第54話タケ、尋問される②

 再び床にへばりつくカサノーバ。

 その様子を唖然とした表情で見つめる魔法師とメイド。

 さすがに王は慣れたのか、憮然とした面持ちでその光景を見つめている。


「これで俺の濡れ衣は晴れたと思うけど?」


 王はカサノーバの言葉を信じ行動しただけだ。

 尋問の途中で治療師としての俺の能力を欲し、都合良く利用しようと考えたようだが、そんな事は大した事ではないし、今回の件の責任を王様に取って欲しいとも思っていない。


 成人した大人が起こした問題の責任は、当然、本人に取らせるべきだ。

 その為にも、どちらに非があるのかを王様の前でハッキリさせる必要がある。

 俺は自らの潔白が証明された事を、王に再確認する。


「あ、あぁ。他国からの客人に罪を擦り付けたのはカサノーバの方と認めよう」


 さすがに王族が無実の者を陥れようとしたなんて不祥事を、あっさり認めるとは思えなかったが、次に出てきた言葉で裏の意図が透けて見える。


「謝罪を含め、そなたとはゆっくり話がしたい。場を変えて話そうではないか」


 さっきまでの事をふまえた上で、あっさり王の誘いに乗るのは危険すぎる。

 別室に入った途端に魔法が発動しない。なんて事がないとも言えないからな。


「それは遠慮しておくよ。魔法が使えなくなる魔方陣が書かれてある部屋にご案内なんて事がないとも言えないだろう?」


 俺がそう言うと、王は驚いたとでもいうような表情を浮かべ返事を返す。


「王を前にして、あのようなふざけた真似をしでかすお主が、そんな小さな事を気にするとは……くっくっく。あいわかった。ではお主の望む場所で話をしようではないか」


 俺は別に豪胆な性格な訳じゃない。ただ臆病だから相手に都合がいい場所ではできるだけ自分を大きく見せているだけだ。

 

 不本意に利用され、搾取されないために。


 魔法という力を得る前の俺は、一言でいうとお調子者で、目上の者に対しては従順だった。

 子分その1、いや、その3くらいが俺の立ち位置だ。

 当時の俺を知る人が見たら、きっと驚くぞ。

 あっ、アリシアは知ってるか。

 キグナスの兄貴とつるんでいた時の俺がそれに近かったからな。


 王との談話の会場は、幽閉された塔から城に来る途中に見かけた、庭園の中にある茶屋にした。そんな場所に魔法を封じる魔方陣が書かれている訳がないからな。


 茶屋は円形を模したテラスのような構造で、一応屋根も付いている。

 座敷などはなく、円形のテーブルに椅子が5脚設置してあり、テーブルから5mほど離れた場所に使用人や侍女たちが待機していた。


 そうして訪れた庭園には、トライエンド侯爵家から当主である侯爵本人とアロマが、王家からは王とカサノーバが列席していた。

 なぜ、王との談話の席に侯爵家の面々がいるのかは、これから俺が話す内容に関係があるからだ。何食わぬ顔をして、侯爵家の侍女を装いサラフィナが控えているのは予想外だが、彼女なりに俺を心配してくれたのだろう。


