第60話ボロボロのタクシー
翌日、珍しいものが運び込まれたと聞き、それを見せてもらおうと王城へとやってきた。
珍しい物とは当然タクシーの事だが、恐らくは国王もタクシーを一目見ただけで、これが何なのか良くわからないはず、それの正体を明かす事は俺の正体を明かすのと同義だ。
自分の素性を他国の旅人と偽っている俺が、タクシーを見せてもらうには、こう言うのが手っ取り早いと考えたのだ。
「おう、タケ殿。兵の話では昨日運び込まれたデカ物を見にきたとか聞いたが?」
初めてこの城に連れてこられてからもう一週間は経過した。
その間に、国王も随分と気さくに話しかけるようになってきた。
まぁ、向こうとしては俺との縁を維持して自国に有利に働かせようって腹づもりなのは重々承知だけどね。向こうがその気ならこっちもそれを利用するまで。
「ええ、国王陛下におかれましては、今日もお元気そうで――」
自分で言ってて吹き出しそうになるが、一応この国の王だ。
兵たちの手前、ぞんざいな態度で接するのを避けるようになった。
部下への示しが付かない上司ほど惨めなものはないからな。
「さすがに耳聡い。昨日運ばれたデカ物に興味がおありかな?」
さすがは国王、話の節々にこちらの意図を探る会話を挟んでくる。
「いえ、街の人々が珍しい物だったと噂していたので見てみたかっただけです。見せて頂けないのでしたら――大人しく帰りますよ」
あくまで素っ気なく、退屈しのぎに来た風を装う。
本当はどうしても見て確認したいことがあったのだが、それを顔に出すわけにはいかない。
もし俺に対してアレが有効だと知られたら、つけ込まれる糸口になるからな。
「そうでしたか――正直、余もあれが何なのかさっぱりわからなんだ。他国出身のタケ殿なら何か分かるかもしれんのぉ。おい、タケ殿を中庭へ案内してさしあげろ」
国王は俺がそれほど興味ありそうな態度ではなかった事に落胆した様子で、兵へと命じた。
さすがに危険人物を一人でうろつかせるような事はないな。
この辺りを取ってみても、国王が俺をどう見ているのかがわかる。
決して気を許さず、あくまでも表では調子を合わせ、機嫌を損なわせないようにしながら様子を静観しているといった所か。
案内の兵の後ろを付いて城内をしばし歩く。
最初に連れてこられた時からしたら、だいぶ待遇は良くなったね。
前は背後から剣を突き立てられていたし……。
こうして少し薄暗い通路から日の当たる中庭へと出た俺は、目的のタクシーとご対面した。
「これが昨日運び込まれた物になります。どのような仕掛けがあるか分かりませんので、あまりお近づきになりませんように」
そう一言注意をすると、案内の兵士は俺の後方で見張り役に転じた。
近づくなといわれてもな、俺は車内に用があるんでそれには応じられない。
さて、どうするか……。
俺の魔法に、下級時間停止魔法ってのがあるんだが、これが中々使えない。
魔法の効果はたった1秒だけ時間を停止させられるといったものだ。
戦闘中の瞬きすら許されない時には有効だが、1秒では車内を捜索するなんて無理だ。
タクシーの塗装は白だったようで、錆が付着している合間に所々白色が見えた。
窓ガラスはフロント、サイドが割れていて、中のシートも結構、いや、かなり汚れている。
車体には傷が多数付いているが、どうみても事故を起こした風には見えない。
どちらかと言えば、鋭利な剣や槍で突かれたように思える。
タイヤは4本ともパンクしていて、ホイールがむき出しになっていた。
よくこんな状態で運んで来れたな――人海戦術しか有り得ないが感心させられる。
運転席は黒いシミが多数付着していて、これが運転手のものならきっともうこの世にはいないと確信できる。
後部座席には、仕事で使う様なキャメル色のバックが足元に落ちていて、何かの書類が散乱していた。中を覗き込みそれを見るが、やはり文字は日本語で書いてあった。A4サイズの封筒には颯コーポレーションの名が印刷されてある。
はぁ、リスナーからの情報通りかよ。
ここまで来ると、もう疑う余地はないな。
犯人は恐らく――WooTobeかその親会社のWoogle。
だが、なぜこんな手の込んだ事をしたのかがわからない。
客か運転手、どちらかを始末するのが目的なら異世界に送らなくても、いくらでもやりようはある。日本には年間10万人くらいの行方不明者がいる。その中で本当に行方が分からなかったのは500人から1000人。大雑把だが事実だ。
それらの人は人知れず命を絶った人もいるかも知れないが、犯罪に巻き込まれて未解決事件として処理されていると言われてたな。
引きこもりの時期にネットしまくって得た情報だから、正否は不確かだが……。
権力者なら遺体を消し去る事も難しくはないだろう。
だからこそ、今回の件は謎が深い。
おっと、そんな事よりもだ、この車が見つかった場所を聞いておかないとな。
万一、生存者がいたとしたらその近辺にまだいるかも知れない。
「すみません、これ何なんでしょうね? 俺にはさっぱり分かりませんでしたよ――ところで、これってどこで見つかったんですか?」
俺に問いかけられた兵は、一度口ごもってから、王都の西に位置する森の中だと教えてくれた。森の中にどうやってこんなデカ物をと尋ねたが、それも謎の1つだと言われた。国王からは余計な事は漏らすなとでも言われているのか。
今一、分かりにくい返答だった。
しかし、転移先が車の身動きが取れない森の中ね……。
俺が森の手前でゴブリンと遭遇したように、この世界の森の中には必ず魔物が生息している。やつらのど真ん中に放り出すとは――。
これが俺の時だったら、考えただけでゾッとするぞ!
車内を隈無く覗き込んでみたが、後は手がかりになりそうなものは何も残っていなかった。
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