第57話颯 麗華
時期は、異世界でタケがキグナスの仇討ちを行った時まで遡る。
東京に本社を置く颯コーポレーションの社長室では、剛人が秘書であり妹の麗華に極秘の依頼を行っていた。
通常、M&Aをメインに企業をばら売りし、利益をあげている会社だが、タケが異世界で活動を始めてからは過去に父親が関わった案件の調査を再び行うようになっていた。
「それでは調査会社の方にはこの数点の企業を調査させますね」
珍しく髪形をオールバックにしていない剛人に、どんな心境の変化があったのかと不思議そうな面持ちを向けながら、確認をとる麗華。
麗華と聞けば、誰もが日本人だと思うだろうが、その外見を視認して日本人だと断言できる人はまずいない。
兄が父親譲りの黒髪に対し、麗華は母親似のフランス人によくいる鮮やかな金髪を腰まで伸ばしている。
フランス人といっても、ケルト人、ラテン人、チュートン人の混血が多くを占めるが他にも少数の民族が集まってできた国なので、麗華の母がどの混血なのかはわからない。
ただ、日本においてここまで鮮やかな金髪は、若者や芸能人がファッションでしている以外では非常に珍しいといえよう。
話はそれたが、麗華は艶やかな金髪を揺らしながら、兄の様子を窺っていた。
タケがネットにアップする動画を見るようになり、兄は変わった気がする。
そんな事を内心で考えていると、剛人が小声で言葉を伝えてくる。
「あぁ、別に急ぐ必要はないが、慎重にと先方には伝えてくれ」
これは3年前に両親が謎の自殺をした犯人捜しの調査だ。
犯人に悟られでもしたら大変な事になると、麗華も兄の忠告に真剣に頷く。
「わかりました。では行って参ります」
「あぁ、気を付けてな」
颯コーポレーションから出た麗華は、当時の資料を手に調査会社との待ち合わせ 場所である、こぢんまりとした喫茶店に向かった。
この場所を指定してきたのは、調査会社の人間だ。
以前になぜこの場所をと麗華が尋ねたところ、その方が雰囲気があるでしょう、と訳の分からないことを言われたのは麗華の中ではちょっとした珍事だった。
幼少のみぎりから、母の祖母の家に行くことが多かった麗華はちょくちょく日本とフランスを往復していた。お婆ちゃん子だった麗華は厳しく躾けられ、目上の者に対しては勿論のこと、他者に対してもおごった振る舞いをする子ではなかった。
両親、兄、親戚も、そんな麗華だからこそとても可愛がった。
だが、それはあくまでも肉親や親戚の中だけ。
一歩外に出ると、麗華の美しさに嫉妬した同級生から嫌がらせを受けたりもした。
そんな麗華を見過ごすことができなかった両親が、彼女が高校生の時にフランスへ留学に出すことを決めた。麗華も当然それに従った。
我慢強い麗華からしてみれば、同級生の辛辣な言葉も、靴をゴミ箱に投げ入れられていた事件も些細な事に過ぎなかった。
お婆ちゃんから聞かされた、戦争の時の話に比べれば――。
人間は辛い思いをして成長する。
いつからか麗華の座右の銘となった言葉である。
若いときの苦労は買ってでもしろとは聞いたことがある人も多いだろう。
若くして苦労することで、その先の長い人生でへこたれない強い人間になれる。
逆に、苦労をせず楽な生き方ばかりをしていると、躓いた時に簡単に転ぶ。
そういう意味では、麗華の環境はお嬢様という甘やかされた環境と、同級生からのイジメに遭うといった二面性の生活だったと言える。
そんな麗華の環境ががらりと変わったのが、17歳の時、今からちょうど3年前。フランスに留学中の麗華の元に急報が入る。
麗華が大好きだった両親が、熱海の別荘で焼死体で発見されたのだ。
当時の捜査関係者の話では、ガソリンによる焼身自殺であると聞かされたが、兄妹はそんな話を真っ向から否定した。不景気の時代にあっても経営は順調で銀行からの借り入れは当然あったが、それのやり繰りはきちんとできていた。
どこにも自殺する要因などなかったが、警察は自殺として処理した。
剛人と一緒に何度も警察に足を運んだが、取りあってはもらえなかった。
その時から麗華の歯車は、ギシギシと音を立てて軋みはじめる。
フランスのインターナショナルスクールを卒業した麗華はすぐに日本に戻り、父の後を継いだ剛人の手伝いをはじめ、秘書という名目で兄の体調管理を行った。
心身ともに疲弊していた兄の力になりたかったというのが、一番の理由だった。
麗華の過去ばなをだらだらと話してしまったが、調査員から重要な人物の名前を聞いた麗華はすぐに足を颯コーポレーションのある新宿へと向けた。
隠密の調査ということで、社内の人間はおろか、普段使用しているハイヤーを使わなかったのだが、それがあだとなる。
喫茶店の前を偶然通りかかったタクシーを止めて、乗り込んだまでは良かったが、そこから麗華の足取りがぷつりと切れた。
タケが王都に到着した時には、剛人の元に麗華の姿はなかった。
颯コーポレーションに麗華の姿が戻ることは以降ない。
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