第64話タケ、爆弾発言を聞く。

「それではその金、当家でご用意いたしましょう」


 これまで俺たちの動向を窺っていたトライエンド侯爵が、ここぞとばかりに登場する。

 俺の立場を知った上で、王家に付けいれられないように配慮してくれた形だが、それに王家から使わされた執事が難色を示す。


「これは侯爵様、このような場でお会いするとは奇遇ですな。私共は陛下より直々に依頼され、タケ殿に奴隷を見繕う役目を帯びております。差し出口を挟むのは愚行かと進言させていただきますが……」


 執事は王からの指示であることを盾に、侯爵に手を引かせようとするが、しかし、侯爵もこれに黙ってはいなかった。


「お言葉ですが、先日の談話会ではタケ殿をよくぞこの王都に連れてきてくれたと陛下から労いの言葉を賜り、タケ殿がこの王都で不自由しないように最善を尽くしもてなせとも言われております。私奴はそれを遂行するまで、なんならタケ殿にお決めいただくのが最善かと思われますが――」


 俺としては、恩を売ってある侯爵に借りを作った方が後々、後腐れなくて済む。

 国王に借りを作れば、利用される未来しか浮かばないからな。


「俺が決めていいって言うなら、俺は侯爵様から金貨65枚を借りるよ。今は返済のあてはないがなんとかなるだろう」


「タケさん、その金貨ってまさか――」


「あぁ、うん、その話は後で詳しく話すからね――」


 麗華がここで初めて、自分を身請けする金額だと気づき口を挟んでくるが、俺以外の人間に言葉が通じない彼女に出しゃばられても面倒だ。

 今は黙って見ていてもらうことにしよう。


 一方で、自分が最初に落札した女を横からかっ攫われようとしている第四王子はステージ上から俺たちをにらみ付け暴言を吐きまくっているが、奴隷商もさすがに国王の命と言っている執事と侯爵を前に及び腰になってしまっていた。


 結果――。


「ふざけるなよ! こんな横暴が許されると思っているのか! 後でどうなってもしらないからな」


 三下の捨て台詞せりふを吐くと、第四王子は共の者に運ばれステージから連れ出されていった。


 国王から今後、第四王子が何かしでかした場合、好きにしていいと言質は取ってある。俺の目の届く範囲で豚が何かしたなら、アイツの命運もここまでって事だ。

 これからも豚の動向を気にしなければいけないのは面倒だが、アロマに麗華、2人の見目麗しい女性を守るためだ。仕方ないよな。


 奴隷商に金貨65枚を支払った俺は、麗華を身請けし、侯爵と一緒にトライエンド侯爵家の王都邸宅へと向かった。


 奴隷商とのやり取りで、奴隷紋はどうするのかと尋ねられ、断りを入れると執事たちから横やりが入ったが、元々もともと麗華を奴隷として扱うつもりはない。

 昔の奴隷紋は魔法的な効果で奴隷を縛っていたみたいだが、技術が廃れた今はただの目印のような物らしい。しかし、首に見えるように付けられた奴隷たちは勝手に1人で他の街へ行くことすら適わず、主人の許可がない奴隷を街から出すことはないらしい。


 もしも、麗華に奴隷紋を刻んだりしたら、タカトさんに合わせる顔がなくなる。

 麗華の兄であるタカトさんには、異世界にやって来て早々10万もの投げ銭を貰い、その結果として下級回復魔法を得たという経緯があるからな。


 馬車に一緒に乗り込んだ麗華は、俺とトライエンド侯爵の話をただジッと聞いている。実際には俺の話は理解できるみたいだが、やはり現地の人間の言葉は分からないようだ。

 同じ迷い人でも、言語能力に開きがあるのがなぜかは分からないが、言葉が理解できない以上は、俺と離れて行動するという選択肢はないと思われる。


 侯爵家に到着した俺は、急ぎ滞在している部屋に麗華を案内した。

 サラフィナを交えて、テーブルを囲んで事情聴取という名目のお茶会を開く事になったからだが、なぜかそこにはアロマも出席していた。


「えっと、なんでアロマさんがここに?」


 この場にいて当然です。といった様子で椅子に座るアロマに俺が尋ねる。

 アロマは言われた事が心外だといった様子で――。


「当家に滞在して頂くのですから当然です。それにお父様から聞いた所によれば、この方、タケさんと同郷だというではないですか。なら身の回りの事を含め、女性がいた方がよろしいのではないですか?」


