第65話タケ、麗華の家庭教師を頼む。

 麗華からひととおりの聞き取りを終えた所で、これまで黙って俺たちの会話を聞いていたサラフィナとアロマから声がかかった。


「タケ様の言葉は理解できるのですが、彼女の言葉はいったい――」


「そんな事よりも、この方の紹介が先ですわ」


 サラフィナは俺を含め、前の迷い人とは言葉を交わすことができた事から、言葉の通じない麗華に驚きを隠せないようだ。

 そしてアロマは、俺と麗華が親密な会話を交わしていたように見えたのだろう。2人の関係を探るような視線で問いかけてきた。


 なぜ同じ迷い人でも麗華だけ言葉が通じないのかはこの際置いておいて、俺は麗華の紹介から始めることにした。


「えっと、この人は麗華さんといいます。俺がお世話になった人の妹さんです」


 俺が麗華の紹介を始めると、麗華もそれに合わせてぺこりとお辞儀をした。

 もっとも麗華からしてみれば、サラフィナとアロマが何を言ったのか理解できている訳ではないので、俺の話から流れを察したにすぎない。


「初めまして、私はエルフのサラフィナと申します」


「私は当家の次女でアロマと申しますわ」


 流れを察したにすぎないが、そこはさすが元社長令嬢といった所か、2人が挨拶を終えたタイミングで麗華は腰を折る。


 自己紹介が終わった所で、今回の麗華から聞いた経緯を重要な部分を省いて説明すると、


「それは災難でしたね。エルフの約定に従いレイカ様の保護に協力させていただきます」


「私もできる限りの協力は惜しみませんわ。困った事があればなんでも仰ってください」


 2人が麗華を快く受け入れてくれた事に安堵あんどした俺は、麗華がこの世界で暮らしていけるよう2人に相談することにした。


「まず問題は、麗華さんがここの言葉をまったく知らないということです。言葉が理解できなかった事で、奴隷にまで落とされてしまったからね。そこで――俺とサラフィナで麗華さんにここの言葉を教えるというのはどうでしょう?」


 嘘は言っていない。


 2人には、ゴブリンから助けてくれた冒険者に襲われそうになった話はしていない。購入に立ち会った侯爵様にも麗華の事情は話さなかった。

 人は先入観で物事を考えるきらいがある。この世界の女性が開放的とはいっても、よく知りもしない男の部屋にノコノコと付いていったりはしない。


 そういった意味で、麗華が男たちの滞在している宿の部屋に足を踏み入れたという事実が、彼女の印象を悪くする可能性があった。

 その事を踏まえ、あえてその話をするのを俺は避けた。


 麗華がどんな女性なのかは俺もまだ知らないが、男に襲われそうになって舌を噛みちぎるくらいだ。貞操観念はしっかりしているお嬢様で間違いないだろう。

 そんな麗華が迂闊にも男たちに付いていったのは、たった一人でゴブリンから逃げて、危ういところを救ってくれた者達だったからに他ならない。


 俺がゴブリンの集団から逃げて、キグナスの兄貴に拾われ、ノコノコと付いていったのと同じだ。俺の場合は最初から話しが通じたからそれほど不安に駆られることもなかった。


 だが、言葉が通じなかったらどうなっていたか?


 きっと、警戒しながらも不安な気持ちのまま兄貴に付いていって、指定された部屋に入ったに違いない。


 人の心は、強くはできていない。

 若いときに流されやすい人が多いのも弱さのあらわれだ。


 だから、俺は麗華を責めるつもりも叱るつもりもない。


 だいぶ話がそれてしまったが、言葉を教えるのになぜサラフィナなのかは、以前に魔法を教えてもらった時、一般的な言葉のアクセントと魔法を発動させるためのニュアンスが微妙に違う事に気づいたからだ。

 例えば下級回復魔法のフェイルスをそのまま文字に起こし読むとだが、発動させるためにはと発音する。


 そう、俺は麗華に魔法を覚えてもらおうと考えていた。


 迷い人がこの世界の人よりも体内に取り込める魔力量が大きいなら、麗華も同じはず。

 麗華が強くなれば、この先、危険な目に遭うこともないかもしれない。

 かつてこの世界にやって来た迷い人のように、俺たちが魔物を倒しレベルを上げれば、この世界では人外の力を発揮できる。


 サラエルドの街を出る時に俺が無双したのが良い例だ。


 俺の場合はポイント交換で多くの魔法を一気に取得したからずるっこみたいなものだが……。


 そんな俺からの提案にサラフィナも、


「分かりました。最初はタケ様に通訳をやってもらい、ある程度会話が成立するようになりましたら私が、ここでの言葉を教えましょう」


 俺の意図を読み解いたサラフィナが、あくまでも日常生活で支障のない範囲でならと念を押す。


 サラフィナはもしかすると、俺に魔法を教えたことを後悔しているのかもしれない。

 たった1カ月、サラフィナの元で学んだ生徒が、街の兵士相手に無双すれば危機感が生まれても仕方ないよな。でも、ここで引くわけにはいかない。


 いつも俺が側にいて守ってあげられるとは思えないからな。

 この先、迷い人を利用しようとする者が、俺の目を盗んで麗華をさらう可能性だってある。

 第四王子とか、ここの王様とか、第四王子が――。


 そんな事態に陥らないためにも、麗華にも魔法を覚えてもらおう。


「俺に教えたのと同じ事を麗華さんにも教えてください。それが彼女の為ですから」


 俺の様子から何かを感じ取ったのか、サラフィナは、フッと吐息を吐き出すと麗華を見つめながら口をひらく。


「分かりました。でも、とりあえず意思の疎通が図れないと話になりませんから、そっちは、その時にレイカ様の人となりを見て判断するといたしましょう」


 サラフィナの言葉を通訳し麗華に伝えると、麗華は安堵した様子で「よろしくお願いします」と、小さな口から澄んだ声で吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る