第74話 サラムンド帝国の滅亡

 侯爵家へ戻った俺は、麗華、サラフィナ、アロマを交え王城で聞いたサラムンド帝国の話をした。

 侯爵の領地は南にあるため、他国から侵略される恐れが少ない土地だ。

 それでも、お隣が侵略国家である以上は多少なりとも不安はつきまとう。

 それを解消する意味もあって帰宅早々皆を集めてその話をしたわけだ。


「そのような事がサラムンド帝国で――」


「では、昨晩タケさんが聞いたという民主主義というのは、そのサラムンド帝国の事だったのですね」


「民主主義を目指しているとは言っても結局は話し合いではなく力で解決する所はやはり人族ですね」


 アロマは純粋に隣の国の出来事に驚き、麗華は昨日俺が聞いた元ネタの発信源がわかりすっきりした様子で、サラフィナは――うん。サラフィナが人族を忌避しているのは知っているから。相変わらず人族の統治者に対しては辛辣だ。


「それでタケさんはどうしようとお考えですか?」


 俺がこの話をしたのには何か深い理由でもあるのだろうと考えた麗華が尋ねるが、俺は別にこれからの事を決めるためにこの話をしたわけではない。


「ん? どうもしないけど? そもそも、暴動が起きる時点でその国は沈没寸前、喫水線が船の甲板まできていたって事だ。暴動が成功すればもしかして異世界初の民主主義国家が誕生して民たちに平穏が訪れるかもしれない。ってだけの話でしょ」


 不敬罪とかいった理不尽な法も、貴族を肥え太らせる為の重税も、もしかしたら奴隷制度もなくなるかもしれないな。権力者からすれば面白くはないだろうけど、良いことだよね。


「本当にそうでしょうか? 今朝、侯爵も言っていたではないですか。教育を受けていない民が集まって政治ができるのかと……」


 麗華は心配性だなぁ。

 それに関して心配はしていない。

 教育を受けていないとは言っても、まさか最初の統治者がまるっきり学のない素人から選ばれるとは思わないからだ。恐らく、今回暴動を起こした首謀犯も商人や官吏など学のある者であると予想が付くから。

 日本の明治政府ができた時を思い起こせば、俺の予想も満更はずれではないだろう。

 明治政府は江戸幕府を倒幕した立役者たちの中から選出された事からしても、志を持った有能な人材で構成されていた。初代内閣総理大臣であった伊藤博文も元は長州藩の武士だったのだから。


 これが学のない農民や平民であれば民主主義などといった単語は出てこない。

 普通に暴動として処理され、すぐさま帝国兵によって返り討ちにあっていることだろう。

 それが、他国へ情報が届くと言うことは帝国兵が御しきれない数の市民がそれに参加していると言うことだ。

 異世界で立身出世して初代国王になる!

 そんな夢を少しは持っていた俺からすると興ざめだが、民主主義の日本は平和だからな。

 平和ボケしすぎている感じはするが……。

 平和で争いがない国であれば良いことじゃないか!


 まぁ、話は戻るが、民主主義でも色々な体勢があるから今の時点ではなんとも言えない。

 今後、お隣の情勢に注目って事だな。





 王家が放っている間者がサラムンド帝国から早馬を飛ばし、王都にやって来たのはその日の夜になってからであった。


「陛下! 一大事ですぞ!」


 慌てた様子の老執事が、就寝しようとしていた王の寝室に飛び込んでくる。


「何事だ! 騒々しい。いったい今何時だと思って――」


「それどころではございませんぞ! サラムンド帝国が滅びました」


「なにっ!」


 民主主義を掲げる者たちの手で暴動が起きている事は昼間聞いた。

 だが、情報が届いてからまだ1日もたっていないというのに帝国兵が負けたというのはいかなる事か?


 王は老執事に続きを促した。


「はい、誠でございます。先程、帝国内部へ潜らせておりました間者が戻りまして、その者の報告では内部で起きた暴動に守備隊が取られている所へ、帝都の周囲の村、町から集まった民たちが共謀し帝都を包囲、帝国軍は外部からの暴徒侵入を阻止しようと全門を閉鎖、籠城戦の構えを見せた守備隊に対し、外部から魔導兵器での攻撃がなされ――東西南北全ての門が一瞬のうちに破壊されたもよう。それにより勢いづいた民たちが一気になだれ込み、沈静化されつつあった帝都民にも波及、守備隊は為す術なく無力化されたもようでございます」


「なに? 魔導兵器だと?」


「はい、詳細は間者本人から聞いて頂ければと――」


 ザイアーク王城は蜂の巣を突っついた騒ぎに包まれた。

 暴動が起きたのは10日前だと聞かされていた。商人が身の危険を感じ、すみやかに帝国本土から移動を開始し、ここまで馬車で10日。


 10日間もあればと現代の日本で暮らす者ならば思うかもしれないが、ここは科学力が発達していない中世と同等の文化しか持ち合わせていない異世界である。


 ザイアーク国王も民が蜂起したと聞き、不安を募らせはしたが武装した帝国兵の優勢を疑わなかったし、タケに民主主義とはなにかを尋ねたのはあくまでも自国に波及した場合を想定したからにすぎない。

 それが、日を置かずに届けられた報告では、帝国守備隊が負けたという。しかもその際に使われたのが魔導兵器とあってはおちおち寝てなどいられなかった。


 間者からの詳しい話を聞けばこうだ――。


 帝都で起きた暴動は瞬く間に守備隊の手によって沈静化された。

 当然だ。

 帝国軍は侵略国家、その守備隊であれば田舎からかき集められた徴用兵とは違って毎日辛い訓練を行っている職業軍人だ。ろくに武器の扱いも知らない民がどうにかできる訳がない。多少は死傷者も出たがその位ならば数年に一度は貴族の領地でも起きている。

