WooTober異世界に立つ、番外編⑤もしも序盤からヒロインが登場していたら
投げ銭を終わらせたマスコミは、さっそく今回の件についての質問を浴びせてくるが、日が沈んだ事を理由に独占インタビューは延期にしてもらった。
そもそも生配信でしかコンタクトが取れない状況で、独占もクソもないのだが……。
それよりもこの場を立ち去る方が先だ。
森からは離れたと言っても、ここで野宿する愚は犯したくない。
ここはゴブリンの縄張りの圏内なのだから。
隣を見れば、やけに余裕綽々の西脇巡査と目が合う。
「何よ? これだけのポイントが入ったのなら何でも好きな物と交換できるんでしょ? 寝袋と食料さえあれば何とかなるわよ!」
さっきまでパニクってた癖に、女って逞しい――そして切り替えはえぇぇぇー!
そんな感想を抱いていると、公式ページのベルマークが点滅を始めた。
すかさずそれをクリックする。すると――。
『長田 武郎様
多額の投げ銭があった事で交換出来る品目に変動がございます。以前の景品とは交換できなくなりましたのでご了承下さいますよう謹んでお願い申し上げます。
交換できる景品
100p:たばこ(お好きな銘柄)
100p:おにぎり(梅、ツナからどれか1つ)
100p:お飲み物(自販機で良くあるものいずれか)
100p:洗顔セット(洗顔とひげ剃り用カミソリがセットになったおすすめ品)
300p:LED懐中電灯
…………………………………………………………………………………………………………
500p:果物ナイフ(量販店で販売されている普通のナイフ)
………………………………………………………………………………………………………
1000p:寝袋(山損のタイムセール品)
3000p:マイクロSDカード 32GB
…………………………………………………………………………………………………………
5000p:ニューナンブM60用弾薬(.38スペシャル500発入り)
5000p:ガソリン40L
5000p:スパイカメラ(ハイビジョンの動画が気づかれずに撮影できます)
…………………………………………………………………………………………………………
30000p:旅のお供にコンパクトデジカメ (36GB SDカード付き)
50000p:アクションカメラ(4K動画対応の最新式 64GB SDカード内蔵)
100000p:下級魔法(属性と種類はランダム)
1000000p:中級魔法(属性と種類はランダム)
2000000p:新車 五十鈴 イムニー660CC 4WD
10000000p:上級魔法(属性と種類はランダム)
10000000p:キャンピングカー(キッチン、シャワー、トイレ、ベッド付き)
100000000p:ワールド級魔法(属性と種類はランダム)
1000000000p:神級魔法(属性と種類はランダム)
10000000000p:エリクサー(死んだ人でも生き返る薬-死後8時間以内-)
他にも景品があるが多すぎる為割愛。※注1
※注意事項①……1人のリスナーからの投げ銭の上限は100000pとします。※注2
②……魔物を倒してもポイントは入りますが、トドメを刺した場合のみ。
③……広告収入は1再生1pとなります。
注1……物語の進行状況によって変動
注2……1IDで行える金額で、複数のアカウントを取得している場合はその限りでは無い。
こいつは心強い。
現状を打破するのにもってこいのアイテムが記載されてあるじゃないか!
キャンピングカーだ、キャンピングカー!
これさえあれば、どんな場所でも寝泊まり完備。
車内でトイレも、シャワーも使えるのはいい。
俺は禄に交換ポイントを見ずにボタンを押すが当然、何も反応はなかった。
「うわぁ~また、この異世界に不釣り合いな物が記載されてるわね」
西脇巡査が画面を覗き込み突っ込みをいれてくる。
ちょっと顔近いから!
こんな近くに異性の顔があるのは何十年ぶりだろう……。
少なくとも思春期を迎えた頃にはもうなかった事だ。
少し赤面しながら俺は、素っ気ない態度で返事を返す。
「あ、うん、そうだね。俺としてはキャンピングカーを選びたかったんだけどさ、さすがに1000万ポイントは高ぇだろ!」
「でもここにイムニーがあるじゃない? 移動手段が入手できるだけで十分よ。それに車と交換して、まだ魔法も覚えられるんでしょ? 魔法があればだけど――」
おっと、そうだ!
異世界に来たらまずは魔法だよな。
異世界物のライトノベルでは成長チート、高火力魔法、知識チートがお馴染みだし。
俺も、ライトノベルの主人公になるぜ、なれるぜ! やったるぜぇ!
となれば早速、中級魔法ってやつからポチッと。
「うわっ、何っ、今、なにやったの? 体がオレンジ色に光ったわよ?」
俺が100万ポイントと交換で中級魔法を選ぶと、一瞬、体がオレンジ色に光り俺の視界には――
これどうやって使うんだ?
