第70話悪魔の所業
「おぉぉーすげーなあんちゃん。あんなデカブツを一瞬でやっちまったのか!」
呆気に取られていた作業員が歓喜の声を挙げ青年に近寄る。
危険が去ったと知ると、緊張感に強張った全員の表情もほころんでいた。
青年は近づく作業員にあいさつ代わりに左手をあげるとすぐにテントへ戻っていってしまった。
肩すかしを食らった作業員から言葉がもれる。
「なんでぇい、せっかく労ってやろうと思ったのによ……」
「無理もないって。この中で魔法が使えるのはアイツだけなんだ。今回の作戦の要だって噂だしな。俺たち作業員風情とは口を利きたくないんだろう」
「それにしても何時になったら樹海を抜けられるんですかねぇ?」
この地にやって来て早1週間。
度重なる魔物からの襲撃もあり作業員たちの疲れも見え始めていた。
「さぁな。俺たちはテントにいるお偉いさんの決める事に文句を言わず働くだけだ。労働者階級のつらい所だな」
「さぁ、危険も去った。お前たちはさっさと木の伐採と後始末を済ませるんだ!」
監督役の言葉に顔をしかめながら、作業員たちは自分の持ち場へと散っていった。
周囲には再び木を切り倒す重機のやかましい音が響き渡る。
この1週間で基地となる区画の整地は終わった。
あとは当初の予定通りにサラムンド帝国へ向けて樹海を切り開くのみである。
一方、青年が戻ったテント内部では――。
「ハーイ、ミスタームナカタ。今回も早かったデスネ。さすが彼から直々に指名された事だけはあります」
長身でガタイのいい紳士風の年老いた白人が青年に言葉をかける。
今回の作戦の実質的な責任者であり、その正体は世界的に有名な銀行家の末席に席を置く資産家である。
「ミスターデスチルド、恐縮です。もっとも私が魔法を使えるのも――」
「ハーイ、分かっていますよ。全ては彼が私たちに協力的なおかげです。現在の地球上に私たちの手が入っていない場所はありません。新天地を宇宙へ求める夢想家もいますが、それは現実的ではない。少なくとも現在の科学力ではね。だが、この地は素晴らしい。中世と変わらない技術力。しかも未知の魔法といった概念まで存在する。私たち資産家はね、この地に期待しているのですよ――。地球は2050年までに人口が100億人に達しようとしている。確実に起こりえる食糧難、水不足。人が増えることで予想される公害。それらを考えると他の空気が綺麗な場所へ移住したくなるというものだ。そうは思わんかね? ミスタームナカタ」
宗方を温和そうな笑みで見つめ意見を求めるが、その視線は笑っていない。
人を信じている瞳はもっと穏やかだが、彼の目には年老いても失せない野望が詰まっていた。
宗方は一瞬考えるも、すぐさま調子を合わせるように言葉を発する。
「ええ、仰る通りです。その計画に感銘を受けたからこそ、向こうでの仕事を休んでこちらの世界にやって来たんですから」
「ははっ、WooToberとかいう芸能の真似事かね? 君は日本では有名かもしれないが、私の国ではマイナーだと言うことを忘れてはいけないよ。これから君が世界的なスターになるかは私たちの計画にかかっているんだからね」
「もちろん存じております。私も肝に銘じておきますよ」
宗方にも思うところはあるのだろうが、デスチルドの意に背く事はできない。
地球に帰る手立ても、地球との連絡の手段も彼が握っているのだから。
WooTobeの親会社Woogleをも自在に操れる影の支配者の一人それがこのデスチルドだと日本にいる彼から聞かされているから。
宗方はしおらしい態度で相槌を打つと、自らに与えられているテントへと戻っていった。
「フンっ、魔法が使えるからといい気になりおって。適合さえすれば私も――」
デスチルドは本来、この計画に第三者を挟む予定ではなかった。
だが、この異世界転移を実行できるある人物の鑑定魔法によって東洋人、しかも日本人の遺伝子を持つもの以外は異世界でも魔法が使えないと言うことが分かっている。
それで自分の計画を遂行できる力となる戦車部隊と傭兵を連れてきたのだ。
宗方はあくまでも現地で魔法戦となった場合の保険でしかない。
――魔法。
子供の頃であれば誰もが夢に見るファンタジーの世界。
魔法1つで空を飛び、空の支配者である竜と戦う勇者の姿を夢に見ない男子はいない。
それが自分には使えない事を知った時の絶望感。
日本人には使えて白人の自分には使えないという劣等感が、デスチルドの心に渦巻いていた。
それから1カ月後、地球から送られた補給物資と重機による迅速な作業の甲斐あって樹海を1km切り開いた所で広大な草原地帯に一行は出ることとなる。
全てはデスチルドの計画のままに――。
「おぉ、やっと出られた!」
「ひゃっほー! 話ではさらに北に50km行った所に街があるんだったな?」
「あぁ、先遣隊として送られた者たち3名からの情報ではそうらしいな」
「ひぇーまだ50kmもあるのかよ」
「何、そう悲観する事もないさ。なんせここからは平坦な林が伸びているだけだ。重機を走らせりゃ、1日もあれば到着するって」
樹海の中に補給部隊の基地を作り、そこまでの経路を確保した作業員たちはまだ見ぬ異世界の街並に心躍らせる。
「さぁ、集合! 雇い主様から直々に報酬とお言葉が賜れるそうだ! 全員集合だ!」
今回、樹海を切り開いた功労者である作業員と監督役が林に2列に整列する。
総勢30名。どの作業員の表情も晴れやかで、これから異世界を見聞する事への期待感で浮かれていた。
だが、整列した作業員たちに声をかける予定のデスチルドは現れず、代わりに50名の傭兵が一斉にM27-IARを作業員たちに向ける。
「へっ、何で――何が――」
ダダダダダッ、周囲に巻き起こる弾幕の嵐。
整列してお偉いさんのお言葉を賜ろうと意気揚々としていた全員の叫び苦しむ声が一瞬聞こえるが、それも1分もたたずに終わりを迎えた。
作戦にあたった傭兵の隊長がデスチルドの車両へと声をかける。
「全て終わりました」
デスチルドは抑揚のない声音で返事を返す。
「うむ。良くやった」
「遺体はどういたしましょう?」
命令を実行しただけの隊長にも良心の呵責はあるが、これは任務だ。
この地に降りたって1カ月と少し、一緒に釜の飯を食った仲間を弔ってやりたいという意図を隠し尋ねるが、
「放っておけ。その内に魔物が処理してくれるだろうからな」
デスチルドの返答は冷酷なものだった。
「それにしても良かったのでしょうか?」
隊長は俯きデスチルドに表情を悟られないように配慮しつつも、ここまでする意味があったのかを尋ねる。彼らに落ち度はなかった。なぜ口封じを――という思いから。
「何がだ?」
「この先も彼らは役に立ったのでは?」
「ふふっ、重機は傭兵の皆で操縦できる。あちらに付いてからは奴隷にでも操作させればいい。それよりも、万一彼らが魔法を使えるようになることの方が脅威なのだ」
傭兵は皆、白人で元軍人を集めた。
その人選の際に鑑定魔法によって傭兵の者達に適性がない事は分かっているが、作業員として選抜された彼らの人選は重機メーカーが行っていた。デスチルドの息がかかっていない人間をここで放っておけばこれから自分が成す作戦の邪魔になるかもしれない。
妙な正義感で計画を邪魔される訳にはいかない。
何世代か前に日本人の血が混ざっていて、魔法を発動できるようになるとも限らないというのが今回、作業員たちを抹殺した理由だった。
デスチルドは人を信じてはいない。
隊長は自ら望んで赴いた地で、冷酷な悪魔と出会った気がしていた。
その悪魔の計画は1週間後、サラムンド帝国にて開始されることとなる。
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