第44話トライエンド侯爵家次女アロマ
白銀の髪の女性は、俺が対話に応じると考えたのだろう。
フルプレートの騎士の前に出ると、両手でドレスの裾をつまみ、膝を曲げ右足を左足の後ろへクロスさせる。いわゆる、カテーシーというやつだ。
以前、英国の王族に他国の大統領夫人がしている写真を見たことはあったが、実物は初めてだ。以前に見た写真よりも腰が高いのは、俺への敬意の程度を表しているのか、はたまた、この世界でのカテーシーの作法による物なのかはわからない。
彼女はまずは挨拶代わりのカテーシーを終えると、凜と背筋を伸ばし問いかけに答える。
「私はトライエンド侯爵家次女のアロマと申します。タケ様の事はアリシアから伺いました」
彼女の白銀の髪、青い瞳は1月前に消息を眩ましたアリシアの面影が確かにある。
だが、アリシアも兄貴も貴族の出だとは一切口にしていない。
俺がどうしたものかと逡巡していると、アロマの背後の騎士からその回答が告げられる。
「よう、1月ぶりだな小僧。アリシア様は間違いなくトライエンド侯爵家の3女にしてこちらにおわすアロマ様の妹君で間違いない」
そう言いながら兜を脱いだ男をみてようやく既視感の正体に気づく。
ますます訳がわからない。こいつは兄貴を殺したギルドに所属していた。
それが何故?
「ガリアン――なんでお前がここにいる」
俺は鼓動が激しくなり、声がうわずる。
それもそのはず。ガリアンの所属していた
俺が尋ねると、ガリアンがことの一部始終を話し始める。
「そもそも、俺が狂蛇の剣に入隊したのは3カ月前。アリシア様とキグナスがこの街に住み着くようになってからだ。俺は、駆け落ち同然で姿を消したアリシア様の情報を逐一、姉君であるアロマ様に報告する任務をおっていた――」
ガリアンの口から語られる内容は、信じがたいものだった。
侯爵家の3女として生まれたアリシアは、この国の王子との結婚が約束されていた。しかし、ある時、アリシアは運命の人と出会ってしまう。
男爵家の次男坊に生まれたキグナスは、とある武道大会に出場し、そこで知り合ったアリシアに一目惚れ。
アリシアもまたキグナスの兄貴に心惹かれるようになっていく。
だが、アリシアには幼少の頃に親同士が決めた、王子との婚姻話があったために周囲からは当然、猛反対を食らったそうだ。
その結果、アリシアとキグナスはお互いの身分を捨て去り、駆け落ちし冒険者に身を落とす事になったのだとか。
王家から侯爵家へは迷惑料と称する多額の慰謝料を請求され、一時はお家の存亡すら怪しくなった。
しかしそれは、アロマが当時決まっていた婚約を破断し、侯爵家の婿として、当時から人望が薄く王家でも持て余していた第四王子を婿として迎え入れる事で難を逃れたのだとか。
侯爵家からは勘当されたアリシアだったが、アリシアを心配したアロマは密かに子飼いの騎士たちに、その動向を探らせていた。
その一人が――ガリアン。
ガリアンはギルドラフランの動向を探りながらライバル関係にあった狂蛇の剣へ入隊する。
キグナスの兄貴を殺す計画が持ち上がった時にも、ガリアンは早馬を飛ばしてその対応をアロマに尋ねた。が、結果的にその回答を得られぬ内にキグナスは殺害されてしまう。
「後は、小僧のしっている通りだ。俺は狂蛇の剣での活動を最後にするつもりで護衛の任についた。そしてその帰り道で、小僧と出くわしたと言うわけだ」
俺は身震いが止まらない。
キグナスの兄貴が死ぬ前から、狂蛇の剣の計画をアリシア側の人間が知っていて、放置した事に他ならないのだから。
もし、アロマからの指示が早く届けば、ガリアンがその情報をアリシアに伝えていれば、兄貴は死ななくて済んだのだ。
俺は怒気を含んだ声音を吐く。
「兄貴が殺されることを知っていて放置したあんたらが、今更、俺に何の用だ!」
俺の中にあるマナが体中からあふれ出るのを止められない。
風が吹いている訳でもないのに、強風にあおられたように周囲に吹き付ける。
アロマのドレスがバサバサと威圧に煽られ、全員の髪がたなびく。
「お待ちください。私どもはキグナスを救おうとしたのです。ただこちらから出した早馬が途中で怪我をしてしまい、その結果、あのような望まぬ結果になってしまいましたが……」
申し訳無さそうに告げるアロマを見て、俺は留飲を下げる。
今更怒っても、もう兄貴は帰ってこないし、仇討ちはもう済ませたのだ。
先程までの強風が嘘のように消し飛んだ。
その様子にホッと胸を撫で下ろすと、アロマが続きを話しだす。
「街に潜伏しアリシアの様子を見守っていた侍女が、アリシアを連れ帰ったのがちょうど1月前のこと。最初は勘当した娘が帰宅した事で激怒していた父ですが、愛娘が傷心し、衰弱していく様子に、思う所があったのでしょう。次第に態度を軟化させ始めた矢先に父は気づいてしまったのです。
アリシアのお腹にキグナスの子を宿していることを――。父はまもなく心労から頭痛を訴え寝込んでしまいました。王都の治療院から魔法師を呼んでみてもらいましたが、結果は芳しくはなく、そんな時、この街に優秀な魔法師がいると他の魔法師から聞いたのです」
サラエルドの街のことなら、そこに住んでいたアリシアに聞くのが手っ取り早い。アロマは俺のことをアリシアに尋ねたらしい。
最初、俺の名を告げた時に狼狽えた表情を見せたアリシアだったが、父の病状が深刻になるにつれ、重い口を開き、俺のことを話しだしたそうだ。
俺と同じギルドに所属していたこと。
何も告げずに、俺の前から姿を眩ました自分をきっと恨んでいると言うこと。
俺が回復魔法を使えたこと。
俺が――迷い人と呼ばれる人間であること。
アロマはアリシアを通じて、俺の情報をある程度は知っているらしい。
正直、ペラペラと話されていい気分はしないが、勘当された娘を受け入れてくれる程、子煩悩な父親の一大事ではそれも仕方ないのだろう。
アリシアからすれば、俺は、ほんの数日行動をともにしただけの男に過ぎない。
この世界に降り立ち、全く知り合いがいない俺とは、交情の度合いが違う。
兄貴が死んでからずっと、俺はアリシアに負い目を抱いていた。
俺にできる事ならばなんとかしてあげたい、そんな心持ちが言葉に表れる。
「俺にどうして欲しい?」
俺がアロマの視線をジッと見つめそう伝えると、彼女は凜とした佇まいで、アリシアによく似た微笑みを浮かべながら願い出る。
「父を、病床の父を救ってください」
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