魔法を覚えたのは確かみたいだが……。
そう思っていると、公式ページのベルマークが再び点滅を始めた。
すかさずクリックしてみると――。
『長田 武郎様、魔法取得おめでとうございます。
魔法はパスワードを大きな声で唱えないと発動いたしません。
【パスワード=我、墳墓の女神モラシテーナに願い奉る、かの大地へその力の一部を顕現させたまえ――
では、引き続き異世界配信をお楽しみください』
「えっ、何これ? こんな詠唱を叫ぶだけで本当に魔法が発動するの?」
西脇巡査が画面に表示された運営からのメッセージを読み、驚きの声をあげる。
俺も驚きだ。
だってモラシテーナだぜ?
胡散臭いことこの上ないなんてもんじゃねぇぞ!
でも、ものは試しだ。
俺は遠方に見えるゴブリンの巣穴があった辺りを標的にし、呪文を詠唱してみる。
「我、墳墓の女神モラシテーナに願い奉る、かの大地へその力の一部を顕現させたまえ――
俺が魔法を詠唱し終わると、頭上に一際大きな光の傘が出来上がる。
傘が目映く光り輝くと、次の刹那に光は森の手前へ飛んでいき、大地に浸透していく。
着弾した瞬間に、激しく吹き荒れる熱風が遠く離れた俺たちの場所にまで到達してくる。
「きゃっ!」
「ぬおっ!」
俺はすかさず、ノートパソコンと西脇巡査を守る様に体で覆い被さる。
熱風はしばらく続き、それが収まった時、ゴブリンの巣穴があった場所を見つめると――そこには真っ赤に燃えるマグマの池ができていた。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
俺も西脇巡査もその光景から目が離せない。
それどころか声を漏らす事すらできない。
あの場所はさっきまで草原が広がっていたはず。
だが、今、俺たちの目の前にあるのは、直径600mに渡り真っ赤に燃えたぎる大地。
大地は高温の熱に燃やされ、溶けて水が沸騰するようにグツグツと煮えたぎっている。
いや、確かに大地溶解って書いてあったけどさ、いくらなんでも序盤でこの魔法はチートだろ。これで中級って――。
体を起こした西脇巡査も、目の前に広がる光景に唖然としている。
俺はノートパソコンの画面を見てみると、そこに表示されているポイントが7917300pに変わっていた。
確か、100万ポイント使った残りは7905700pだった筈。ということは、あのマグマの中で絶命したゴブリンが100体以上いたって事か……。
ここまで直線距離にして800mは離れているからまだ熱風で済んだけど、これが500mしか距離を開けずに放っていたらヤバかったかもな。
その証拠に、そのマグマ溜まりを中心に林も森も延焼している。
「ちょっと長田、これどうするの?」
「どうするって言われても……逆にどうすれば鎮火できるのか分からないんだけど?」
「そうよね……」
「でも、違う魔法を覚えれば鎮火できる魔法があるかも?」
「次は自重してねっ、こっちまで被害が来ないようにもっと弱い魔法で……ねっ!」
西脇巡査に言われるまでもない。
火には水をぶっ掛ければいい。
でも、万一、中級魔法で相殺しようとして失敗したら考えるだけで頭痛がする。
俺は、景品交換のページから下級魔法をクリックする。
すると――。
体が青く光り――。
《
くっ、炎はお呼びじゃねぇ!
《
火足す火は? 駄目じゃねぇか!
水だ、水魔法が欲しいんだ!
《
また炎か……。
《
魔法が偏るってありえんのか?
まさか俺の得意属性が炎だなんて事ねぇよな?
ポチッっと。
《
おっ、かすった。かすったけど、何か違う。
直径600mの溶岩を包み込めるとは思えねぇ。
《
おぉ、回復魔法!
これはこの先、有効な魔法だな。
ポチッ。
《
魔物退治には使えそうな魔法だな。
周囲を燃やさず対象を凍らせる事ができるのか……。
ポチッ。
《
清潔な現代日本人には必要な魔法だが……下級魔法って生活魔法も含まれるのか……。
ポチッ。
《
火、水ときて今度は土かよ……。
《
穴堀魔法とか、使い道あんのか?
《
おっと、メジャーな魔法発見!
《
おぉ、これで俺もフライハイ!
ポチッ。
《
姿が消せる魔法か……露天風呂とかしか用途が思いつかん。
隣の西脇巡査を見ると、不可思議な顔された。
覗きの現行犯とかで逮捕される未来しか浮かばない。
ポチッ。
《
結界魔法か……これも勇者目指すなら必要かも知れないが――俺にそんな気はない!
ポチッ。
《
これ火事に油注ぐだけじゃん!