 帝都の暴徒が沈静化され守備隊が気を抜いた所に、各町村から集まった大勢の民衆が帝都を包囲しだした。


 帝都側の指揮官もこれには驚いた。


 先の暴動で逮捕者を牢屋にぶち込み、牢はパンパン。

かといって、帝都門の外の民を殲滅してしまえば、この先、帝国の食料庫である穀倉地帯の人手が足りなくなる。


 迷った挙げ句に取った策が籠城。


 籠城戦の間に首謀者と和解をしようと企むが、これが魔導兵器の登場により失敗に終わる。爆音と共に破壊された巨大な門4つ。なだれ込む民たちに剣を向けるが、聞いたこともない音の後、先頭にいた守備隊の数名がパタパタと倒れ一気に形勢逆転。首謀者と思われる者が乗った不可思議な箱形の乗り物が皇帝の居城に突っ込み、瞬く間に皇帝が捕らえられたという。

 暴動の一部始終を観察してから報告しようと考えた間者は、暴動が開始された時点で逃げ出した商人より、結果、遅れて報告することになった。


「報告が遅れ申し訳ございません」


 間者がザイアーク国王に跪き、今回の不手際をわびるが、国王は「良く報告してくれたご苦労」と労いの言葉をかけると執務室からの退去を命じた。


「まさかあれ程精強だった帝国が陥落するとは――しかも民たちの手によって」


「はい。私も長年、陛下にお仕えしておりますが、このような事は初めてでございます」


 ザイアーク国王は人民の力によって滅亡した帝国と今後、どう付き合って行くべきか、その苦悩が表情に表れていた。そして、国王に長年付き添ってきた老執事もまた、激動の時代の幕開けに不吉なものを感じずにはいられないのであった。






「では、元皇帝陛下、こちらにサインをお願いします」


 ここはサラムンド帝国。

 拘束されたザビア・サラムンドは城の地下に幽閉され備え付けの椅子に拘束具もなしに座らされていた。

 目の前に腰掛ける男以外には見張り役だろうか、2m離れた後方に黒光りする鉄の道具を持った男が一人いるだけだ。

 今なら部下がいなくとも、自分一人でも制圧できる。

 そう思わせるくらい、あまりにも少ない監視だった。


 日が当たらない地下空間だというのに、昼間のように明るく照らされた空間は自分の知る牢とは思えなかったが、以前に政治犯を収容した際に訪れた場所であることは間違いない。ジメジメとした湿気具合から明らかに地下牢であると皇帝は確信した。

 サラムンド皇帝は目をしばたかせながら、対面に腰掛ける質素だが精巧な仕立てが一目で分かる衣服を纏った男が提示する紙に目を落とした。

 書かれてある文字はこの国の言葉でも、この大陸の共通後でもない。


「ふんっ、この文字はどこの言葉だ! 意味も分からずサインなどできるか!」


 皇帝は、正面に座る男とその背後の護衛の意識を刈り取れば、ここから逃げ出せる。

 そう考えていた。

 この牢は罪人を閉じ込めておく場所であるが、城の外へ逃げる為の隠し扉がある場所でもある。この二人さえ無力化すれば巻き返しは容易い。

 隙さえ作れればいいのだ。

 隙さえ――。


 皇帝の言葉に、薄ら笑いを浮かべたスーツの男が紙を読み上げる。


「1、此度のクーデターにより、皇帝ザビア・サラムンドは皇帝の職を辞し、全権を民の代表者に委ねるものとする。

 2、尚、これまで蓄えた資産は全て、新政府へ寄贈する。

 3、帝国軍は解体し、以降は皇都治安維持軍として再編するよう命じる。

 4、此度のクーデターで死んだ英雄に対し、皇帝の私財からお悔やみ金を支払うものとする

5、6、7、8、9・・・・・・」


 50項目以上に及ぶ条項を読み上げられると、皇帝の顔にも朱が差す。


「ふざけるな! こんなもの認められるか!」


 スーツの男は困り顔を作りながら、


「それは困りましたね、これにサインを頂かなければ、貴方を処刑するしかないのですよ、これまで貴方に苦しめられた民はむしろそれを望んでいる様子ですが――」


「ふんっ、処刑すると脅せばサインするとでも? この侵略者め!」


「ふふっ、酷いいわれようだ。私は私の国の法に則って事を進めているにすぎません。貴方を自国民殺害の暴君として裁き葬る事は簡単なのです。これは慈悲なのですよ。そうそう、貴方には奥様とお子さんがおりましたね。この国の民に全てを委ねれば、そのご家族はどうなるとお思いか?」


 考えるまでもない。

 クーデターが成功した今、皇族に席を置く者は全員処刑されるのが常だ。

 それがこの世界での罪に対しての処罰の方法だ。

 皇帝である自分を裏切ろうとした政治犯はその一族も処刑の対象だったのだから――。


 ふっ、甘い。甘いな。

 ここで余を逃がせば、自分に心酔している者を集って巻き返しを図る事も考えられぬとは。


「分かった、サインしよう」


 観念した様子で皇帝が用紙の最後のページにサインを書き込む。


 サインすれば、命が助かると信じた皇帝は、逃走を図るような事はなかった。

 目の前の金髪の初老の男を人質にすれば助かる可能性はあったのに。


 その3日後、大陸に名を轟かせたザビア・サラムンドは大勢の大衆の面前で処刑された。

 泣き叫ぶ、一族と共に――。

 だが、処刑される際の皇帝は、息はしているがグッタリとしていて死に体であったという。


 皇帝にサインさせた書類の最後にはこう書かれてあった。


 ザビア・サラムンドとその一族はその命に代えてこれまでの失態の責を取ると。

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