第58話、まさかこれは――。

 今日は久しぶりの生配信の日だ。

 侯爵家に滞在してすでに一週間が経過し、侯爵ともアロマとも良い関係を築けている。

 第四王子を離縁する事に成功した事で、俺の株価はうなぎのぼり。

 あれだけ好き勝手に王城でかましたにしては、破格の扱いを受けていた。

 まぁ、お家がダメ王子のせいで乗っ取られようとしていた所を救った英雄だからな。

 世界を救う勇者と比べられればちっぽけだが、俺はこれで満足だ。

 アロマもいつあの豚の寝室に呼ばれるのかと、ヒヤヒヤしていた所、結局、肉体を交わす事なく縁を切れた事で少し影のあった表情が一転、毎日が晴れやかな快晴具合だっていうのだから、余程、第四王子は嫌われていたのだろう。


 ついでの話として、第四王子が囲っていた娼婦とメイドに関してだが、王家の責任でそれぞれが不自由しない生活を送れるように再就職の斡旋を行ったようだ。


 ただし、第四王子の子は王家の子とは認めなかった。


 ここで認めてしまっては後で、王族同士の争いに発展しないとも限らない。


 当然の配慮だな。


 散々手を付けた女の中に、お気に入りはいなかったのかと不思議に思ったが、国王が第四王子に尋ねた所「勝手に子供を作った女なんかいらない」とかほざいたとか。

 お前の子だろう、と突っ込みたくもなるが、阿呆に何を言っても無駄だ。

 身籠もった女性にはお気の毒とも思うが、同情はできても、俺がしてやれる事はない。

 アリシアと兄貴の子なら俺が面倒を見てもいいとは思っていたが、アリシアが侯爵家の3女と知って、そんな自惚れはかえってお節介だと気づかされた。


 侯爵とアロマに聞いた所、アリシアは今後、旦那と死別した女性が集まる会に入会する事が決まっているらしい。これは教会が組織している団体で、孤児院の運営を慈善事業として行っている。


 これからアリシアが産む子は貴族とは扱われない。

 アリシアの子はそこで孤児たちと一緒に遊ぶ事になる。


 侯爵家に住む事は認められたが、アリシアの貴族籍はもう戻らないのだとか。

 第一王子の面目をつぶし、駆け落ちまでした子女が簡単に許されたら他の貴族に示しがつかないからだ。これに関しては現代日本に生まれた俺からは口を挟めない。

 この世界というか、貴族社会の掟みたいなものを俺がどうこうできる訳ではないのだから。


 とりあえず、アリシアの面倒は侯爵家でみるらしいし、問題は無いと考える。

 あの侯爵の言葉からは、万一、アロマが今後結婚して子供を授かる事がなかった場合の跡取りとして考えている節が感じられた。

 自分の血が繋がっている孫には違いはないからな。

 その時は多少揉めるだろうけど、やはり高貴な血が最後には物を言う。

 アリシアとは同じ屋敷で過ごしていても、顔を合わせる事はまずない。

 アリシアが部屋からあまり動かないからだが、今は兄貴との大切な子を無事出産できるように安静にしているらしい。

 アロマとは良く話しをするので、そんな情報もよく耳にする。

 アリシアが前向きであれば、もう俺が心配する必要はない。


 これで第四王子さえ問題を起こさなければ、すぐにでも王都を後にしても構わないとすら最近は考えている。

 王都を立つ前に、王が年に一度の奴隷市とやらが開かれると言っていたので、興味本位で見ていこうとは思っているが、決してやましい考えからではない。


 その話をするとアロマとサラフィナの視線が痛いからな。


 その前に本業の動画配信を王都から生中継しちゃおう! っていうのが今日の趣旨な訳だ。

 明後日に開かれる奴隷市は新しく交換したコンパクトデジタルカメラで動画を撮影しようと考えている。カメラである以上は、連続動画撮影時間が29分程度と短めであるが、ビデオカメラと比べて画質性能が優れているのがいい!