《
異世界だからねぇ、衛生状態は良くないだろうから必要だな。
ポチッ。
《
これも使えそうだな。
主に、盗賊退治とかに――。
ポチッ。
《
やべぇ、隕石落としとか危険すぎる。
ポチッ。
《
おっ、名前は物騒だがようやくキタっぽい。
19回目にしてようやく、延焼を鎮火できそうな魔法を取得することに成功した。
「長田、いったい今、いくらポイント使ったのよ?」
「えっ、19回だから190万?」
さすがに体が青く光る現象が19回も続けば、西脇巡査にも呆気にとられる。
残りポイントは6017300pだ。
さてまずは火に水をぶっ掛ける前に、逃走用の足を用意しないとな。
雨を降らせたはいいが、ここまで水蒸気に押し寄せられたらたまらん。
そんなんで、まずはイムニーをポチッと。
勿論、燃料であるガソリンもだ。
「えっ、マジ? 私、夢見ている訳じゃないわよね?」
突然、目の前に現れた傷1つないイムニーに西脇巡査も驚きを隠せない。
ちょっと、買ったばかりの新車に手でベタベタ触らない!
西脇巡査はあるはずのない場所に現れたイムニーに、興味津々といった様子で触りまくる。
そんな彼女を放っておいて、俺はガソリンを給油口から投入。
ポリタンク2つは何かに使えるかも知れないから狭いトランクスペースに押し込む。
俺はさっそく運転席に乗り込みイグニッションキーを回す。
キュルっと軽快にセルモーターが周り、内燃機関にガソリンが噴き出され点火プラグによって爆発。ブオーン、と軽いエンジン音と共に正常にエンジンがかかった。
「さぁ、西脇さんも早く乗って下さい。次の魔法でどうなるか分からないから、逃げる準備をしますよ」
異世界なのに自動車って……とかなんとか言っているが、この場所から早く離れた方がいい。
ここが異世界なのは間違いないとして、これだけの災害だ。
この国の兵隊とか、最悪は森の主なんて存在がいるとして、激怒して押し寄せるかもしれない。そんな事態に陥ったら面倒だ。
既にノートパソコンと荷物は後部座席に積み込んだ。
後は、鎮火させる魔法を発動させるだけ。
「ねぇ、本当にやるの? 大丈夫?」
隣では心配そうな面持ちを浮かべて、西脇巡査が言ってくる。
俺は、そんな彼女に首を傾げながら――。
「多分、大丈夫ですよ。それよりちゃんとシートベルトは締めて下さいねッ」
「分かってるわよ! 長田、あんた私を誰だと思ってるわけ?」
「はいはい。天下のお巡りさんでしたね。そろそろ行きますよ――我、慈愛の女神オチョクリーナに願う、かの大地へその力の一部を顕現させたまえ――
運転席の上空に青く輝く霧が吹き上がる。
それは大きな円を描くと、マグマ溜まりの上空へと飛んでいく。
良く晴れた空に突然、雨雲が集まりだし、局地的な激しい豪雨となって降り注ぐ。
離れた場所に停車しているイムニーの車体にもそれは降り注ぎ、車内は大粒の雨の一斉掃射によって、バツバツバツ、と激しい音が響いてきた。
「ちょっと――」
隣では西脇巡査が何かを喋っているが、全く聞き取れない。
俺はフロントワイパーを激しく動かしながらゆっくりその場を後にする。
さすがに道もない林の中、しかも視界を遮る激しい雨の中で速度はだせない。
トロトロといった表現しか思いつかない程の速度でイムニーを動かすこと十数分。
あれ程激しく打ち付けていた雨粒が、突然止む。
背後では、いまだに先を見通せないほどの豪雨の真っ最中だが、どうやら魔法の効果範囲からは抜け出せたようだ。
マグマの池が直径600mだとしても、この豪雨の範囲は直径1kmを優に超える。
延焼していた森と林がどうなっているのか、確認のしようもないが、戻って見てみようとも思わない。水たまりにハマってイムニーが壊れたらもったいないからねッ。
「にしても凄い雨だったわね。あれも長田がやったんでしょ?」
西脇巡査がサイドミラーから背後を見ながらそんな事を言ってくる。
「あぁ、それにしても魔法のある世界。ぱねぇな!」
「私も使えるようになるのかしら?」
「さぁ、魔法があるって事はちゃんと覚えれば使えるようになるんじゃねぇ?」
無責任な言葉かも知れないが、俺は薄々気づいていた。
俺が魔法を覚えた瞬間、視界に青い文字で魔法名が浮かんでいた。
魔法名を認識した段階で、魔法を体が受け入れ、覚えた魔法の種類によって体は受け入れ準備ができて光る。その後の詠唱で発動すると言うことなら、魔法名を視認できて詠唱を唱えれば誰でも魔法は使えるのでは?
そんな予測を俺は脳内で立てていた。
だから、西脇巡査も使えるはずだ。
「私、小さい頃の夢は魔女っ子戦隊アカネちゃんになる事だったのよね。現実的じゃないから同じ正義の味方としては一般的な警察になろうって考えたんだけどね」
懐かしそうに瞳を輝かせ、そう話す西脇巡査をこの時、可愛いなと本気でそう思った。
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