第68話タケ、気持ちを新たにする。
ネットに繋がらないことに焦った俺は、これまでに覚えた魔法も使えないのではないか?
そう不安を募らせ、アイテムボックスを使用してみた。
俺の心配を余所に、魔法は正常に発動した。
視界の中にはアイテムボックスに入れた様々なアイテムが見える。
試しに、寝袋を取り出してみるが問題無く取り出せた。
そうなると、俺のノートパソコンが壊れたのかと考えるが、インターネットに接続できない不具合はこれまでも経験してきたが、たいていはパソコンの電源を一度切って再起動すれば治っていた。
システムエラーが原因だった場合、パソコンに詳しくない俺には分からない。
今の俺にできる事は、パソコンの再起動を繰り返す事だけだった。
しばらく再起動を繰り返したが結局、復旧する事はなかった。
そうなると一番疑うのは、俺をこの世界に送ったWooTobe運営だが、こちらから連絡を取ることができない以上――手詰まりだった。
そもそも、異世界なのにインターネットに接続できた事がおかしかった。
どういう原理でそれが可能だったのか、学のない俺には分からない。
もしかしたら、魔法を応用して可能にしていた事も考えられる。
運営はポイントと引き換えに、魔法を取得させる事ができた。とするならば、あっちの世界で魔法を使うことも可能なのかもしれない。
だが、少なくとも俺が日本にいた頃にそんな話を聞いたことはなかった。
こっちの世界から日本へ逆に魔法を使って回線を繋げることが可能なのか?
そんな事を考えたりもしたが、そんな高度な魔法を俺が知っているわけがない。
応用でなんとかできないかと考えるも、そもそもその仕組みすら分からないのだ。
完全にお手上げだった。
昼食を食べた後に、麗華、サラフィナ、アロマの3人にその事を打ち明けたが、その反応は呆気ないものだった。
「タケさん、お兄様に無事な知らせができない事は残念ですが、そもそも監視された状態でインターネットに接続していた事に、私は脅威を感じずにはいられません。これで良かったのかもしれませんね」
「迷い人に過大な魔法を――しかも簡単に与えていることに、最初から私は否定的でした。ですから良かったではありませんか。ここから始まると思えば――」
「先日、初めて見させて頂いた私にはなんと言っていいのか分かりませんが、娯楽の伝道師を辞めてもタケさんはタケさんですわ。こちらの世界で治療師として活躍されるべきです」
と、動画の配信者としては身も蓋もない事を言われた。
配信者を失業すると、俺は日がな一日何をすればいいのか分からなくなる。
この3日間は麗華の通訳をしていて、配信者の活動をしていなかった。
それが続くだけの話なのだが、俺の心の中には何かを失った時のような寂しさが渦巻いていた。
2週間が経過すると、麗華の通訳も――俺がいなくてもいいんじゃねぇ?
そう思えるほどに、日常会話だけならば問題ないくらいまで習熟していた。
不思議に思い麗華に聞いてみた所「母音の使い方が英語に似ているので単語さえマスターすればなんとかなります」と、あっけらかんと言われた。
日本語と比べて、母音の多い英語に似ていると言われても俺にはさっぱり分からないが、麗華は聞くところによると日本語、英語、フランス語を喋れるトリリンガルだという。
異世界の言葉を覚えかけていると言うことは、クァドリンガルも目前だ。
モノリンガルの俺としては、なんとも羨ましい能力の持ち主である。
そんな訳で、麗華、サラフィナ、アロマの3人で良くお茶会を開いているのを目にする機会が増えてきた。女子会の度に呼び出される事がなくなり俺も少しホッとしている。
3週間が経過すると、ぎこちないながらも麗華の会話が成立するようになった。
そこで俺は、皆が集まる場所でサラフィナにそろそろ麗華にも魔法を教えてくれるよう提案してみた。
「麗華さんにも護身用に魔法が必要だと思うんだよね、サラフィナからみても麗華さんの人となりは十分に分かったろ?」
この3週間、麗華という人物と接してきた俺には、麗華が過大な力を手に入れてもその力に溺れないと感じた。むしろ、俺の方が危険人物だと断言できる。
「そうですね、タケ様のように使い所を間違う事もなさそうですし――」
「いや、俺だって使い道はわきまえているつもりだよ? ただ男として引けない時があるってだけだから」
サラフィナが本当に? といった疑惑の視線を向けてくるが事実、俺だって兄貴の仇討ちとか、理不尽に拘束しようとされたりとかしなければ無茶はしない。
「麗華さんにその気があるのなら、護身用に魔法を教えるのは一向に構いませんよ」
「私が魔法使いですか! なんだかワクワクしますね」
「サラフィナさんも麗華さんもずるいですわ! 私も魔法を覚えたい……」
サラフィナが麗華に魔法を教えることになり、アロマが1人取り残された形になるが、こればかりは仕方がない。
この世界の人族も体内に魔素を取り込む事ができるが、取り込む事ができることと使用出来るかどうかは適性によるのだから。
子供の頃に教会で魔法の適性を調べた結果、適性なしとされたアロマには魔法を覚える事ができないのだ。
「アロマさんには悪いけど――」
アロマもそれを分かっているから、残念そうな面持ちを浮かべるがすぐにそれを振り払うような明るい声音で語り出す。
「分かっていますわ。皆さんが魔法の修行をされている間、私は見学していますわ」
「じゃ、早速明日にでも王都から離れた森にレベルあげにいこう!」
迷い人も最初から魔法の威力が高いわけではない。
魔物を倒し自分の器を拡大してあげる必要があるのだ。
俺の場合は、スライムとゴブリンを倒した事で拡大する事ができた。
だから、麗華もレベルをあげる必要がある。
俺自身、WooToberじゃなくなったのは残念だが、そもそも異世界に暮らす俺には必要がないものだ。
サラフィナたち現地の人からすれば、自分たちの生活を撮影され、それが全く知らない大勢の人に見られる。まるで見世物のように……。
俺がしていたのはそういった事だ。
アロマはまだその事に気づいてはいないが、サラフィナや麗華には分かっているのだろう。
魔物相手に戦っている所や風景を撮影するのならまだしも、人を映す行為はその人たちのプライバシーを侵害しているのだから。
リスナーの期待に応えようと、サラエルドの街でも王都でも俺はやり過ぎた。
麗華の事が原因なのか、それとも公序良俗違反が原因かは分からないが、インターネットができなくなった事で、俺の頭も冷えた。
獲得したポイントで色々な物と交換できなくなるのは痛いが、これも皆からすればズルっこみたいなものだ。他人の褌で相撲を取っているようなものだ。
そんな事を考えながら、俺の異世界生活は日本からやって来た麗華と、この世界で知り合ったサラフィナ、アロマという美女3人に囲まれ再スタートを切ることになった。
その一カ月後、まさかとんでもない事件がお隣の国で起きるとは予想できずに。
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