第72話民主主義の国

「なぁ、聞いたか? 民主主義だってよ」


「おう、今朝サラムンド帝国から到着した商人が食堂で話し込んでいるのを偶然聞いてなッ」


 俺たちが賑わっている酒場の前を通りかかったときに、偶然耳に飛び込んできた会話だ。


 サラフィナも麗華もそれに気づかずに素通りした。

 俺もこの時は、君主制の国しかないと考えていたから少し驚きはしたが、さもありなんと聞き流した。


 侯爵家に戻り、アロマから嫉妬のこもった視線を浴びせられ、女性陣はいつものお茶会を、俺はネットに繋がらないノートパソコンに今日デジカメで撮影した動画を移し替える作業を行っていた。


 WooToberを辞めたからといって、記録を残さないわけではない。

 いつの日かネットが復旧した時に備えて、異世界の景色や風景を撮りためておくのだ。


 その作業も編集を行わなければすぐに処理は終わる。


 夜も遅くならない内に部屋のドアがノックされサラフィナと麗華が顔を出した。

 お茶会が終わり、二人が就寝前にお休みのあいさつをするのもいつもの日常だ。


「それじゃ、タケさん私たちはもう休ませていただきますねッ」


「タケ様も夜更かしなどせずに早めに就寝してください」


 お茶会でどんな話をしていたのか、帰ってきたときには疲れ切った表情の麗華はすっかり元気になって満面の笑みであいさつを交わす。


「あぁ、はい。こっちも終わったからもう寝ようと思っていた所だよ、それよりサラフィナに聞きたいことがあったんだけど……遅いから明日にするよ」


 サラフィナは訝しげな面持ちで小首をかしげるが、すぐに麗華を連れだって自室へ戻っていった。


 帰宅途中で小耳に挟んだ民主主義の国をサラフィナが知っているなら、一度は行ってみたい。王が支配する国ではなく、民による民の為の国だ。

 そこならば異世界からやってきた俺と麗華を無理に縛り付けようとする者は居ないかもしれない。君主制は統治者に従わなければいけないが、民主主義ならば個人の意見を尊重するといった考え方のはず。


 そうと決まれば明日から民主主義国家の情報収集だ。




 翌朝の朝食時にアリシアを抜かした皆が集まるとさっそく情報収集を始めた。


「昨日、酒場の前を通りかかった時に少し小耳に挟んだのですが……」


 いつも食事の時はアロマが会話を振り、それに麗華、サラフィナが便乗、俺から会話を振る事はなかった。

 俺から会話を提供する事は非常に珍しく、皆の視線が俺に集中する。


「この世界で民主主義の国家があると」


 言い終えた後で侯爵とサラフィナの反応をうかがったが、侯爵は顎に手を当てて考え込み、サラフィナは小首を傾げている。他の異世界の皆も同様だ。


 あれ?

 もしかして民主主義を知らない?


 すると思わぬ人物から声があがった。


「タケさん、その民主主義ですが寡頭制いわゆる少数派支配に対する人民支配を表しているのでしょうか? それとも現在の日本のような重要な意思決定を人民の代表が行える政治形態の事でしょうか?」


 えっと、麗華さん。何言っているのか分からないんですが……。


 麗華に尋ねると、民主主義と呼ばれる政治形態は古代ギリシアの頃から地球でも始まっていて、最初は少数の支配者が納める政治に対し、民衆など大勢の大衆の意見で動く人民支配を表すものだったそうだ。その際には愚民の意見を重要視するあまり国が衰退したといった弊害もあったことから暴民政治と揶揄されていたのだとか。実際にそれが見直され今の日本の様な制度になったのは第二次世界大戦の後。


 つまりは俺が知っている民主主義の歴史も浅いと言うことだった。


 民主主義には大まかに分けて直接民主主義、間接民主主義、自由民主主義、宗教民主主義、他にもいくつも民主主義と名の付くものがあるため民主主義だから住みやすく良い国というわけではないらしい。


 実際はもっと詳しく説明されたが、俺の脳みそではこれが限界だ。


「それじゃ、俺が小耳に挟んだ民主主義も――」


「はい。どのような政治形態、原理、運動、思想を用いているかによってその形は変わってきますね。仮に宗教民主主義とかであれば、その信仰する宗教が根幹にありますから日本のような多神教の国とは考え方も変わってくると思います」


 なるほどねーようするに、よくわからん。


 そこで話を聞いていたトライエンド侯爵から声がかかる。


「話を聞いていた限りでは民衆に国の行く末を託すと言うことだね。私ら貴族からしてみれば教育も満足に受けていない、計算もできない民が多い中で国を機能させる事はできないと思うのだよ。だからこその君主制であり、私たち貴族がいるわけだからね」


 言われてみれば侯爵の話にも一理ある。

 なんの教育も受けていない者たちが主導権を握れば――自分に都合のいい事しか決めない。

 俺なら税金は支払いたくないし、魔法という力がある今なら法律だって守りたくない。そして、誰かが勝手に決めた取り決めなんて御免被る。

 そんな者ばかりが代表者に名を連ねれば、あっという間に国は滅ぶ。


 はぁ、民主主義と聞いてぬかよろこびしちまったが、間違いだったようだ。


 もっとその国の情報を集めないとな。

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