第63話奴隷市②

はひゃははいへさわらないで


 金髪の女性は舌っ足らずな口調を披露してきた。

 多分、余計な事はするなと言っているんだろうと推測した俺は、咄嗟にごめんと言い返す。


 彼女は俺の言葉を聞くと大きく目を見開き――。


はひゃはひひゃふひふあなた日本人……?」


 何となくだが彼女の言っている事がわかる。

 唇の動きと言葉が、なぜかこの世界で話してきた人とは違ったから。

 俺は日本語と似たような言語の民族なのかなと思いながらも、ジッと彼女の口を見つめると、障がい者であればあるはずのモノがない。


 そう、彼女には舌がなかった。


 実際には普通の人より半分くらい短かったのだ。


「その舌どうしたんだ?」


 俺は、まさかと思いながらも日本語を意識しながら彼女に尋ねた。

 彼女は、驚いた様に俺をジッと見つめると――。


ひゃふひゃひやっぱり


 彼女は、瞳に大粒の涙をためて俺にしがみついてきた。

 まさかとは思ったけど、言葉の違う女性を奴隷にするために舌を切ったのか?


 俺はこの国における奴隷は、犯罪奴隷と借金奴隷の2種類しか存在しないと聞かされていた。犯罪奴隷は文字通り、罪を犯した者への罰の意味合いが大きく、借金奴隷は家が貧しく借金を返済できない代わりに親や親族から終身刑の丁稚奉公の意味合いで奴隷にされると聞かされていた。性奴隷なんて男の願望を表すような奴隷は、実際は存在しない。


 奴隷にも人権はあるのだから。


 そうでなければ誘拐して、売買されるといった事件が後を絶たなくなる。


「おい、そこの司会――これはどういうことだ? まさか奴隷にするために舌を切ったとか言わねぇよな?」


「その少女の舌は、少女自身で噛みちぎったと聞いております。その治療の際の費用を支払えないために一緒に来た冒険者がその少女を売りに来たのです」


 はぁ?

 自分で自分の舌を噛みちぎっただぁ?

 そんなやばいヤツいるわけがねぇだろうに。

 それが本当なら自殺未遂を起こした痛い娘って事じゃねぇか。

 まぁ、俺が魔法をかけてみれば分かることだ。

 俺の背中に顔を埋め、泣きじゃくっている女性に回復魔法を施そうと手を向けると、それを制止する声が横から入る。


「またお前か――いつもいつも僕の邪魔ばかりして、いい加減にしろよ。その娘は俺がたった今買ったんだぞ。アロマの代わりに使い倒すんだから邪魔するなよ!」


 何がアロマの代わりだよ。ブサコンのくせして。

 アロマが綺麗だから手を出せなかったびびりだろうに。

 綺麗な女性と付き合えない男ってのは、綺麗すぎて目の前に出ると緊張するからそれ以上の関係になれねぇんだ。

 その代わり、不細工な相手だと緊張しないから良く口が回るんだよな。


 俺も似たようなもんだから分かるぜ。

 俺は筋金入りの――経験人数0だけどな!


「おい、豚王子、話は後だ。この子の意思で奴隷になったのでなければこの売買も無効だろう? それとも口が利けない方が――都合がいいなんて悪趣味な事を言わねぇよな? 仮にもこの国の王子であるお前が」


 衆目の中でこれを認めるような事はないだろうな。

 これを認めれば、さらってきた娘を奴隷に落とす事を黙認すると言うこと。

 豚だなんだと言っても、こいつは王子だ。


「さっきそこの司会も言ったぞ。男の望みを体現したような女だって――」


 諦めわりぃな。つか、忘れてた……こいつはこういうやつだった!

 王族だの、名誉だとかそんなもん関係ねぇ。

 わがままし放題だったわ。


 とりあえず面倒くせぇ。「下級結束輪魔法ユニオンサークル!」


 俺が魔法名を唱えると、床から漆黒の蛇が空間に放たれる。

 蛇は飛び出た勢いのまま豚王子に巻き付いた。


「なんだ、これは――」


 ステージの上では、黒い蛇に巻き付かれた豚が安定を失い横倒しになるが、さて邪魔者はいなくなった。さっさと始めようか。

 こいつの言っている話が本当なのか嘘なのかは、本人に聞けば早いからな。

 俺はいまだに泣き止まぬ奴隷に手のひらを当て、強めに下級回復魔法を唱えた。


下級回復魔法フェイルス!」


 青い光の玉は彼女の体に入ると、口の辺りで一際輝きを増し一気に弾けた。

 俺の魔法で欠損部位が治せるかと問われれば、難しいとしか言えないが、彼女が奴隷になってまだ日が浅いというなら話は別だ。

 光が収まると、眩しそうに瞳を閉じていた彼女が呆気にとられて口を開いた。

 よし! ちゃんと舌は元通りだ。

 彼女は恐る恐るといった様子で、ゆっくりと話し始めた。


「はじめまして、タケさんですね――兄がお世話になっております」


「えっ――」


 なぜこんな美人が俺の名を知っている?

 それに兄だと――?

 まさかキグナスの兄貴の妹なのか?

 そんな予測が脳裏を横切るが、そんな訳はないな。

 回復前の口の動きは日本語に近いように感じた。でも、見た感じこの子は日本人には見えない。


 どういうことだ?