「タケとやら、こんな場所を指定して何を始めようというのだ?」


 王は談話の会場を庭園に指定された時にも驚いていたが、その場に侯爵家の面々も同席している事に、いぶかしむような面持ちで話しかける。


 さて、役者は揃った。

 カサノーバへの断罪劇をはじめるとしよう。


「先程、謁見の間で王様はおっしゃいました、此度の事はカサノーバに非があると。間違いございませんね?」


 この会談の主旨はカサノーバがしでかした事への謝罪だ。

 第三者の侯爵を挟む事で、言い逃れを許さない。そんな思惑を含んだ言葉に王は不快そうな面持ちを浮かべて「うむ」と頷く。


 よし、下知は取った。


 身内しかいない謁見の間でいくらカサノーバが悪かったと認めても、後で言い逃れしないとも限らない。あの時は魔法で脅されたからとかいくらでも言い訳が可能だからな。


 でも、今この時なら言い逃れはきかない。


 俺は魔法を使っていないし、侯爵は王の家来だがカサノーバを断罪するのに反対するとは考えられない。むしろお家の為に死んで欲しいとすら思っていても不思議ではないのだ。

 アリシアが起こした不祥事を利用し、アロマの婿にまんまと収まったカサノーバを侯爵家から切り離すにはこの場をおいて他はないのだから。

 ここに理由も聞かされず連れてこられた侯爵家の面々は、王の返事を聞くと重苦しい表情から一転、俺の次の言葉を期待するような眼差しを向けてくる。


 侯爵家の呼んだ客人が、カサノーバに暴力を振るった責を問われるのではと戦々恐々としていた侯爵家の二人からしてみれば、千載一遇のチャンスが舞い込んだ形だ。


 この場に、カサノーバの味方は王ただ一人。


「その返事を聞いて安心しました。俺は第四王子の嘘によって丸一日縛られた状態で、塔に幽閉されました。間違いありませんね?」


 俺の追及にまだこの話が続くのかとうんざりした面持ちで首肯する王。

 さてお膳立ては整った。


「聞けば、王様は侯爵家の三女が駆け落ちした責任を負わせる形で侯爵家へ婿に出したんですよね? この豚……あ、第四王子を」


 思わず心の声を漏らしちゃったよ。

 今ので不敬罪とか問われないよな?


 だが、王は苦笑いを浮かべるだけにとどめ返事を返す。


「そうだ。我が王家にも面子があるからな――」


 第一王子の嫁になりたい貴族の子女は大勢いる。

 でも、その地位を捨ててもアリシアはキグナスを選んだ。

 婚約者に捨てられた第一王子。

 第一王子自身には問題はないのだが、世間では第一王子に問題があるのではと勘ぐる輩も少なくはなかった。

 それに対する仕返しの意味もあったのだ。カサノーバを侯爵家の入り婿に推し進めたのは――。と王は当時の内情を吐露する。


 その後で第一王子は隣の国の王女を正妻に迎え入れ、近隣諸国に対して2国の親密度をアピールする形となり国境で長年にらみ合いを続けていた、隣のサラムンド帝国からの侵略が鳴りを潜める。

 そして、幼少時から問題行動の多かったカサノーバを、トライエンド侯爵家に押しつける事ができ国内の地盤固めも確固たるものとできた。


 結果的にみれば、王家の一人勝ち。

 

 アリシアがもたらした厄災は、侯爵家だけに向けられたが王家は損をしなかった。

 侯爵家の面々はそれを知っていたようだが、そこまでの話を初めて聞いた俺は唖然とする。


 じゃ、侯爵家でカサノーバが好き放題やってるのは、完全にカサノーバの独断って事かよ――アロマという綺麗な嫁がいながら、他の女を取り替え引き換えしやがって。


 判決を言い渡す! 死刑だ! 死刑!


 王族が侯爵家を乗っ取るつもりとか腹黒い事考えていたのなら、カサノーバの馬鹿げた行動にも納得はできないが理解はできた。

 カサノーバも命じられてやってるだけという事になるからな。


 だがだ、だが、ばっと! 


 完全に趣味嗜好でアロマを泣かせてるなら情けなんて必要ねぇ。


 だから俺は言い渡す。


「俺は今回の件に謝罪なんていらねぇ。その代わり、第四王子を侯爵家から追い出せ。俺が助けた侯爵がまた心労で倒れられたのでは治療した甲斐がねぇ。それを認めるなら今回の件は不問に付す。それが飲めないって言うなら――豚は死刑だ」


 王は眉間にシワを寄せ考え込む。

 侯爵は――あぁ、なんだか嬉しそうだな。

 アロマは――ちょッ、瞳キラキラさせて露骨に嬉しそうな表情浮かべんなよ。カサノーバが睨んでるぞ!


「何を部外者が勝手な事を――僕はアロマの旦那で侯爵家の跡取りだぞ!」


 俺が出した判決に、カサノーバが異を唱える。

 すかさず俺は、下級風刃魔法ワインドブレードを発動させカサノーバの首をかすめるように飛ばす。

 風の刃は狙い違わず、カサノーバの首の皮一枚を切り裂いた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁー!」


 皮一枚だけで大げさな。

 首に手を当て、薄らと滲む血を手で拭き取るカサノーバに俺は告げる。


「そもそも俺に手を挙げた時点で、殺されても文句は言えなかったんだぜ」


 俺がそう言うと、カサノーバは椅子を濡らし失禁した。

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