「いや、それならサラフィナに頼めば良いことだし――」


「それはダメですわ。サラフィナさんはここの客人ですから」


 そういうものなのかといった良くわからない理屈で、アロマには押し切られたが、お世話をするといった麗華をやけに意識して見つめているのが少し気になる。


 全員に紅茶が回った所で、俺が一番気になっている事を切り出した。


「麗華さんが乗ったタクシーがこの王都に先日運びこまれました。タクシーに人は乗っていませんでしたが、ドライバーの方がどうなったか知ってますか?」


 俺の問いに、麗華は苦しそうな面持ちを浮かべると、俯きながら涙声で話し出した。


「突然現れたゴブリンに槍で刺されて……刺されながら私に逃げてと――ドアが開いたので私はそのまま逃げ出してしまって、その後どうなったのかは――わかりません」


 綺麗な顔を歪めてそう告げられれば、ドライバーがもう生存していないことは想像に難くない。

 俺がこの異世界にやって来て初めて遭遇したゴブリンは棍棒を持っていた。もしあれが槍だったのなら、最悪は俺もドライバーと同じく死んでいた。


 しかも麗華たちが転移させられたのは森の中で、いわば魔物の縄張りだ。

 俺の場合は見通しの利く林の中で、一体だったからなんとかなったが、あれが麗華たちのように複数のゴブリンに囲まれていたら、考えただけでゾッとする。


 そう考えると、責任を感じて泣き出した麗華を責める事はできない。


「仕方ないですよ。突然、異世界に飛ばされて、それが魔物の縄張りだったんですから。むしろ麗華さんが助かった事が奇跡みたいなものです」


「違うんです! ドライバーさんは私の転移に巻き込まれたんです。私があの時、あの場所でタクシーを拾わなければ――あの方を死なせることもなかった――」


 麗華の言葉に俺は首をかしげる。

 俺がWooTobeの抽選に当せんして異世界にやって来たのは必然だが、それは俺が配信者だからだ。WooTobeからのメールでもそう書いてあったからな。

 だが、麗華の場合は動画の配信者ではないはず、だとすると偶然としか思えないが――。

 麗華が異世界へ転移したのが偶然だと思っていた俺に、麗華が衝撃的な事実を伝える。


「あの日、私はある人物の調査資料を手に入れタクシーに乗りました。その人物はWoogleと最近とくに近しくしている人物で――亡くなった私たちの両親が資金援助していた研究所の現在は所有者となっている人物なんです」


 ん?

 話が全く見えてこなくなったな。

 颯コーポレーションの社長が麗華の兄のタカトさんで、その両親が援助していた研究所の所有者がWoogleと近しくしている?


 どういうことだ?


 俺はややこしくなった話に一瞬眉をひそめる。

 麗華はそれを敏感に感じ取り、慌てて言葉を紡ぐ。


「すみません、こんな話、部外者のタケさんに話すべきではないのに――」


「誤られても俺に実害があったわけではないんで――でも、どういう事です? 何でそれが、麗華さんが異世界に飛ばされた事と繋がるんですか? WooTobeと麗華さんたちとの間に何があったんですか?」


 根掘り葉掘り聞くのは俺の趣味ではないが、WooTobe絡みとなれば話は別だ。

 俺は、麗華にWooTobeと麗華たち兄妹の関係を問いただした。

 麗華は俯いてしばらく考え込んでいたが、顔をあげるとおもむろに語り出す。


「事の起こりは3年前にさかのぼります。今、兄が経営している颯コーポレーションは元々父が経営していた会社だったんです。それが、3年前に突然両親が謎の死を遂げて――父の後を継いで社長になった兄は両親の死に疑問を持ち、独自に調査会社を通して当時の関係会社を調べていたんです。そこでたどり着いたのが当時、父が将来を見込んで投資していた宇宙線物理学研究センターでした。両親の死後、その研究所との関係はプツリと切れ、当時の所長が事故死すると突然、Woogleの傘下に組み込まれました。その研究所を調査している途中で異世界に転移したタケさんの事を知った訳ですが……兄は異世界へ転移させる技術とその研究所で行っていた研究が何かしらの因果関係があると確信していました。あの日、今の研究所の所有者をようやく見つけ出して、その資料を兄の元へ届ける矢先に、私はここへ飛ばされたのです。ですからドライバーさんは私の巻き添えに――」


「その何チャラ研究センターは置いといて、話をまとめると、麗華さんは知ってはいけない人物を知ってしまった。だから証拠隠滅として異世界へ飛ばされたって事でいいのか?」


 俺の問いかけに、麗華は艶やかな金髪を上下に揺らしながら肯定した。


 今後の予定として生配信を行って麗華の無事をタカトさんに知らせようと思っていたんだが……それやったらマズいよな?

 始末したと思った麗華が、生きていたらWoogle側はどう出る?

 ドライバーの身内とタカトさんには悪いが、今知らせるのはヤバい気がする。


 俺を取り巻く環境に暗雲が立ちこめてきた。

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