 俺は意を決して、俺を直視してくる彼女に尋ねる。


「もしかして――日本人じゃない?」


「いいえ、私は日本人ですよ。父が日本人で母がフランス人だったので――」


 タカトさん聞いてねぇよ――。

 運良くこんな場所で会えたからいいが、日本人の外見を予測して探していたら絶対見つけられなかった。

 むしろ、この異世界の住人だと言われた方がしっくりとくる。


 顔を殴られた時にできた腫れも、舌と一緒に治り、元の美しい見目に戻った麗華は余裕のある笑みを俺に向けていた。胸を腕で隠すのは忘れているようだが……。


 やべぇ、こんな美人だとは聞いてねぇよ。

 俺は次の言葉が出てこなかった。


 すると――。


「タケ様、こちらの奴隷をご所望ですか?」


 俺と麗華の会話が終わったと判断したのか、王家の執事が口を挟んでくる。


 この世界にやって来た時から、この世界の言語が話せた俺は、意識して話した事はないが、麗華の言葉は日本語だった。当然、俺もそれに合わせて会話をしていたが、俺の発する言葉がこの世界用に翻訳されて周囲に聞こえるようになっているなら――。

 執事たちからすれば、俺の発した言葉だけでしか理解できていない。

 結果、執事たちは麗華が奴隷だと思い込んでいる状態って事だ。


「ちょっと待ってください、これからどうしてこんな場所に来たのか確かめるんで――」


 執事は恭しく腰を折ると、俺と麗華から距離を空けた。


 俺は麗華に聞きたいことが山ほどあった。

 どうして社長秘書の麗華がこんな場所に飛ばされたのか?

 一緒にいたタクシーのドライバーはどうなったのか?

 なぜ、奴隷として奴隷市に出品されていたのか?

 上の2つは王家の監視がいる状況では聞くことはできない。

 タクシーという証拠物件を王家が管理している手前、それに関係する者を簡単に手放すとは思えなかったからだ。


 結局、後で聞けば良いと判断して、事情を知っている胡散臭い司会の男を交え、2人から聞き取りを開始した。その返答はこれからの対応に困るものが含まれていた。


 麗華が舌を自ら噛みきり、レイプは未遂におわった。

 これは最善ではないが、結果は悪くない。


 治療院で数人の魔法師から回復魔法を受けて出血は止まったが、欠損部位は治らず――治療院では麗華の治療費を連れてきた冒険者に請求した。が、高額になった治療費を支払える訳がない。


 治療院の国家魔法師は有能ではないが、治療費だけはクソ高ぇからな。


 結果、治療費分の借金を背負う羽目になった麗華は、自らその事情を知ることなく奴隷に落ちた。

 言葉も話せない、相手の話も理解できないのでは、相手の都合に合わせて動かざるを得なかっただろう。


 冒険者は司会の男、後で知ることになるが奴隷商人の男に麗華を預けると、さっさと消息を眩ましたそうだ。たまたま知り合って襲おうとした相手が面倒ごとを持ち込んだ形だ。無関係を装って逃げ出すのも仕方ないといえる。


 麗華を購入した奴隷商人も、言葉が話せない、理解もできない麗華の処遇を考えたが、奴隷市の前に実施させた診断で麗華がまだ処女であることを知り、それを全面に押しだし、言葉を話せない事で都合良く扱える奴隷とセールスポイントを練り上げ今に至ると――。


「予想外に波瀾万丈な人生だな……」


「うふふ、これでもおばあさまから処世術は教わっておりますので」


 うふふじゃねぇ!

 しかも処世術の意味間違ってねぇか?

 世渡り失敗しまくりじゃねぇか!

 確かに、レイプされかけた場面から逃れるのは成功したが……それより酷い奴隷に落とされるって……。


 俺は人身売買の類いで麗華が売られたのなら、それを指摘して解放するつもりだった。

 だが、麗華のそれは間違いなく麗華本人が負った借金だ。

 支払い能力がないのに、そんな高価な治療受けるなよ、と言いたいが治療を受けなければ最悪、麗華は死んでいた可能性もある。

 この世界には感染症とかウイルスなんて概念はないからな。


 同じ日本人で、それも以前から俺の事を動画で知っていた麗華が安心した表情を見せているが、まずは麗華の背負った借金の額を聞いてからだな。


 うん、話はそれからだ。


「それでこの女性が負った借金はいくらなんだ?」


 俺は奴隷商人をジト目で見ながら問いただす。

 ここで高値でも付けてくるなら容赦はしないというアピールだ。


「はい、彼女の場合は治療院に立て替えた金貨50枚と、ここでの管理費を含みまして――金貨にして65枚になります」


 はぁ?

 金貨65枚って――さっき豚王子が落札した金額の倍はあるじゃねぇか。どういうことだ?


「さっきそこの豚が落札した金額は金貨30枚ほどだったと記憶しているんだが――」


 奴隷商人は、ニコリとほほ笑むと――。


「私どもは商人でございます。以前から何度も購入してくださっているカサノーバ様でなければ難色を示す所ですが――お得意様ですからね」


 なるほどね……ここで赤字を出しても逃したくない客には安く売るか。

 それだと俺が立て替える場合、金貨65枚は最低かかるわけだ。

 金貨65枚――サラエルドの街でコツコツ治療の仕事に就いていても、そんな大金稼げねぇぞ。Bランクの冒険者が、割の良い商隊の護衛を20回はこなしてやっと稼げる金額だ。

 当然、旅に余裕があるくらいの資金をためたつもりだったが、そこまでの金はない。

 すると――。


「その奴隷、そこまで気に入られたのでしたらこちらで全額用意いたしましょう」


 金額交渉の段階に入り、やっと自分たちの出番とばかりに王家の執事が横やりを入れてくる。


 ここで国王に借りを作るのは、今後の事を考えれば悪手だ。


「それではその金、当家でご用意いたしましょう」


 どうしたものかと考えていると、いつの間にこの場にやって来ていたのかトライエンド侯爵が金貨の入った袋を執事に持たせ近づいてきた。

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