれば1カ月の人頭税で一人あたり2400円も取られるのはかなり家計に優しくない。家族が多ければ多いほど人頭税はかさむのだ。これと比べれば日本の子ども手当は恵まれているといえる。

 民主化以前のサラムンド帝国の民はよく生活できていたと唸らざるをえない。  もっともだからこそ暴動が起きたのだろうが……。


 タケは脳内でそんな計算を浮かべながら侯爵家への道を歩いた。

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