第61話奴隷市①

 タクシーから得られた情報は、タクシー会社の社名と、後部座席に乗っていた乗客が残していったと見られるバッグと書類のみ。


 俺が調べたかったのは車検証だったが、それは諦めた。

 車であれば普通はダッシュボードの中に車検証と保険関係の書類が入っている。

 なぜ俺がそれを見たかったのかといえば、車検は新車で3年、営業車であるタクシーは1年更新で車検を受けなければいけない。

 その車検証の発行年を見れば、あのタクシーが何時頃こちらに飛ばされたのか予測ができると言うわけだ。


 リスナーからの情報では、1月ひとつきくらい前に失踪したと聞かされたが、それにしては錆の具合が尋常ではなかった。


 だから、車検証で確認したかったと言うわけだ。

 俺のネット環境だけリアルタイムで、転移自体は時差がある可能性も考えたからだが、その可能性は無いだろうな。

 タクシーの会社名、乗客が務めていた会社の社名が一致しているんだから。


 俺は生存者の情報を得られないまま、王城を後にした。


 翌日は生配信を行い、俺が知り得た情報のみをリスナーたちに伝えた。

 リスナーの中に、行方不明者の身内を名乗る人が混ざっていて、車が発見できた喜びと未だ発見できない運転手と乗客の身柄を心配する声で溢れかえった。

 その中に、かつて俺に10万ポイントを投げ銭してくれたタカトさんが混ざっていたのには驚かされた。

 リスナーからは文字だけのやり取りだが、タカトさんがいかに妹さんの事が心配なのかひしひしと伝わってきた。


 俺も異世界の先輩として、もし二人が見つかったらできるだけの協力はすると誓った。


 そして、今日はいよいよ年に1度の奴隷市の日だ。


 俺としては、タクシーに乗っていた2人の行方を捜索したかったのだが、国王がせっかく俺のために用意してくれた席だ。気は進まないが、迎えに来た王城の使用人と共に奴隷市へとやってきた。

 奴隷市は、大きな邸宅で行われていて50畳ある部屋の前にはステージが設けられ、購入希望者は前もって渡された札をあげて入札する仕組みになっているようだった。

 部屋の中は奴隷を値踏みする大勢の貴族らしき人と、商人らしい姿の男性でごった返していた。後ろの方になると爪先立ちでもしなければ奴隷を拝めない程だ。


 俺の両隣には、俺に何としてでも奴隷をあてがおうと王家の執事が2名同席している。

 席は当然の事ながら最前列だ。


 俺は物珍しさも手伝って、ステージに視線は釘付けだった。


「さぁ、本年も多数の紳士の皆様にお集まりいただき、私――感謝に堪えません。今年も前年度以上に掘り出し物が多数ございます。ぜひふるってご参加くださいませ」


 胡散臭い三文芝居のような司会を、これまた胡散臭いシルクハットを被った細長な男が執り行う。司会者の声と共に、ステージ後方からは1人ずつ体が透けて見えるドレスを纏った女たちが登場してきた。


 俺は、シャツの胸ポケットに仕込んだスパイカメラでその様子を撮影する。


 見えてはいけない部分が見えているが、後で編集で誤魔化せば行けるはずだ。


 この時のために、主催者側も奮発したのだろう。

 とても奴隷とは思えないほど手入れされた髪、体は傷1つなく、一人一人が発する甘い匂いに頭がくらくらしそうだ。

 奴隷との距離は最前列だけあって2mもない。

 素足で絨毯じゅうたんをあるく際の擦れる音が、雰囲気をかき立てている。

 奴隷たちは一人一人がいい客に買ってもらえるように、ゆっくりと舞うように歩き過ぎ去っていく。金髪、銀髪、茶髪、黒髪、すべて人族の容姿なのだが、どれも西洋人のように鼻が高く、目元もきりりとしていた。


 俺はタカトさんの妹がもしかしたらこの中にいるかもしれないと僅かに考えたが、その心配は徒爾に終わる。

 1時間で50人は俺の前を通り過ぎただろう。

だが、その中に黒髪、もしくは茶髪で日本人の容姿の者は一人もいなかった。

 前半は一通り、女性を確認させる場として設けられ、いよいよ後半から入札が開始される。

 最初に出てきた女性が、今度は一人で出てきた。


「こちらはナンバー1番、サラムンド帝国から流れてきた奴隷でございます。没落した男爵家の6女だったようで、教養は申し分ありません。家政婦としてお考えであれば難しくもございますが、夜寝の方は期待できると保証いたします。年は16歳と成人しておりますが、こちらで確認した所――まだ生娘でございます。さぁ、皆様の審美眼で商品にみあった価値を付けて下さいませ」


