第56話タケ、懐柔計画
ザイアーク王城の執務室では、一目で高価とわかる革張りで座り心地のいい椅子に深く腰掛けながら、金髪にラウンド髭を生やした面長な中年男性がまだ20代と思しき青年と密かに会話をしていた。
「お前から見たあの者の所感をききたい。あの謁見の間を影から見ていたお前なら、何か気づけた事もあったのではないか?」
若い青年は目の前に座るザイアーク国王の顔色を窺うような目線で、熟考の後に口を開いた。
「実際に間近でご覧になった父上と僕の感想はそう変わるものではありませんよ。あれは本当に人ですか? 僕にはあれが別の種族に思えて仕方がありませんでしたよ」
口惜しそうに頬をピクピク震わせながら、ザイアーク国王は小さく頷きます。
「うむ、王である余を前にして、あの豪胆な態度、いつ魔法を発動させたのか気づけないほどの力量、いずれもこの国の国民にはいないタイプだな」
ザイアーク国王はそっと瞼を閉じながら、タケによってもたらされた情景を思いだす。
一瞬で無力化された王城最高の近衛兵たち。
この国の最高権力者を前に臆することなく言い放つ度量。
どれをとってもザイアーク国王が体験した事のない出来事だった。
先祖代々、この国の王になるべくして生を得たザイアーク5世ではあったが、恭しく頭を垂れる者とは数知れず謁見してきたが、あの様な王を見下した態度で接見した者はいない。
ただの無礼者であれば即首をはねればいい。
だが、あの者が持つ魔法の知識、力量がそれを許さない。
あのまま兵を招集し
大きな存在を前にして、何も感じ取れないのは普通。
その存在が放つ威圧を感じる事ができて一流。
それらの自身を害する恐れがある存在から、身を守れるように立ち回れる者が王となれる。
そういう意味では、ここにいる二人は王になるべくしてなった存在であるといえる。
玉座に腰を下ろし20年の王と、その後継者である第一王子のハドロ・ザイ アークは深いため息の後、タケの対応を話し合う。
「それで父上は彼を賓客扱いにされた訳ですね」
タケを賓客として迎え入れる事に異論を挟む事はしない。一部の貴族連中からは即刻処罰するべきです。と進言してくる者もいるが、それは噂でしかタケを知らない一部の者だ。
実際にあの場に居合わせた宰相ですら、今回王が下した裁可に異議は唱えなかった。
王家ご自慢の近衛兵が、目の前で蛙のように床に張り付いたのだ。
それも、一番警護の硬い謁見の間で行われたということは、この国の中、やる気になればいつでもその力を行使できるというアピールであると皆、結論づけた。
実際にタケがそこまで考えていたわけではなかったが……。
「うむ、あの者どれ程の力を隠し持っているか――余ですら判断できなんだ」
「底の見えない相手に対しては、最良の対応だったかと……ただ1つ問題が――」
第一王子は困った様な面持ちで次の言葉を口にしようとしますが、王から「分かっておる」と遮られる。
「カサノーバの事だろう? アイツめ侯爵家に婿入りしたまでは良かったものを、婿入り先で好き放題やりおって……離縁された事をまだグチグチ言っておるわい」
国王は苦虫をつぶした面持ちで吐き捨てる様に言う。
それを聞いたハドロ第一王子も同様に苦笑いを浮かべてカサノーバの近況を話します。
「カサノーバは城に戻ってくるなり、新しく城勤めに入ったメイドにちょっかいを出しているようで――」
懲りずにもう他の女にちょっかいを出している第四王子の話に、二人は無言のまま目線を下にそらした。
国王からすれば、どうしてこんな出来損ないが生まれてきたのかと。
兄であるハドロからすれば、半分しか血は繋がっていないが、どうして兄弟でこれほど違うのかといった心境なのだろう。
何はともあれアロマを今すぐにどうこうするなんて暴挙は避けられそうだと、二人は胸を撫で下ろす。
そして本題に入る。
「賓客として扱うと決めたあの者だが、まだ独身らしい」
先程までと打って変わり、知略に長けた顔つきになるとタケを懐柔するための糸口をハドロに打ち明ける。
「まだって――僕が結婚したのは24の時ですよ。今時、平民の婚期より遅かったのなんて僕くらいでしょうに、誰かお相手を紹介でもするんですか?」
成人してからは文武両道を唱える国王の教えで、国境付近の部隊に配属されていて婚期を遅らせたハドロが苦言を呈するが、それを国王は鼻で笑う。
「ふん、自分一人で女も見つけられんとは、そんな事だから侯爵家の三女に逃げられたのだ」
ハドロの忠告をやんわりとかわし、逆にやり込める国王。
「もういいじゃないですか! 今はフリーシアがいるんですから。それでその独身の彼に誰を紹介するのです? 謁見の間での出来事をうけ、国王が他国の魔法師に折れたと根も葉もない噂をする貴族も多いと聞きますが……」
さすが王位継承権第一位のハドロも負けてはおらず、言い返す。
これには国王も不機嫌な面持ちを浮かべ――。
「いいたい者には言わせておけばいいのだ。あの者を敵に回す事の愚を思い知る時がヤツらにもくるであろうよ。それでだ、問題はその子女なのだが……」
「悪い噂が先行して見つからないというわけですね」
「うむ、謁見の間での出来事と、庭園での一幕を見ておった者から情報が漏れてな――あの者へ紹介できる貴族の子女がおらなんだ」
国王といえども、他の貴族の子女の婚活事情にまでは詳しくない。
第一王子の事を言えないのである。
困り果てた国王はハドロに相談するが、相手が悪い。
アリシアに逃げられ、たまたま外交でファシア王国へ赴いた事がきっかけで、政略結婚に漕ぎつけられたのだから。
「こうなったら、カサノーバと離縁した侯爵家のアロマか、他にあてがなければ
最悪は奴隷という手も――そもそもあの者の身なりから判断すれば決して裕福な元に育った者ではないかと、ならば奴隷が手っ取り早いかもしれません」
国王はハドロの助言に頷くと、執務室に備え付けてあるベルを鳴らした。
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