第43話タケ、逃走する。④

 カンカンカンカン!

 暗闇に支配された街に鐘の音が響き渡る。

 左右の衛兵詰め所からは続々と兵士が飛び出してきて、俺たちを目に留めると門をふさぎ、囲い込むように動き出す。背後の街からも鐘の音を聞きつけた巡回中の兵士が駆けてくる音が聞こえる。


「なんで――」


 いくら何でもバレるのが早すぎる。

 俺は兵士たちの迅速な動きに翻弄ほんろうされ呆気に取られていた。


「タケ様、ここは力尽くで通るしかありません。そのつもりで――」


 サラフィナは既に懐から魔法発動用の杖を出して構えている。

 俺も腰の剣を抜こうとして、鞘に戻した。

 考えてみれば、俺、剣なんて扱った事なかったわ。

 俺は魔法をいつでも発動できるように右手を正門の前に陣取る兵士へと向けた。

 すると――最初からいた兵士が警告とも取れる言葉を発する。


「魔法師のタケだな。こんな時間にどこへ行く。我等は領主様より、おまえが来た場合の足止めを指示されている。よって出門は認められん。身柄を拘束させてもらおう」


 はぁ? 領主様? 何で領主が俺を拘束するんだ?

 治療魔法を必要としているなら、医院長のザラハムさん経由で依頼すればいつでも応じられた。執事が直接、俺を名指しで尋ねてくる必要はなかったはずだ。

 考えられるのは、王都からやってきた貴族が、俺が逃走を図った事で領主に泣きついたか、この街から逃げ出せないように頼んだかのどちらかだな。

 どの道、こんな所で拘束されてたまるか!

 行かせるつもりがないなら力尽くで通させてもらおう。


「残念だけどそれに応じる事はできないねッ、下級結束輪魔法ユニオンサークル!」


「うっ、な、なんだこれは――」


 俺は正門前をふさぐ兵士十数名に右手を向けると即座に拘束魔法を発動した。

 足元から漆黒の蛇が無数に湧きだし兵たちの体に巻き付く。兵たちは突然現れた蛇に恐れ戦き悲鳴をあげる。

 蛇の数は兵士の数と同じ。全身を拘束された兵士は為す術なく倒れ込む。

 周囲の兵たちは突然の出来事に反応が遅れるが、さすがは門を守護する兵といった所か、既に全員が抜剣しており左右の兵たちが用心深く間合いを詰めてきた。


「気を付けろ! 相手は魔法師だ。どんな魔法を撃ってくるかわからんぞ!」


 隊長と見受けられる大男が叫ぶ。

 抜剣している兵たちもそれに呼応し「おう!」と返事を返す。

 サラフィナは自身と俺を包み込むように既に結界を発動させている。

 サラフィナの店から俺が出ようとした時に発動させた風の結界だな。あの時は、魔力を感じる事ができなくて見えなかったが、今の俺には薄らと俺たちを包み込む水色の結界が見えている。

 魔法を使えない兵士たちはそれに気づかず剣を振り下ろす。

 もともと殺すつもりのない峰打ちで振り下ろした剣だが、風の結界に阻まれ剣先が弾かれていた。当てるつもりで振るった剣が弾かれた事で、兵士が目を見開き驚く。


下級土壁魔法サンドウォール!」


 俺は背後の兵士が接近できないように、土壁の障壁魔法を発動した。

 厚さ30cmのコンクリートの障壁は直径5m、高さ3mにも及ぶ。しかもその壁はまるで兵士たちを守るように取り囲んだ。


「こんな土の壁すぐに破壊してくれるわ!」


 壁に閉じ込められた兵士が叫びながら壁に剣を突き立てるが――魔法は構成する原理を理解していれば強度を増強する事が可能である。

 武郎は前職の経験を生かし、壁魔法を放つ際にそれを構成する化学成分に酸化カルシウム、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化鉄を思い浮かべた。その事により、ただの土壁ではなくコンクリート製の壁を構築する事に成功していた。

 兵士が突き立てる剣は、コンクリートの壁に接触すると甲高い音を立てて弾かれる。


「「「なっ!」」」


 仲間の兵士を救助しようと外の兵士も剣を突き立てるが、結果は同じ。


「おのれぇ!」


 激怒した左右の兵士たちが総攻撃でもかけるように、俺たちに剣を振るうが、その剣は全てサラフィナの結界に阻まれる。

 顔を強張らせた左右の兵たちの間を、俺とサラフィナは悠然と歩いて行く。

 既に剣を振るう気力すらないのか、兵士たちはジッと息を潜めて視線だけで俺たちを追う。


「ハプニングはありましたが、何とか出られそうですね、タケ様」


 サラフィナは目深に被った三角帽から翡翠色の瞳だけを覗かせそう言う。

 俺も自身が使った魔法の威力を確認できた事で、結果的には満足だ。

 正門前の蛇に巻き付かれて倒れ伏す兵士たちを踏まないように、足元を気にしながら正門をくぐると、いつの間に正門の外に出ていたのか3人の人物が待ち構えていた。


 一人は執事服を着た年配の男、もう一人は騎士風の格好をした男。

 あっ、良く見たら騎士風じゃなくて騎士だわ。フルプレートアーマー着込んでいるから。でもフルプレートアーマーって銃に対しての防御効果はあるけど、重くて戦闘では効率的じゃないんだよね。鎧の重さを気にしない位の膂力があれば別だけど……。

 もう一人は、白銀の艶やかな髪を腰まで伸ばした20代半ばと思しき、目尻が細長く切れ上がったいわゆる切れ長の目の美女だ。


 執事の方は治療院に現れた時にチラッと姿を見たからわかる。騎士の方は白銀の髪の女性の護衛なのだろう。女性を守る様に一歩前に出ている。顔は兜を被っていて目しか見えないが、あの目どっかで見た覚えがある気がする。

 俺はどこか見覚えのある女性と、騎士にどこで会ったのかと思考を巡らせていると、一歩前に歩み寄った執事が腰を折りながら声をかけてきた。


「タケ様でございますね。私、トライエンド侯爵家で執事をしております、ガトレンスキーと申します」


 恭しく挨拶を言っている割に、ガトレンスキーの目線は敵対者を見る者の眼をしている。

 そんなヤツの話なんて聞く訳がないだろうに。

 俺はすかさず下級結束輪魔法ユニオンサークルを発動させる。

 ガトレンスキーは口をもぐもぐさせて何か言っているが、たまたま蛇が巻き付いた時に口を開いていたのだろう。猿ぐつわを噛ませたようになって言葉にならないでいる。

 他の2名は動く気配はない。

 俺はサラフィナに先に行けと目で指示を飛ばす。

 サラフィナの後に続いて俺も歩き出すと、ちょうど3人の横を通り過ぎた辺りで白銀の女性から知っている者の名を告げられた。

 俺は、ハッとして立ち止まり思わず聞き返した。


「今、何て言った?」

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