WooTober異世界に立つ、番外編③もしも序盤からヒロインが登場していたら

 WooTobe運営から届いているメールには、数千万人の中からたった一人、異世界への切符を手に入れた事が書かれてあった。

 現在の地球上において、そんな技術が開発されているなんて話は聞いたことがない。

 ブラックホールの生成実験なんかは欧州原子核研究機構CERNで研究、実験された事があったが、それと異世界は全く別物と考えられているからだ。

 そんな小難しい話はここでは割愛するとしよう。

 運営からのメールには他にも、魔物を倒した際に取得できるポイントと、再生数に応じた報酬がポイントに還元される事が書かれてあり、そのポイントと交換可能なアイテムや魔法の一覧が記載されてあった。


 ――現在のポイントは15100p


 どういう仕組みで記載されている商品を受け取れるのか理解はできないが、少なくとも腹が減ってもおにぎりと交換できるのは非常にありがたい。

 異世界で、たばこが売っているかはわからないが、気分を落ち着ける必需品であるたばこが交換品目に並んでいるのも助かる。

 俺が現在のポイントを何と交換するか思考していると、隣の西脇巡査から声をかけられた。


「ねぇ、これってどういう事よ? なんでWooTobeがこんな真似をする訳?」


 西脇巡査は、俺のノートパソコンに届いているメールをチラ見すると、そんな事を言ってくる。が、そんな事はWooTobeに聞いて欲しい。

 少なくともこれで俺の異世界転移に西脇巡査が巻き込まれた事が確定した訳だが……俺に責任はないということだけはハッキリした。


「メール見たならわかるでしょ? 俺にも突然の事で何がなにやらわからないんですから」


 配信者数千万人の中からたった一人選ばれた存在。

 それが、俺だという事実しかわからないのだから。

 なぜ運営がこんな真似をしでかしたのか、そもそもそんな事が可能なのか常識の範囲外の出来事なのだ。再生回数を伸ばすという名目であれば、こんな手の込んだ事をする必要はそもそもない。

 WooTobeの母体であるWoogleは世界最大のテクノロジー企業である。底辺WooToberである俺を異世界に飛ばし、再生回数を稼ぐ愚を犯さなくとも、いくらでも流行を作り出す事が可能なのだから。


 俺の返答に項垂れている西脇巡査を横目に、俺は今後の事を考える。

 正面に見える広大な森は、奥に行くほど木々は高く、昼間でも薄暗い。

 中に入れば遭難する可能性が高いだろう。

 ならば、俺が向かうべきは森とは逆方向と言うことになるが、地理的に、森を正面とすると右は黄金色に輝く林。背後も林。左も林だが、太陽が左へ傾いていることから方位が地球と同じであれば左が西と言うことになる。


 後、3時間もすればあの太陽は地平線の彼方かなたへ消えていくのだろう。

 見ず知らずの場所、突然襲いかかる魔物を前に視界が悪いと言うことは死を意味する。

 森は獣や魔物が多いというのが一般的な認識だ。だとするなら俺が向かう場所は膝より低い高さの林を突っ切って、人の営みの痕跡を探す一手に尽きるだろう。


「とりあえず、何時までもこんな場所に居る訳にはいきませんから、あっちの方へ行ってみませんか?」


 俺はノートパソコンの録画機能をオンに切り替えると、項垂れている西脇巡査に提案した。


「えっ、遭難した時はその場から動かないのが鉄則でしょ? なんでこの場から離れるのよ! 長田、あんた馬鹿? ねぇ馬鹿なの!? 救援が来てくれるかもしれないじゃ無いの、あたしは反対だから――」


 いまだに異世界だという事実が飲み込めていない西脇巡査が声を荒らげるが、その時、2m離れた足元から何かが顔を出した。





 ここは大阪府警察本部、西脇巡査誘拐事件の捜査本部が置かれている一室。


「室井管理官、事件の概要の説明を頼む」


 現役の巡査が公務中に拉致されるという、過去に例がない犯行だけに警視庁からは警視階級の管理官がこの捜査の指揮を執ることとなった。

 大阪府警察本部からも警視正の階級の前田部長が席に着いていて、事の成り行きを注視している。


「はっ、事件は本日14時頃に発生しました。大阪城へ警邏中の西脇巡査からの連絡が途絶えた事に端を発しますが、署員一同手を尽くし捜索していた所、外部からの通報で西脇巡査と思われる女性警察官が何ものかに拉致され拘束されている事実が発覚しました。これがその時の映像です」


