第73話 国王からの呼び出し

 執務室で各貴族から提出された報告書に目を通していたザイアーク国王は、あわてた様子で入室してきた宰相から声をかけられた。


「陛下、お耳にいれたき儀がございます」


「申してみよ」


 宰相の様子からまた面倒ごとかと顔をしかめるが、部下からの報告を聞かないわけにはいかず、先を促す。


「それでは、最初に北の国境警備に当たっておりましたグスタフ将軍から伝令が参りまして我が軍とにらみ合う形で駐屯していた帝国軍が突然撤退していったとの事。また、さきほど登城してきた商人の話によりますと帝国内部では現在、民主主義を掲げる人民による暴動が起きているもようでございます」


 宰相の話を聞いた国王は一瞬ニヤリと笑みをこぼすが、ふと思い返し宰相に尋ねる。


「敵国であるサラムンド帝国で暴動が起きているのは実にめでたい。めでたいのだが、その民主主義とはどのようなものだ?」




 昨日は麗華の実戦訓練だったから本日は休日だ。

 朝食の席で民主主義の国についての情報がほとんど得られなかった俺は、昼前に街へ出かけるために支度をしていた。侯爵家のメイドさんには昼飯は外で済ませてくると話はしてある。

 身支度を終え、いざ、外出しようかという所で王城から遣いの兵がやってきた。


「タケ様でございますね。陛下が聞きたいことがあると仰せです。城までご同行願います」


 この時点では例のタクシーの件で何か進展があったのかと考え、様子見がてら国王に会うことにしたのだが、馬車で城へと向かう道すがら兵に尋ねると、あの箱に関しては何も分かっていないようだと知らされた。


 じゃ、何で俺を呼び出す必要が?


 兵に尋ねても分からず、モヤモヤした気分のまま王城へ到着。

 案内の兵に連れられてやって来たのは、以前にトライエンド侯爵家、国王、俺の三者で談話を行った庭園だった。


「んで、王様、今日はいったい何の用ですか? 俺も忙しい身なんですけど」


 俺のぞんざいな言葉に苦笑いを浮かべるも、椅子に座るよう勧める国王。

 俺が椅子に座り、紅茶を入れ終わった執事が離れた所で国王が口を開いた。


「最近は冒険者として王都付近の魔物を討伐してくれているとか、話は聞いておるぞ」


 別に俺と麗華、サラフィナで魔物を討伐している事は秘密でもなんでもない。

 国王であれば冒険者組合に問い合わせれば、それこそ受けた依頼くらいは簡単に調べが付く。


「今日呼び出したのはそんな事を話すためじゃないんだろ? 聞きたいことがあるなら手短に頼む。これでも忙しい身なんでね」


 別に忙しくはないが、意味のない話をだらだらするのは好きじゃない。

 さっさと聞きたいことがあるなら話せ、と言うと。


「ハッハッ、前口上くらいできるようにならんとこの先やっていけんぞ。だが、無駄に時間を取られるのは余も好まぬ。要件だけ聞こう。以前、タケ殿がここへやって来た時に、自分の国の王は民が選ぶ。よって王になるものが民に頭を下げることがあっても、頭を下げることはないと申したな」


 んぁ?

 やって来た時じゃなく、連行された時だけどな。


 あぁ、確かにそう言ったかもしれん。選挙の運動中に頭を下げて当選させてくれと候補者が市民に頼み込むって話だな。当選してしまえば偉そうに贅沢な椅子に座り、後援会の企業から接待三昧。悪代官よろしく菓子箱の底には札束が――って、そんなイメージしかないがそれでも当選するまでは市民に頭を下げまくる。それが政治家でありその中から選ばれるのが総理大臣ってものだ。


 俺が知る民主主義の代表者の選び方だな。


「あぁ、言った。だが、この大陸とは別の大陸の話だ。んで、それがどうしたんだ?」


 国王は顎に手をやり一瞬考えるそぶりをするが、隠してもすぐにバレることと観念したのかすぐに口を開いた。


「この国と樹海を挟んで隣の国、サラムンド帝国という国があるのは知っておるか?」


「んぁ? 名前だけは聞いたことがあるが、侵略国家だとかいう話なんで近寄らないようには決めていたが……まさかこの国に戦争でも仕掛けて来て、それで俺に戦えとか言うんじゃないよな?」


 国王は含み笑いを漏らした後に、宰相から先程聞いた情報を話し出した。


「ハッハッ、それならばまだ良かったのだがな……。現在、サラムンド帝国では暴動が起きているらしい」


 この王様、なに言ってんだ?

 戦争の方が、暴動よりマシみたいな言い方だが……。


「独裁体制が崩れて、侵略されなくなるなら良いことじゃねぇか!」


 地球上でも独裁政権が倒れて、市民に平和が訪れたとかニュースでやってたし。

 一部、反対勢力との間で小競り合いはあるみたいだが……。

 それの何が不満だっていうんだ?


「侵略国家がなくなる事に関しては喜ばしい事ではある。あるのだが、サラムンドの民たちは民主主義とかいう理想を掲げておるという話でな――」


 あぁ、なるほどね。

 この国は君主制だ。君主制の国の王様からしてみれば、守りべき対象の民が蜂起してサラムンド帝国の民主主義の流れがこの国まで飛び火しないか不安な訳だ。


 そんなん知るか!


 民が蜂起するって事はそもそもの話、その国に不満があるって事だ。

 重い税率。武装した武官による理不尽な暴行。貴族に下手な口をきいただけで不敬罪。貴族の馬車に飛び出せば、ケガをした本人が無礼打ち。

 いくらでも不満に思う民がいたって不思議じゃない。

 少なくとも日本で育った俺からしてみれば、この国も隣のサラムンド帝国も似たようなものだからな。


「それで王様は俺に何をききたいんですかねぇ?」



 国王との話はすぐに終わった。


「民主主義という言葉を知っているか?」


「はい、俺の国は民主主義国家ですよ」


「では、民主主義とはどのようなものなのか?」


「国の代表を決めるのは以前、陛下に話した通りです。代表者の事を議員と言いますが、500人の議員が国の行く末を議会で話し合い決めています」


「500人も代表者がおったのでは纏まる話も纏まらぬのではないか?」


「決まらない場合は多数決で決めているんです」


「では、タケ殿の国には王族はおらぬと申すのか?」


「いいえ、天皇陛下という代表がおりますが、実権を持たない国の象徴としております」


「では、貴族はどのような生活をしている?」


「俺の国には貴族はおりません」



 こんな会話を国王と交わし、俺はさっさと下城した。

 国王は民主主義に関してもっと詳しい説明を求めてきたが、そんなもの俺がききたい。

 今朝、麗華に説明されたが、民主主義といってもその政治形態、原理、運動、思想によってそれが変わってくると聞いたばかりだ。


 そんな俺に説明を求められてもしるか!


 今日は街に出て民主主義国家の情報を集める予定だったが、国王とあってその必要がなくなった俺は真っすぐ侯爵家へと戻ったのであった。




「して、タケ殿はなんと?」


 俺が帰った後の王城、執務室では宰相と国王が険しい顔つきで顔をつきあわせていた。


「うむ、あの者の国が民主主義国家であることは確かなのだが、当の本人もその中身をよく理解していないようだったぞ」


 俺はアホちゃうわ!

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