 確か外国に輸出する際に、長時間録画できるビデオカメラだと関税が高いから、カメラは関税を安くするために29分程度にしていると以前カメラ屋さんに聞いた。

 WooToberを始める時にカメラで撮影するか、ノートパソコンに内蔵のカメラでするのか悩んだ事があったから知っていると言うわけだ。

 生配信だとどうしても時間が長くなるからカメラ向きではないが……。

 あとで編集をするのならば、カメラの方がいいと言うわけだ。


 うんちくを述べたが、そんなわけで俺は今、ノートパソコンを首からかけて王都を探索している。

 日本にいるときは肖像権の侵害だ、何だと厳しいから普通は自分の顔しか映せない。

 だが、だがだ!

 ここは異世界、そんな概念はない。


 気にするのはサラフィナ位のものだ。


 俺は堂々とレンズを道行く人、物、建築物に向ける。

 街行く人は、俺を見て不思議そうな面持ちを浮かべているが、そんなものは慣れっこだ。日本で散々、不審者を見る目つきで見られてきたからな。


「イエェーイ! 久しぶりの生配信、ドキドキするねっ、ワクワクするだろ? なんせここは皆が待ち望んだ――異世界の王都だ! めん玉ひんむいてよぉく見ろ!」



 現在のリスナー数:30万超え。


 久しぶりに行う、外での生配信に、リスナーの期待が数字に表れる。

 以前、外で配信したのは狂蛇の剣を壊滅させた時だ。

 あの時から比べると、俺も随分と余裕が出てきた。

 人を殺した事で、クソ度胸がついたと言ったら、ブーイングを食らいそうだが、実際にあの一件以降、俺は物怖じしなくなった。


 リスナーたちからは――。


ゲスト:すげーこの映像を待ってたよ!


ゲスト:タケちゃん、よくやった! この現代には感じられない雰囲気がなんともいい!


ゲスト:タケちゃん、お姉ちゃんはこういうのが見たかったのよ。ありがとう!


ゲスト:俺、タケちゃんの生配信は初めてだけどマジすげーな。それなんていう街?


ゲスト:上の人、街じゃなくて王都だって言ったじゃん。ザイアーク国の王都だよ


ゲスト:道が石畳って――それに馬車も雰囲気でているなぁ


ゲスト:おっ、いい女発見!


ゲスト:でも獣人とか居ないね(泣き)


ゲスト:前に聞いた話では、人族は獣人とか他の民族と関わりを切っているんでしょ。なら仕方ないよ……。


ゲスト:この情景をタカトさんにも見せたかったのに、最近、全く来なくなったね


ゲスト:10万をポンと出せる金持ちだぜ? そこまで暇じゃないんだって


ゲスト:おっ、あそこに立っているの騎士かな? 鎧とかマジかっけぇ!


ゲスト:これで後は魔法を生で見られればいうことなし


ゲスト:上の人は狂蛇の剣との時は居なかったんだな。あれはヤバかった。鳥肌立ったからな


ゲスト:そんな凄かったの?


ゲスト:タケちゃんの魔法の強さが嫌って程、知る事ができた貴重な動画だな


「おいおい、あん時の話は蒸し返さないでくれよ……さすがにやり過ぎたって実感はあるんだからさ。あの件があったから今があるとも言えるけどな」


ゲスト:タケちゃんが大人になってる!


ゲスト:お姉さんちょっと寂しいかな、タケちゃんは馬鹿やってて丁度いいのよ?


ゲスト:それは言えるな。くそ真面目な配信者なんてつまんねぇだけだし


ゲスト:タケちゃんの初期の動画見たけど、あれつまらなかったな


 なぜか王都からの生配信で過去動画を酷評され、額に汗をかいていると、急に正門の方が騒がしくなった。


 何か面白いネタでも配信できるんじゃ?


 そう思った俺も大勢の野次馬の中に入り込んだ。

 正門から王城へ向け運ばれていく大きな物体。

 10人の大人が回りを取り囲み、前からはロープで引っ張る者、後ろからは押す者の総勢10名で押している。

 外側は錆が酷く、塗装も酷く色あせて見える。人混みで中を覗くことはできないが、その物体には――。

 三軒茶屋タクシーと名前が入ったあんどんが天井に付いていた。

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