 室井管理官の背後にある巨大なモニターに、両腕を手錠で拘束された西脇巡査の姿が映し出された。


「この場所の特定はできているのかね?」


 前田部長が映像に映し出されている林に目を細め、口を挟む。


「現在、映像に映っている犯人と思われる男、長田武郎が使用しているネット回線の会社に当たっていますが、個人情報保護が障壁となり――回答が得られていない状態です」


 室井管理官が、渋い表情でそれに答える。


「何を悠長な事を言っている。これは過去に例のない現職警察官が誘拐された事件なんだぞ! その企業といえども後ろ暗い部分の1つや2つはあるだろう、それを有耶無耶にする条件を提示して何としても場所の特定を急ぐんだ!」


 警視正と言えば、警察庁では室長クラス、警視庁では参事官、警察署では署長クラスの階級だ。その下の警視の階級である室井管理官は上からの指示に大人しく従うしかなく――。


「直ぐに対処いたします」


 それだけ告げると、部下たちに長田が利用しているネット回線の会社に圧力をかけさせた。


 それから数時間が経過し、長田武郎を現職警察官誘拐事件の首謀者として全国指名手配とした。通常ならば誘拐事件にたいしては報道規制が敷かれ、初動の段階で一般人が知ることはないのだが、本件に関しては長田自身がWooTobe に動画をアップするといった大胆な犯行であった事から報道規制は行われず、既に全国放送でニュースになっていた。


「室井管理官、長田容疑者の行方はもう掴んでらっしゃるのでしょうか?」


 大阪府警察本部で行われたマスコミへの取材は、室井管理官自らが立ち会う形で行われ捜査の進捗しんちょく状況をマスコミ各社、興味津々といった様子で質問していく。


「犯人と目される長田容疑者が使用しているネット回線から、行方を追っておりますが接続回線が大阪城内付近であることだけ現在ではわかっております」


 室井管理官の返答にマスコミ各社の連中がざわつく。

 長田がWooTobeで動画配信している事は既に各社承知の事実であり、現在いる場所が大阪城内でない事は明らかだったからだ。


「捜査本部では長田がWooTobeにあげている動画はご覧になられているんですよね?」


 マスコミの一人が挙手しながら声をあげる。


「当然、捜査本部でも動画は見ております。その上で、あの動画が捜査を攪乱かくらんするために加工されたまがい物である可能性が大とし、捜査を進めている所です」


 室井管理官の返答にマスコミ各社の連中が冷ややかな視線を浴びせる。映像のプロである各社も当然、動画が加工された偽物である可能性も考え、自社でその精査を依頼し、その結果、あれは作り物などではない事実をつかんでいたからだ。

 捜査本部はまだそんな段階の捜査をしているのかといった蔑視の感情が現れたといっても過言ではないだろう。


 マスコミの質問は尚も続く。


「動画を配信しているWooTobe側からは何か回答はあったのでしょうか? 現役の警察官が誘拐された動画が公開され続けていると言うこと、長田が子供と思しき者を殺害した動画を削除せずに配信し続けている問題に関してですが……」


 この西脇ちか巡査の誘拐事件で一番の問題は、彼女の現在の様子の一部始終が、WooTobeの動画を通して全世界中に配信されている事にあった。

 それと平行して人ならざる者である、小さな緑の肌をもつ体軀に、頭には小さな角を生やした一部ファンタジーの世界でお馴染みのゴブリンを、長田が撲殺した件についてもマスコミは言及してくる。


「その件に関しましては、誘拐、殺人の容疑者として長田を全国指名手配にした所でございます。なお、WooTobe側からの返答は、エンターテイナーである長田の動画を高く評価するとの一点張りで……海外の企業であることで、それに関しても難航しております」


「ではWooTobe側はあの映像は娯楽の対象として、今後も全世界に向けて配信し続けると言うことで間違いありませんね?」


 室井管理官の顔に深いしわが寄る。警察官誘拐事件を娯楽と評したマスコミに対し、不愉快を通り越した嫌悪の感情があらわになった。


「娯楽とは聞き捨てなりませんね。仮にも現職の警察官が一人行方不明になっているんですよ! これは事件なんです!」


 声を荒げる室井管理官に、マスコミ各社も口を噤む。少し言い過ぎたかと――。

 だが、ここで取材をしながらスマホで動画を見続けていたマスコミから待ったがかかった。


「ちょ、すみません。長田を誘拐事件の犯人として全国指名手配したとおっしゃいましたが、誘拐された西脇巡査は拳銃を携帯していますよね? それは犯人である長田に強奪されたと思ってよいのでしょうか?」


