第47話トライエンド侯爵王都邸宅へ到着

 丘の上から王都をめざし、歩く事1時間半。

 予定よりも30分ほど過ぎた所で、ようやく複数ある門の1つに到着する。


「こちらが貴族専用の門ですわ」


 そう行って先頭を歩くアロマの足取りは重く遅い。

 まぁ、貴族のお嬢様が社交界で立食するのとは訳が違うからね。

 なだらかな丘を登り下りしながら街道を1時間半も歩けば、慣れていない者ならば体も重くなる。しかも着用している衣服は馬車で移動していた為にドレスだ。

 会った時にはシワの少なかったドレスは、イムニーの後部座席でプレスされ良い塩梅の折り目が付いていた。そして何より、砂を踏み固めた街道を歩いたことで、裾は所々汚れていてとても侯爵家の令嬢には見られない有様だ。

 そんな格好でしかも馬車にも乗らず徒歩で貴族の入場門へとやってくれば当然――。


「お前たち、どこからやって来た? ここは貴族様専用門だ。平民は向こうの門に回れ!」


 となるわけだが、そこは勝手知ったる侯爵家令嬢のアロマ。


「お待ちください。私はトライエンド侯爵家のアロマと申します。どうぞこちらをご覧ください」


 そう言って、アロマは胸元から銀色に輝くスマホ位の板を取り出し守衛に見せる。

 俺には何が書かれてあるのか見えなかったが、守衛はその板を見ると、先程までの腰が高い態度から一転、丁寧な言葉での対応に変わる。


「これはっ、トライエンド家のお嬢様でいらっしゃいましたか。失礼いたしました。それで、どうして徒歩でこちらに?」


 貴族が徒歩で入場しようとするなんて話は前代未聞。

 さすがに、怪しんでいる様子ではないが、若干同情の色を含んだ面持ちで守衛が尋ねる。

 これに対しての回答は、徒歩でここに向かう途中に決めてある。


「はい、こちらに戻る途中、馬車が故障してしまいまして、急ぎ屋敷に戻らなくてはならない手前、修理を待っている時間も惜しくこうして歩いて戻ったと言うわけですの」


「それはお気の毒に、ではこちらから馬車の修理工を手配いたしましょうか?」


 気を利かせて守衛がそう言ってくれるが、それでは馬車で近くまで来たのではないことがバレてしまう。

 アロマは逡巡して考えた後、やんわりと断りを入れた。


「申し訳ありません。私どもの執事にも修理はできますので……お気遣い感謝いたしますわ」


 さてこれで通れると一息つくが、さすがに部外者である俺たちまで通してくれる気は無いようだ。守衛は俺たちの素性をアロマに尋ねる。


「それで、こちらのお二人は?」


「はい、サラエルドの街からお呼びした治療魔法の名医ですわ。王都の治療師でも回復の兆しが見られない父を診てもらおうと、私が迎えに行きましたの」


 アロマがそう告げると、守衛は明らかに同情した面持ちを浮かべる。


「それは一大事、御父君の容体が良くなるといいですな。よし、その方等も通って良い」


 イムニーをポイントで交換するついでに、交換したスパイカメラで事の一部始終を撮影しながら、俺はこの面倒なやりとりを眺めていた。

 何か問題があればWooTobeに晒せるからねッ。

 晒した所で、盛り上がるのはリスナーだけだが……。


 そんな訳で、貴族専用門を潜り王都の街に入ったのだが、さすがザイアーク国の王都と言うべきか、貴族門から続く路地は高級そうな馬車が列を成しており、早朝から各地へ出発する貴族が出門を待ちわびていた。

 一般の入場門と比べ、貴族門から街の内部へ続く道は、綺麗に磨かれた石畳が敷かれていて格の違いを路地の広さ、敷き詰められた石畳の両面から容赦なく見せつける。

 通常の一般専用門から内部へ続く道は踏み固められた砂地で、商人の荷馬車がさまざまな荷物を積んでゆっくりと進んでいく。横断歩道などは当然なく、たまに道を横切る都民がいるのが印象的だ。

 一方で、貴族専用門から続く石畳の道には、馬車の往来を邪魔するような無粋な都民は一人もいない。街の中だというのに速度を出して進んでいる様そうは、さながら高速道路の様だと何となく感じた。


 俺たちが門の中へ入ると、詰め所の前には馬車が用意されていて、それに乗るように指示される。

 先程の守衛が気を利かせて、詰め所にある馬車を出してくれていたようだ。


 貴族門から貴族の邸宅がある貴族街まではだいぶ距離がある。

 こういった気遣いは正直ありがたいが、これは貴族に対してのものであって、平民にはその恩恵は受けられないのだとか。

 封建制度が色濃く続いている異世界ならではだろう。


 俺たちを乗せた馬車は、石畳の道を駆け抜ける。

 道の両側にはいかにも高級そうな店が所々に点在し、道の両端には買い物に来た貴族の馬車が停車できるスペースが確保されていた。

 もっとも、今の時間は月2の時間。

 まだ店も開いてはおらず、閑散としているが……。

 これらの景色をスパイカメラに収めながら、俺たちを乗せた馬車は緩やかな坂を上り始める。坂の手前にゲートと番所のようなものがあったことから、ここからがどうやら貴族街らしい。貴族街に用がないものや、怪しい人物はこの番所で検められるのだと。


 普通の会社員の家庭に育った俺には馴染めない感覚である。


 そんな訳で、豪華な街並を横目に進むと、正面に丘の上に聳える巨大な城壁を併せ持つ国王陛下が住まう王城が見えてくる。

 俺たちを乗せた馬車はその手前にある大きな鉄柵の塀に囲まれている敷地に入ると、広いお屋敷の前で停車した。

 馬車が到着すると、屋敷の玄関からはフォーマルな装いの初老の執事と、メイド服を着込んだ使用人が現れる。

 初老の執事が馬車に歩み寄り扉を開く。軽く腰を折り「お帰りなさいませ、アロマお嬢様」と喜々とした声をあげた。アロマもそれに軽く頷くと、執事の手をとり馬車から降りた。


 馬車から降りたアロマが俺たちに振り返る。


「やっと着きましたわ。ここが我がトライエンド侯爵家の王都邸宅ですの」


 これまで見た中で一番安心しきった微笑みを浮かべ、アロマがそう言った。

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