第49話ブサコン!
俺は目の前の小太りの男からすぐに視線を外す。
こんな場所で同類のダサい奴に声をかけられたくない。
お仲間だと思われたら迷惑だからな。
俺は異世界に来て変わったのだ。かっこいいヒーローに。
ボサボサのくせっ毛は相変わらずだけどな。
俺がシカトして食卓にある林檎っぽい見た目だが、桃の味のフルーツを囓っていると、無視されたのが余程腹に据えかねたのか、小太りの男は俺の座っている椅子を蹴り始めた。
「お前、僕を無視するなんて良い度胸じゃないか! これでも食らえッ!」
足を振りかぶり威力を付けて一気に椅子を蹴り上げた豚は、椅子に足を打ち付けた瞬間、グキッ、と鈍い音を立て地面に這いつくばる。
あはは、いい気味だ。
――豚が。
俺は豚が足を振りかぶった瞬間に、椅子に対し
いつもはこの手で他者を転がして嫌がらせに成功していたのだろうけど、今の椅子は根が張った巨木の様にずっしりと思い。安定感抜群というやつだ。
足首を捻挫したのか、骨折したのかは分からないが、豚は床を転げ回りながら足を押さえて叫いている。
何が、お前治療師だろ! 早く治療しろ! だ。
勝手に自爆しておいて随分横柄な態度で頼むものだ。
俺は侯爵の治療はするとは言ったが、豚の面倒まで見ろとは依頼されてない。
まぁ、されてもスルーするけどな。
俺が無視し続けていると、豚は近くを通りかかったメイドを呼び止めた。
そのまま顔を真っ赤に染めながら、メイドの肩に掴まると、元来た通路を戻っていった。
おま、今、メイドの肩に掴まりながら、ふくよかな胸を揉んでたぞ!
一体何者だよ。
侯爵家は若くして病死した長女と次女のアロマ、3女のアリシアの三姉妹だって聞いてるけどな。
もしかして――あれか?
侯爵家に住まう害虫こと第四王子。
にしては随分ダサい格好だったな。
今時、金のラインが入ったシャツって――うぷぷッ。
もしかして――空を飛んだり、街が飛んだり、そのまま雲を突き抜けて星になっちゃったりするんだろうか?
一生、暗黒の宇宙空間を彷徨ってろって感じだな。
さてフルーツも食べ終わったしと思っていると、目の前に腰掛けているサラフィナから気まずそうな視線を向けられた。
えっ?
どうしたの?
何か、テーブルマナーで失敗しちゃった?
そう思っていると、
「タケ様、今の方、恐らくアレですよ?」
「アレ?」
「もう、気づいてるんですよね? はぁ、だから王都なんかには来たくなかったんです。どうするんですかぁ、王族にあんな真似して、第四王子が国王に告げ口したら――」
「告げ口したら?」
「王城の牢に入れられますよ。それも一生」
サラフィナがうんざりした面持ちを浮かべてそんな事をのたまう。
いくら国王って言っても、何も悪い事していない俺を罪人にしたてあげるなんてできないでしょうよ。アロマの話では王族だって第四王子を持て余していたって言ってたよ。
侯爵家にお荷物を押しつけられてホッとしているって――。
俺がそう言うと、サラフィナは横に首を振ってその考えを否定する。
「そもそも本当に王家は第四王子を邪魔な存在だと思っているのでしょうか? むしろ、素行の悪さから不人気な振りをさせて侯爵家に潜り込ませ、ゆくゆくは侯爵家を意のままに操るつもりなのでは? でなければ、アロマさんに対するアノ扱いに納得がいかないんですよね」
ただの女好きなのであれば、アイシアと似た美人のアロマを独り寝させる様な真似はしないだろう。俺なら毎晩でも兄貴の様に励んじゃう!
そう考えると、どうでも良い使用人や、女衒から連れてきた女には子を孕ませ、アロマには手を出さないといった一貫した行動が怪しく思えてくる。
第四王子がブサコンでなければの話だが……。
「タケ様、そのブサコンとは何なのでしょう?」
「おっと、心の声がいつの間にか口に出していたか。いいかね、サラフィナくん。ロリコンはロリータコンプレックス。大人が少女に対し惹かれる事を指す。ではブサコンとは! ズバリぶさいくコンプレックスだ。その意味は文字の通り、不細工な女性を好む――」
突然、俺の頭上からバケツ1杯分の水が降ってきた。
「何を――」
俺が恨みがましい視線をサラフィナに向けると、サラフィナは薄笑いを浮かべながら。
「タケ様、女を外見だけで判断するなんて最低ですよ」
底冷えする婆ぁの声音で告げられた。
はい、すみません。反省します。
でもやっぱり付き合うなら美人がいい!
ザバーンと本日2度目の水が降ってきた。
……………………。
「そうですか……私が支度している間にそんな事が……」
サラフィナから水をぶっ掛けられた俺は、侯爵家の優秀な執事さんの勧めで風呂に入り、身ぎれいになった俺は侯爵のバスローブを借りて客間で寛いでいた。
濡れた服はメイドさんが洗ってくれるらしいので、スパイカメラだけ外してランドリーラックに出して置いた。
さすが侯爵家。使用人の教育が行き届いている。
そして、寛いでいる所に現れたのが支度を済ませたアロマだった訳だが――。
食堂での第四王子との出来事を話して会話に戻る。
「向こうが自己紹介した訳じゃないから、別人の可能性もあるけど……」
なんとなくアロマの様子を窺いながら、会話を続ける。
「いいえ、当家に小太りの男性は彼しかおりません。父をはじめ執事たちも皆、細身ですので――」
「そっか。なら悪い事をしたかな? 挨拶もなく突然やってきて「侯爵を回復させるなど余計な事をしやがって」とか言われたものだから。俺も思うところがあってカチンときちゃってさ」
第四王子が俺に言ったとされる言葉を聞いて、アロマは驚愕の視線を向ける。
なるほど、これまでは遊び人を装ってはいても、侯爵の病状を心配する素振りか何かでもしていたんだろうな。それが本心ではなかったと聞かされて、この反応か。
第四王子からすれば、邪魔な侯爵が消えたと思って安心していた矢先に、俺がやってきて回復させた。八つ当たりで、苦情を言いに来たと言った所か。
そう考えると以外と第四王子、直情的で隠し事ができない人物にも思えるが、そう判断するにはまだ早いな。
俺にはどうでもいいことだけど……。
治療も終わったし、後はアリシアと最後に話でもして退散するだけだからな。
第四王子の話題を話していると、客間のドアを控えめにノックする音が聞こえる。ドアの脇に立って俺たちに給仕してくれていた執事が、扉を開く。
するとそこには、やつれてはいるものの、綺麗なドレスに着飾ったアリシアが立っていた。
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