第45話侯爵家の事情

「ひゃっほー! さすが天下の五十鈴だぜ。イムニー最高!」


「タケ様、もう少し遅くは走れませんか?」


「何言ってんのサラフィナ、車は時速80km以下で走っちゃ駄目なんだぜ。道は悪いけど一本道、このまま王都まで突っ走るぜぇ!」


 アロマから父親の治療を頼まれた俺は、すぐさまWooTobe公式の景品交換ページから軽自動車と燃料になるガソリンを交換、運転席に俺、助手席にサラフィナ、後部座席にアロマを乗せると王都への道を爆走し始めた。


 迷い人であること、魔法取得の秘密をアリシアから聞かされて知られている以上、アロマに隠す必要を感じなかったからだが、何より、王都までの距離とトライエンド侯爵の病状を聞いて馬車で3日の道程をかけられないと判断した事がおおきい。

 現在、意識が混濁しているらしい侯爵が、倒れる前にろれつが回らなくなったり片足にしびれを訴えたりしていた。と聞かされ脳梗塞の可能性を疑ったからだが、MRI核磁気共鳴画像法のないこの異世界では正確な原因はわからない。

 仮にMRI核磁気共鳴画像法があっても、俺には画像から病名を判断する事はできないのだが……。

 そこは回復魔法の万能性にかけるしか手はないと信じたい。


 突然、現れた自動車に、アロマをはじめ、トライエンド侯爵家の執事と、ガリアンが驚いていたが、侯爵の病状がいつ悪化するかわからないのだ。

 一刻を争うのに、夜間に時速10km程度で走る馬車になんて乗っていられない。本音を言えば、長時間、尻が痛くなるこの時代の馬車に乗りたくない。


 痔になりたいならどうぞってなもんだ。


 俺が出したイムニーは4人乗りだが、運転は当然俺がするとして、助手席に侯爵家の人間を乗せるという選択肢はありえない。


 隣に加齢臭たっぷりの執事は……ないない。

 身長190cm近い大男のガリアンはもっとない。

 そんなの乗せたら後部座席に2名乗せられないし……。

 アロマを乗せるって手もあるが、緊張するから却下だ。却下。

 そんな訳で、助手席にはサラフィナ一択だ。

 後部座席に関しては、運転がし難くなるから座席を前に詰めたくない。

 となれば運転席の後ろは必然的に誰も座れない訳だ。

 残り乗車定員1名となれば、侯爵家の令嬢であるアロマしかない。

 アロマをこっちの車に乗せると言い出した時に、執事もガリアンも難色を示したが、アロマの仲裁もあり、馬車で後をついてくるといった内容で納得させた。


 この時点では誰も、この後の展開を予想できなかっただろう。


 俺以外は――。


 俺、サラフィナ、アロマが車に乗り込み、馬車の御者席にもガリアンと執事が乗り込み、さぁ、出発といった所で、俺以外の全員が呆気に取られることになる。

 ゆっくりと後ろをついてくる気だった馬車の二人は、猛スピードで駆け抜ける車に茫然自失。

 車内のサラフィナとアロマも、あまりの速度に悲鳴をあげた。

 夜道とは言っても、ライトは遠目で100m以上離れた場所を照らし出す。

 道は真っすぐ一直線となれば遅く走る道理はない。

 しかも車は四輪駆動だ。

 あっという間に馬車を置き去りしにたイムニーは、王都までの道のりを爆走しだした。

 で、冒頭へ戻る。


 馬車の速度は昼間でも時速20km程度。

 日中だけ走った計算で3日かかる計算らしいので、一日10時間走っても200kmしか進めない計算だ。王都までの距離が600kmって事は、時速80kmで走破すれば8時間弱で到着できる。

 幸いにもイムニーは新型エンジンを搭載して燃費も向上しているから、王都まで給油なしで到着できるだろう。


 走り出して30分後、バックミラー越しに見える後部座席には、アロマの寝顔が映し出されていた。

 さっきまで絶叫してたのに、慣れって怖いね。

 もう車に順応しちゃったみたいだ。

 そうサラフィナに言ってみた所……。


「タケ様、顔を引きつらせた寝顔なんて私、始めてみましたけど」


「何か嫌な夢でも見てるんだろうね。貴族って人間関係とか難しそうだし――」


「はぁ、もういいですよ。そういう事にしておきましょうか。それより、良いのですか?」


 アロマが眠った事で、話しかけやすくなったサラフィナが声をかけてくる。

 人族を信用していないサラフィナからすれば、余計な情報を漏らす愚を犯さないように、俺が会話している最中もずっと聞くに徹していたからな。


「ん? なにが?」


「この方は、仮にもこの国の侯爵家の人間です。タケ様の力を使って良からぬ策謀を巡らせないとは言い切れません。先程の話にも出ておりましたが、この方が婿養子に選んだのはこの国の第四王子だと言っていたではないですか」


「あぁ、その件な」


 アリシアが第一王子との婚姻を破棄した事で、追い詰められた侯爵家が、ぶっちゃけ使い物にならないお荷物の第四王子をアロマの婿養子に頂く形で当座の難局は凌いだ。だが、それが結局のところ延命措置にしか過ぎなかった事は、あの後アロマから語られた内容から窺える。


 侯爵家へ婿に入った第四王子は、侯爵家の金を使ってやりたい放題。

 新居にと侯爵から用意された本宅に、真っ昼間から取っ替え引っ替え女を連れ込んでの酒池肉林。

 しまいにアロマとの子は成さず、浮気相手の子を大量生産。

 全ての子を認知するという馬鹿さ加減。

 このままでは侯爵家の血筋を残す事適わず、第四王子に乗っ取られる事が確実であった。

 普通の婿が、これだけの事をしでかせば、離縁して追い出す所だが、侯爵家から望んで受け入れた災いの元。

 倒れた侯爵が他界する事にでもなれば、傍若無人の限りを尽くしている第四王子は水を得た魚の様に輪をかけて侯爵家をかき回すのが目に見えていた。

 全てはアリシアがキグナスと駆け落ちした事に端を発している。

 仮に、侯爵の治療が成功したとしても、第四王子を身内に取り込んでしまった以上、トライエンド侯爵家の未来は真っ暗闇である。


「俺も侯爵の治療には手を貸すけど、侯爵家を助けようとか、アホ王子を何とかしようとは思ってないよ。少なくとも、向こうが俺に害をなさない限りはねッ」


 そう言って、俺はニヤリと唇を吊り上げた。

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