第59話タケの決意!

 おいおい、これはどういう事だ――。


 ノートパソコンのカメラは相変わらず前方を向けていたために、その光景がしっかりと配信されてしまった。


ゲスト:おい! タケちゃんどうなってる?


ゲスト:文字が小さくて良く見えなかったけど、なんとかタクシーって書いてたよな?


ゲスト:そう言えば、一月前に都内でタクシーが謎の消失をしたってニュースでやってたような……。


ゲスト:それだ! 颯コーポレーションの社長の妹が乗っていたとかなんとか


ゲスト:えっ、それじゃ、今のタクシーって……。


ゲスト:ちょっと警察に電話してくるわ


ゲスト:警察に電話って――異世界に捜査員なんて行けないぜ?


ゲスト:いまだに行方知れずじゃかわいそうでしょ?


ゲスト:それよりタケちゃん、ここの王様と知り合いなんだよな? さっきのタクシーの事、何か分かったら知らせてくれないか?


「あぁ、勿論、国王に聞いて後で知らせる。乗っていた人の所在もあわせてなッ」


 俺はこの時、不穏なものを感じ始めていた。

 俺を異世界へ送ったのは紛れもなくWooTobeだ。


 日本に居た時には、世界中どこを探してもそんな異世界転移の情報はなかった。

 それが、月をまたいだだけで二件。

 これが意味するのは――。


 一度目は抽選で選ばれた俺。


 二度目が今、目の前を運ばれていったタクシー。

 タクシーの状態からして、好き好んで異世界へ来たわけじゃなさそうだ。

 となると――WooTobeが故意にタクシーを異世界へ飛ばした?


 でも、なぜ?


 俺は生配信を中止し、急ぎ侯爵の屋敷へ戻った。

 勿論、サラフィナに相談するためだ。

 迷い人を保護してくれる彼女ならば、生存者がいた場合に役に立ってくれる。

 そう思ったからだが、話を聞いたサラフィナの反応は芳しくなかった。


「なんで――エルフは迷い人を保護してくれるんだろ? サラエルドの街でサラフィナ、あんたが言った言葉じゃないか!」


 俺は沈痛な面持ちを浮かべているサラフィナに食ってかかった。

 サラフィナは一度顔を上げて俺の視線を窺うように見ると、言いにくそうに話を切り出す。


「タケ様、なぜ私たちが人族の国に迷い人の存在を明かさないのかお忘れですか? その存在が知られれば、傲慢ごうまんな人族の事、きっと彼らを利用しようと企むからです。タケ様の場合はまだ迷い人だと知られていなかったから保護をこちらから申し出ました。しかし、今回の件は人族の、それも王族に既に知られてしまっています。タケ様の世界の車が発見されたということは、遅かれ早かれこの世界に余所の世界からやって来た者の存在も明らかになるでしょう。あの車という乗り物はこの世界では作れない物なのですから」


 サラフィナの言葉は正論すぎて反論の余地がない。


 サラエルドの街から王都に来るまでに、イムニーを使ったが、アロマと従者の人たちには厳重に口止めがされている。

 侯爵家の恩人である俺を売るものは、その中には一人もいない。


 だから王族からは、おかしな態度を訝しまれても、異世界人だと知られる事もななく、平穏に一週間過ごして来れた。


 だが、あの車の存在が知られた彼らは違う。


 万一、隷属の首輪なんて代物が存在していたら、彼らは抗う術を持たずして良いなりになるしかない。そんな事は許せない。

 今回の事で、俺の素性がばれたとしても――俺は素知らぬふりなど絶対にできない。


 さっき俺が見たタクシーが、日本で行方不明になったタクシーと同じなら、運転手と乗客の身内が今も必死に行方を捜しているとリスナーたちから聞いたからだ。


 俺も、この世界へは望んで来たわけではない。

 だが、俺は配信者として異世界へ来られた事に満足している。

 それと比べて、二人はどうだ?

 タクシーの運転手はまだ40代だという。

 消息が消えた当時は、運転手が大きな会社の社長の妹を誘拐したと世間では大騒ぎになって、妻も子供も肩身が狭い思いをしていたと聞いた。


 後に二人の持つ携帯の電波が、都内から忽然と消えていた事で、何かがおかしいと問題視されるようになったようだが――現代の神隠しの実態が異世界転移だなんて笑えねぇ。


 残された家族はどうする?


 俺の家族は、俺が今もこうやって動画を配信し続けてもリスナーとして生配信に顔を出すことすらしねぇ。


 ――当然だな。


 俺が会社を首になった事で、近所からどれだけ陰口を叩かれ、嫌な思いをさせたことか――。


 近所の連中も、入社当時は笑顔でおめでとうなんて耳当たりのいい言葉で祝ってくれたが、そんなもんは所詮、社交辞令だ。

 会社を辞めさせられ、家に閉じこもった途端に、地域の一斉清掃の日とやらで人が集まると必ず俺の噂をしていやがった。


 長田さんちの息子さん、会社でゲームをやっていて首になったんですって。

 それで毎日引きこもっているんですね。

 毎日なにやっているんですかねぇ。

 犯罪とかで捕まらなければいいですけど……。


 暇な奥さん連中は、そんな話でグループを築き上げる。

 俺に言わせりゃ、楽して金を稼いでいたように見えた俺が、妬ましかっただけだろう。


 大抵の人は自分が一番苦労しているなんて被害妄想をこじらせているからな。


 ところで、そんな近所の連中の内情まで、何で俺が知っているのかって?


 ふん、母親から直接言われたからだよ。

 あんたが何時までも引きこもっているから、近所のいい笑いものだよってな。


 普通の人は会社都合で辞めたらすぐに失業保険とやらをもらって、期間内に再就職するんだろう。

 俺の場合は解雇だ。解雇ではすぐに失業手当なんてもらえない。

 自己都合退社と同じ扱いだからな。

 しかも再就職の履歴書には解雇の場合、きちんと明記する事が決められている。

 それを誤魔化せば、再就職しても解雇される理由になる。


 それを知ったとき、俺は再就職先を探すのを止めた。


 馬鹿らしくなったからだ。


 はめられて退社させられた被害者が、まるで犯罪者のような扱いを受ける。

 そんな汚い社会がほとほと嫌になった。


 まぁ、それがあったから今があるともいえる訳だけどな。


 家族が俺を見放したのは俺が、情けねぇからだ。

 引きこもりは逃げだからな。

 引きこもった者だからこそ分かるんだよ。

 何もかもが面倒で、このまま死んでも構わないとすら考えるようになる。

 当時の俺はそんな感じだったから。


 だいぶ話はそれたが、心配してくれる身内がいるならどうにかしてやりたい。

 たとえ、日本に帰れないとしても。

 無事に暮らしていることが分かるだけで、家族を安心させてあげられる。

 それに運転手の冤罪えんざいも晴らしてあげられるからな。


 いかんいかん、運転手が犯人のように扱われていると聞いて、昔の自分に重ねちまった。


「その顔を見れば分かりますが、私がそう言ってもタケ様は助けるんでしょ?」


 上目遣いにバツの悪そうな面持ちを浮かべてサラフィナが言う。


 俺の答えなんて最初から決まっているからな。

 だからサラフィナの瞳をジッと見つめて、俺は返事をかえす。


「あぁ、同郷の人間が生きているなら助ける。この世界の人族全てを敵に回したとしても」

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