 奴隷の紹介と共に、次々に札が上げられる。


 俺は購入する気はないから、客と奴隷の表情を窺うに止める。


「はい、落札が決定いたしました、38番のお客様です。価格はなんと金貨50枚。しょっぱなから飛ばしすぎではありませんかね~まだこれからですよ。はい。では次にいきましょう」


 金貨1枚が確か、10万くらいだったか。とすれば――500万円で今の子は落札されたと言うこと……。

 貧乏な俺からすれば、えらく高い気もするが、女性一人を一生、好きにできる権利を500万で購入すると考えれば安すぎるな。


 次々に売られ、買われていく奴隷たちを見て、俺はなんとも表現し難い気持ちになっていた。

 普通の女の子にしか見えない子が、知らない人に買われる哀愁は当事者でなければわからないだろう。

 大金を積まれ喜ぶ奴隷もいれば、逆におどおどしている奴隷もいる。


 後半に紹介されたこの女性もその後者だ。

 登場から暗い面持ちを浮かべ、この場がどういった趣旨で行われているのかさえ分かっていないようなそんな雰囲気がこの女性からは漂っている。

 奴隷は登場の際、胸を隠してはいけない決まりだが、最初から最後までずっと腕で見えないように隠している。そして、司会者のこの女性にたいする紹介がいかにも胡散臭い。


「さぁ、後半に入りましたが、この女性――最近、冒険者から持ち込まれた商品でして、実は口が不自由で話せません。こちらの言葉も通じない事から意思の疎通には問題がございますが、調べましたところまだ生娘でございます。育ちの良さそうな見目、体つき、夜寝の相手にはもってこい。奥方様に告げ口をしようにも口が不自由ではその心配もございません。殿方の理想を体現したこの女性に皆様はいかほどの価値を見いだしてくださいますか!? では評価お願いいたします」


 司会の奥方に告げ口の辺りで、心当たりでもあるのか複数の貴族連中から笑いが漏れる。

 口も耳も不自由な障がい者を都合の良いようにしよってか?

 たく、ふざけた連中だ。

 胸糞悪くなる。

 そんな事を考えていると、最後の札を上げた奴を見て周囲の連中は一斉に札を下げた。


 ん?

 まだここからだろ?

 何でみんな札を下げたんだ?

 そう思って後ろを振り向くと、そこには俺の因縁の相手。

 第四王子こと豚がニヤついた顔で立っていた。


 あぁ、なるほどね。

 第四王子に配慮して、皆が札を下げたって事か。

 何が起きたのか理解した俺は、今晩にでも豚に孕ませられる、かわいそうな奴隷の顔をマジマジとみた。艶やかな金髪にブルーの大きな瞳、手入れが整っている髪からはとても奴隷とは思えない高貴な雰囲気がある。


 あぁ、あんな美人が豚の餌食とは、可哀想に――。


 落札が決まった第四王子は、ずかずかとステージに歩み寄り、その奴隷の腕を強引に掴み連れ出そうとする。

 奴隷は、この時になって自身の身に何が起きたのかようやく理解したのか、逃げだそうと豚から離れようとするが、豚もただの豚ではない。

 王子としての教育は一応受けている。

 それは学問だけではなく、当然、武芸にもおよぶ。


 ステージ上で繰り広げられる、奴隷と豚の応酬に、客たちからは薄ら笑いが漏れ始める。豚は周囲に笑われ顔を赤くしているし、奴隷も逃げたくて必死だ。


 俺もこれが身内で起きた事なら容赦しないが、この奴隷は先程、豚に買われた身だ。所有権が移った手前、俺には関係がない。


 司会は次に控えている奴隷を扉で止め、ステージ上に仲裁に入ろうと歩き出す。


 その時、周囲の嘲笑にカッとなった豚が、腕を上に振り上げ――聞きわけの無い女性の顔を力一杯殴りつけた。

 ガツッ、と離れていても聞こえる打撃音。

 体重の乗った拳は容易に女性の体を吹き飛ばした。

 殴られた奴隷は、勢い余ってステージ下の俺の所まで転げ落ちてきた。

 目の辺りを赤く腫れ上がらせながら、ステージ上の豚を睨む奴隷。

 さすがに目の前で倒れている女性を放っておくほど、俺も冷酷ではない。

 俺は、気をきかせるつもりでその女性の腰に腕を回し抱き起こそうとすると――。


 パチーン!


 瞳に涙を溜めた奴隷は、俺を睨みながら、俺の頬に平手打ちを食らわせた。


 呆気にとられる俺。


 そんな俺の顔をマジマジと覗き込む奴隷。


 頬に手形を付けた男と、目を腫らした奴隷が見つめ合うことしばし。


 その女性は、理知的な眼差しを俺に向け、口をひらいた。

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