第55話タケ、懐柔される
嫌がるカサノーバをお召し替えと称し追い立てた後、談話は終始和やかなムードで進む。
俺にしてみれば、カサノーバへの暴行と不敬罪を問われる事を心配したが、全くそのような事はなく、むしろカサノーバの日頃の行いに対し謝罪までされる始末だった。
国王からしてみれば、第一王子の件で侯爵には御気の毒様といった気持ちがあったからこそ、王でありながら一歩引いた態度で後半を過ごしたといった所だろう。
それともう1つ。
自惚れかもしれないが、謁見の間での出来事と、先程のカサノーバへの攻撃で、少なからず俺を危険人物と認識させた事が一番の要因と感じられる。
下級重力操作魔法の存在を、列席していた人たちは知らなかったみたいだしね。
サラフィナたちエルフと比べて、人族の世界では魔法の継承がうまく行われなかった影響だとしたら、近年になって子供が生まれてからすぐに教会で魔力の有無を調べるようになったのも頷けるというもの。
侯爵家の三女であるアリシアが、キグナスの兄貴に俺が切られた時、初めて下級回復魔法を見たような感じだったんで少し変に思ってはいたんだけどね。
普通の国家魔法師はここまで威力のある回復魔法は使えない。
切り傷にしても一瞬で傷跡すら残さず治療するなんてマネができるのは、この国の治療師の中には一人もいないらしい。
王から、この国の魔法師を育成するのに力を貸してくれと頼まれたが、さすがにそれはお断りした。ただ魔力総量が多いだけの俺に教師?
無理、むり、むりっしょ。
車だって燃料消費の激しい車の方が実際に速度は出る。
個人の持つ魔力総量が大きければ、使用する魔法名は同じでも天と地の差が出る。生徒に迷い人だから魔力は膨大なのです。なんて説明できる訳がない。
逆に怪しまれて追及される未来しか見えてこない。
この世界での後ろ盾は欲しいが、サラフィナの話してくれた過去の勇者の話は決してハッピーエンドではなかったからだ。
いいように使われるだけの人生なんてまっぴらゴメンな訳ですよ。
俺としては――。
でも国王との話で面白そうな話もあった。
いい歳して所帯を持っていない俺に、貴族の娘を紹介するとかなんとか……。
隣で聞いていたアロマが苦笑いを浮かべていたのだが、まさかカサノーバの代わりに俺がなんて事はないと思いたい。
そもそもアロマは24歳でさっきバツイチになったばかりだ。
えっ?
年上に対して忌避感なんてないですよ。
むしろ大好物です!
2歳差なんて最高じゃないですか。
昔から良く言うでしょ?
姉さん女房は金のわらじを履いてでも探せって。でもね、今の状態のアリシアとこれからも顔を合わせるのにはちょっと抵抗があるわけです。
それが解決すれば考えてもいいかなぁ。
すみません。調子乗りすぎました。
アロマを嫁にするということは、侯爵家の婿になるということで……それはつまりザイアーク国王の手のひらの上で踊っている感じがして嫌な訳です。
アロマ自身には問題はないんですけどね。
付き合いが浅いからよく知りませんが……。
そんな訳で国王の誘いを泣く泣く断り、現在は侯爵家に戻ってきました。
滞在の期間中、与えられている部屋に入るとサラフィナが不安そうな面持ちで言います。
「それでタケ様はこれからどうされるんです?」
今回の事はサラフィナにとっても想定外の出来事だったらしく、侯爵の治療を済ませたらすぐにお暇するはずが、なぜか第四王子に
これが全て計算尽くであったのならきっと俺は作家になれる。
そんな学があるわけもなく、不可能に近いのだが……。
「んーサラエルドの街を出るときは、こんな事態におちいる事を避けて逃げ出した筈なんだけどねぇ……」
アリシアに対しての負い目からこの流れになったとは、さすがに言いにくい。
でも侯爵は元の元気な体に戻ったし、もうこの王都には用がない。
きっとアリシアも嫌だろうしな。
「まさか――この国の王の誘いに乗ったりはしませんよね?」
サラフィナは昔、人族に都合良く使われた勇者に同情しているからな。
俺が同じ道をたどるんじゃないかって心配なんだろうけど、俺はその勇者じゃない。
人のために進んで怖い思いをしたいとは思わない。
そりゃ兄貴の仇討ちはしたけど、それは俺がキレた状態だったからだ。
キレやすい世代ってなんかのテレビ番組やってたけど、まさにその年代が俺だ。
普段は普通の子だが、とにかくキレたら手が付けられないらしい。
らしいというのは、そもそも俺自身にキレた自覚がないからだが、自覚があると言うことは思考する余裕があるという事で、それはキレている事にはならない。
城での出来事はそう言う意味で、俺はキレていなかった。
ある程度、自分の力を自覚して行為に及んだのだから。
だが、狂蛇の剣の時は少し違った。
自制が利かなくなり、最初は実行犯だけを殺すつもりがギルドメンバーほぼ全員を殺害したのだ。その最中に手を抜こうだとかは考えられなかった。
今ならやり過ぎたとも思えるが、あの時は冷静にみえていても実際はそうじゃなかった。
結果的に見れば圧倒の一言だったが……。
殺人を犯した犯罪者が、その行為の高揚感に酔っている状態、所謂テンションがハイになっていたんだと思う。
異世界転移ものでは日本人が異世界へ行くと、人を殺せないとは良くある展開だが、それはそこまで追い詰められていないからだ。人は精神的に追い詰められると考えも付かない事をする。今までの自分の殻をかち割って――。
異世界転移もので例えるなら、俺はヒーローではない。
ヒーローになり損ねた落ちこぼれって所だ。
話はそれたが、俺はしばらくこの王都に滞在する事にした。
別に国王から女を紹介すると言われたからじゃないよ?
彼女いない歴イコール年齢の俺だってそこまでギラギラはしてない。
少しは興味はあるが、第四王子こと豚が約束を破りアロマにちょっかいを出さないかしばらく様子を見るため。と言うことにしておいてくれ。
だから俺の返事は決まっている。
「王の誘いには乗らないけど、しばらくは王都に滞在しようとは思っているよ。まだ手持ちのお金も残っている事だしね」
田舎くさいサラエルドと比べたら、さすがは王都。
ここで動画を撮影したら――またまた人気急上昇間違いなしだからな。
ちなみに今のチャンネル登録者数は200万人を突破している。
過去に日本で撮影した動画もネタで視聴されたのか、そのどれもが20万再生を突破していた。
異世界配信する前の1本当たりの再生数が10回とかだった事を考えれば、奇跡が起きた。それも宝くじに当たった位の、としか思えない。
これで来月のポイントも期待できそうだ。
どんどん貯まる一方のポイント。
今の俺は、昭和の高度経済成長から始まったバブル期よりもぶっ飛んでいる。
バブルは弾けるけど、俺のバブルは弾けない。
なぜかって?
異世界から配信しているのが俺だけだからだ。
おっと、俺が考え事をしている間に、ため息を吐き出してサラフィナが自室に戻っていった。あの様子じゃ、納得はできないが、好きにしろって事かな。
帰り際に「どうして男ってこうなのかしら」と小声で呟いてたけど、俺の耳は地獄耳だから。坂の上の林檎亭で深夜に聞き耳スキルを磨いたからね!
面倒ごとが起きなければいいけど、明日は王都を歩きながら生配信なんていうのもいいかもな。
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