第71話聞き覚えのある単語
「はぁっ!
ゴブリンが振り下ろした棍棒が麗華に当たる瞬間、咄嗟に結界魔法を唱える。
ゴツッ、と鈍い音を立て棍棒は紙一重で麗華に当たることなく弾かれた。
「いまだ! 麗華さん!」
「はいッ! タケさん。
攻撃が弾かれ体勢を崩すゴブリンに麗華が放った風の刃が突き刺さる。
ザッ、と何かが擦れたような音の後でゴブリンの首が胴から離れた。
麗華とゴブリンが戦う様子を後方から見ていたサラフィナが麗華に声をかける。
「レイカ様、今のタイミングをしっかりと体で覚えてください。動体視力が優れていれば敵の攻撃をかわすことも可能ですが、まずはご自身の身を守ることを優先して咄嗟に結界魔法をはれるように――」
サラフィナから魔法を教わりだして一月。魔法を覚える事に意欲的だった麗華は早々に魔法はマスターしたものの、さすがに生き物、この場合は魔物なのだが……を殺す段階になって足踏みをしていた。
そこで王都からイムニーで30分程、移動した森に3人で魔物退治にきているというわけだ。
魔物を殺せるようになるまで何度もスライムやゴブリンの相手をさせ、危なくなれば横から手を貸すといった実戦訓練を何度も繰り返してようやく倒せるようになっていた。
「じゃ、今日はここまでにしようか?」
「そうですね。あの場所から王都までは歩かなければいけませんし、できれば足元が見える内に王都にたどり着きたいですから」
サラフィナが言うあの場所というのは、王都から監視の目が届かない巨木のある場所のことだ。
この実戦訓練が始まってからというもの、いつもその場所でイムニーに乗って狩り場まで出かけている。
帰りは当然、そこから馬車に乗ってと言いたいところだが、あいにくと誰かが留守番をしていないと万一盗まれた時の損害が大きいため仕方なく徒歩で戻っている。
えっ、馬車をアイテムボックスに入れればいいって?
それはできても馬は置いていくしかないからねッ。
生きた生物はアイテムボックスには入れられないのだ。
以前、キグナスの兄貴が死んだ時にも馬車を置いていったが、あの時はちゃんと留守番役がいた。王都近郊で治安がいいとはいっても、誰も見ていなければ勝手に持って行く輩だって存在する。
俺とサラフィナの会話を聞いて、麗華が胸を撫で下ろす。
無理もない。話を聞けば麗華はこれまで故意に生き物を殺すといった事とは縁のなかったお嬢様だ。侯爵家のお嬢様でも冒険者をしていたアリシアは別として、アロマも狩りの経験は皆無だというからな。
「麗華さん、大丈夫?」
疲労感を隠そうとしているが、隠しきれていない麗華に声をかけると、
「えっ、はい。大丈夫です。最初に比べれば――慣れました」
若干、引きつり気味の笑顔で答えるが、ゴブリンの血臭が気になるのか元気はない。
早くこの場を離れた方がいいな。
そう判断して俺はアイテムボックスに仕舞ってあるイムニーを出した。
日が沈む前に目的の大木までたどり着き、そこから5分、林の中を歩く。
王都の西門から伸びる街道にぶつかった所で街道に出て歩くと、南の森で薬草採取に行っていた冒険者の姿もチラホラ見かけるようになる。
俺が右手を挙げて合図を送ると、向こうもそれに気づいたようで同じしぐさで合図を返す。
実戦訓練を始めてしばらく経ったあたりから、帰路に出くわす冒険者とこうしたあいさつを交わすことも珍しくない光景となっていた。
ちなみに王都の外にでる理由付けのために、冒険者組合からゴブリン討伐の依頼を受けている。王都の冒険者ギルドで麗華の冒険者登録を行ったので、いまでは麗華も俺と同じくFランクの冒険者だ。
サラフィナも一緒にと勧めたが、サラフィナは商業ギルドに登録しているため登録ができないらしい。
この世界の人族は、自分の縄張りに対して厳しい。
冒険者は自らが捕ってきたものを決まった所以外に売ってはならない。
逆に商人も自分で生産したものを自分で好き勝手に売ることは禁じられている。
また飲食業のような業態で素材の生産から料理の提供までを1つの商会で行うことも認められていない。
細かく規制されているのは恐らく、より多く税金を納めさせるためではないかと俺は考えている。
生産から販売まで1つの商会で行うと、いくらでも脱税ができるからね。
おっと、そうこうしている間に王都に帰ってきました。
実戦訓練に行き始めた当初は、往路だけで息も絶え絶えだった麗華だが、何度も歩いているから慣れたのか、それとも魔物を倒した事でレベルが上がったからか、顔色1つ変えずに付いてこられるようになった。
「アロマさんが首を長くして待っていますよ」
あはは、麗華は何を勘違いしているんだか。
その言い方だと恋人を待ちわびる彼女さんみたいじゃないか。
俺とアロマはそんな関係じゃないからねッ。
アリシアの姉に手を出すなんて……兄貴に申し訳……あれ? よく考えたら兄貴に後ろめたい事はなかったわ!
いや、ないない――。
さすがにアリシアの心情を考えたらないだろ。
「年上は嫌いじゃないけど第四王子と離縁してまだ半年たっていないんだよ?」
確か、日本ならば女性は離縁して半年は経たないと結婚はできなかったはず?
「タケさん、それは数年前の法改正で100日に短縮されたんですよ。元旦那さんのお子を妊娠していない事が条件ですが……それに日本の法律ですよ」
「えっ、そうなの?」
「タケ様、それなら心配いりませんね。アロマさんはあのデ、ごほん。第四王子とは夜寝をともにしたことはないと言っていましたから」
ねぇ、サラフィナ、今デブって言いかけたよね?
言い直したでしょ?
よほど、嫌らしい目つきで見られたことを根に持ってたんだな。
「ははっ、さすがに侯爵家を継ぐ事が決まっているアロマさんと結婚はないかな。もしそうなれば貴族だよ? 礼儀作法も知らない俺に貴族なんて務まるわけがないじゃん」
貴族なんて礼儀作法にうるさそうだし、何よりも腹黒そうな王家を上司にいただくなんてそれだけは無理だわ。
俺が貴族席に入った途端、無理難題を押しつけられるに決まっている。
「礼儀作法なら私が――」
なに目を輝かせちゃっているの? 麗華は。
魔物討伐でやり込められているからって、そんな所でやり返さなくてもいいんだよ?
「麗華さんがどんどん逞しくなっていく!」
「うふふっ、ほら! そこだ! そんな弱腰でどうする! って散々虐められましたからねッ。お返しです」
麗華もすっかりこっちの生活に馴染んで、侯爵家の人たちとも気さくに会話できるようになったのはいいけど、アロマの事で誤解している部分があるのは問題だな。
俺がアロマと侯爵家を救った話を聞いたからだろうけど、そんな下心で救った訳じゃないから。
兄貴の子とアリシアのためだからね。
いわば、そう。あれは俺の償いのようなものだ。
麗華の言葉からして本気で言っているわけではないだろうけど、麗華がこっちの生活に慣れたら旅にでるって決めてあるし。
勿論、麗華とサラフィナと俺の3人でだ。
そこにアロマは入っていない。
そんな会話をしながら侯爵家までの道のりを歩いていると、この世界では聞き慣れないが、元いた世界では聞き慣れた単語が耳に入ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます