第二部 異世界激動編
第69話招かれざる者たち
ここはザイアーク王国から直線距離で700km離れたサラムンド帝国。
あえて直線距離と記載したのは、王国と帝国の間には巨大な樹海が存在しており、魔物の巣窟となっている場所が点在している為である。
ザイアーク国からサラムンド帝国へ行くには大きく分けて二通りの道があるが、一つ目はタケが異世界に降り立った周辺の森を大きく北へ迂回して行く方法。
もう一つは南へ向かいファシア王国を横切る形で行く方法。
敵国であるサラムンド帝国へ向かうザイアーク人はあまり居ないが、ごく少数の国をまたいだ商いを行っている大手商会や奴隷商人はそれには当てはまらない。
距離にして1000km。日数にして二週間の時間をかけ移動を行うが、大陸中央に存在するサラムンド帝国には食に欠かせない塩が取れない事から高値で売れる。その利益を期待して商人たちは遠いサラムンド帝国へと足を運ぶのだ。
もう一つのファシア王国を横切る方法もあるが商人たちにとって、その国で取引をするならば関税も安く済むが、素通りの場合は割高になる。
利益を追及する商人がこの道を選ぶことは愚策であった。
経路で出現する魔物、盗賊の発生率がどちらも同じくらいならば、迷わず北から迂回するだろう。
前置きが長くなったが、巨大な樹海のサラムンド側の奥地から異世界に存在しない木材を切り倒す重機の音が鳴り響いていた。
「しっかし、もっと良い場所はなかったのかよ?」
作業にあたる中年男性が仲間に愚痴を漏らしていた。
「スポンサーからの依頼で賃金がこれまでの10倍、しかも場所は話題の日本人WooToberが降り立った異世界だって話だからな。どんな場所かと期待してきてみれば、ふぅ、現地で女を調達し放題といわれても何時になるやら……」
同僚の男も声をかけた男と同様に愚痴を吐き出す。
「おい、そこ! 無駄話は慎め! いつ魔物が出るとも限らんのだ。もっと周囲にも注意を払え!」
監督役の如何にもホワイトカラーでございますといったような、黒系のスラックスに白のワイシャツ、その上から大手ゼネコンの名前が入ったジャンパーを羽織る優男が作業員たちに注意をする。
「魔物って言ってもなぁ、どうせ傭兵だかなんだか知りませんけど、あいつらが全部片付けてくれるんでしょ?」
作業員の男が離れた場所で警戒任務に当たっている、迷彩服で上下を包み込んだ男たちに視線を向けた。
視線の先には、3人でチームを組んだ傭兵が、両手には如何にも戦場でありがちな歩兵用自動小銃M27-IARを装備し警戒任務に当たっている。
さらに彼らからそう離れていない場所にはテントが張られ、さながら作戦司令部の様相を呈している。
テントの両脇には重戦車のM1エイブラムスが5台配置されており、この集団がただの傭兵部隊でないことは一般の彼ら作業員でも予想がつく。
「おい、口は慎め。彼らのやることには口を挟まない。静観して忘れろというのが本部からの指示だ。その事を忘れるな!」
監督役の男が傭兵たちに聞かれないように小声で作業員たちに注意していると、樹海の奥から地響きが聞こえ出す。
「また現れやがった」
この集団がこの地に降り立った初日から度々繰り返される光景。
この地を縄張りにしている地竜が3体、樹海の奥深くからその巨体を現した。
「作業員たちはテントまで避難! 第1班はM1へ第2班は彼を呼んできてくれ!」
「その必要はありませんよ」
周辺の警戒に当たっていた傭兵たちが慌ただしく動き出す。
その中でリーダーと思われる男が各部隊へ指示をだしていると、茶髪のアジア系の顔立ちの青年が現れた。元は黒髪だったのだろう。伸びた髪の頭皮部分から黒髪が覗いていることから元々は黒髪だが茶色に染めて居ることがわかる。
青年は部隊のリーダーに声をかけると、ゆっくりと地竜へと歩き出した。
地竜が怒りに目を血走らせ突進してくる。
青年は作業員たちから距離を取ると、呪文を詠唱し始めた。
「我、墳墓の女神モラシテーナに願う、彼の地へその力の一部を示したまえ!
竜と名の付く魔物は他のどの魔物よりも賢い。
弱小の人間を襲うにしてもただ闇雲に固まって突っ込む愚は犯さない。犯さないが――魔法が放たれた瞬間、距離を開けて散開していた3体の地面が突然10m沈み込んだ。
ズダーン、と地面に転がり顔を打ち付ける地竜たち。
何が起きたのか、遠巻きに見ている作業員たちにも分からなかった。
突然、地竜3体が視界から消えたのだ。
呆気に取られる作業員たちに背を向け、青年は沈み込んだ大地の縁に立つ。
地竜たちは脳しんとうを起こし立ち上がることすらできないでいる。
青年は沈み込んだ大地を無感情で見下ろす。
青年が何か呪文を口走った途端、黒い靄が青年の頭上に浮かび上がった。
黒い靄は黒く丸い形を形成すると、3つに割れて下がった大地にいる地竜へと襲いかかった。
狙い違わず発射された黒球は3体の地竜に当たると徐々に巨体を包み込む。
全身を包み込んだ瞬間――グシャ。と鈍い音を立て地竜は肉の塊へと変化した。
「まぁ、こんなもんかな?」
赤い血で大地を濡らした肉片を見下ろし青年は何事もなかったかのように振り返る。
青年の視界の先には、何が起きたのか分からずに戸惑っている傭兵と作業員の姿があった。
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