 室井管理官は、何を馬鹿な質問をといった様子で口をひらく。


「西脇巡査が交番勤務である以上は、拳銃の所持は当然でしょ。拳銃は長田に奪われたものと捜査本部では考えております」


 室井管理官の返答を聞いたマスコミ各社がざわつく。

 それも当然で、いち早い情報を欲しているマスコミはほぼ例外なく各自がスマホで動画をチェックしていた。それは捜査本部でも同じだが、この大勢の報道陣が集まる記者会見場とは離れていたために、室井管理官に情報が伝わるのが後れた。


 何が言いたいのかというと、マスコミが現在見ていた映像には、西脇巡査が襲いかかるゴブリンに銃口を向け引き金を引いた様子が配信されていたからだ。

 この映像を見ていた者ならば、西脇巡査が誘拐された訳ではないことは一目瞭然。拳銃を所持していながら長田のいいなりになる必要はないのだから。

 そして長田を殺人事件のとしてといった件も、西脇巡査が醜悪な顔のゴブリンに対し発砲した事で““といった考えを持つようになる。


「室井管理官、この動画をご覧になっていないんでしょうか? これは単なる誘拐事件ではありませんよ! 事件は現場で起きているんです!」



 2m離れた足元から突然顔を覗かせたゴブリンは、西脇巡査に目をとめるとその醜悪な顔の瞳を細め、グギャギャギャギャギャーと雄叫びをあげる。

 それに追従するように辺り一面の地面から、次々とゴブリンが顔を覗かせ這い出してきた。


「えっ、何、これっ……」


 あり得ない光景に西脇巡査が声を漏らすが、今は一刻を争う事態だ。

 俺は穴から這い出し、西脇巡査に襲いかかろうとしているゴブリンに警棒で殴りかかると、ノートパソコンを首にかけ西脇巡査に声をかける。


「ヤバい。早く逃げましょう!」


 西脇巡査も俺の言葉にコクリと頷くと、森とは反対方向へ駆け出すが、手錠が邪魔で足元が覚束ない。俺一人なら余裕で逃げ出せそうだが、ここで彼女を置いていく訳にもいかない。俺は西脇巡査に手錠の鍵を返すと、その場で立ち止まり追っ手のゴブリンと対峙たいじした。


 次々に襲いかかるゴブリンの攻撃をかわし、俺は警棒を振るう。

 警棒が頭に当たったゴブリンはその場で蹲るが、穴からは次々に援軍が這い出してくる。

 多勢に無勢とはまさにこのこと。

 俺は後退しながらゴブリンの攻撃をうまくかわすが、ゴブリンも1対1では勝てないと考えたのか、次第に俺たちを包囲し始める。


 視界の隅には手錠を外した西脇巡査が、腰から拳銃を抜いた様子をとらえていた。

 そんな未来兵器もっているなら俺に貸して欲しかった。

 俺たちを包囲したゴブリンは当然、西脇巡査にも襲いかかる。

 パァァァァン! パァァァァァン! 

 突如発生する大音響の銃声。


「か・い・か・ん――」


 西脇巡査は恍惚とした表情で手元の銃を見つめて言葉を呟く。

 あんたいったい何時いつの時代の人ですか!

 薬〇丸ひろ子ですか!


 西脇巡査に正面から襲いかかったゴブリン2体は、胸に開いた銃痕から緑色の血を流すとバタリと倒れた。

 俺たちを取り囲んだゴブリンたちも、何が起きたのかわからず固まっている。

 ゴブリンが築いた包囲は西脇巡査が倒した場所だけ崩れている。

 俺はこのチャンスを逃さず、西脇巡査の元へ駆け寄ると彼女の手を取り、その穴から逃げ出した。


 森とは真逆の林へと逃げた俺たちは、追いすがるゴブリンを警棒で殴り倒し、または西脇巡査が拳銃で撃ち殺しながら逃走を図る。

 西脇巡査は発砲するたびに「快感」と呟いているが、そんなのは無視だ。無視。

 恐怖で足がすくむよりはマシだからな。

 逃走から30分もすると追ってくるゴブリンはいなくなっていた。

 個別で襲いかかっても、殴り倒され、意味不明な爆音をまき散らす攻撃で倒されるだけだと思い知ったのだろう。途中で固まって何やら叫んでいるようだが、これ以上の追跡は諦めたようだ。


「助かった――」


 俺は立ち止まると、小さくなったゴブリンの集団を視界に入れながら呟く。

 さっきまで顔色を紅葉させていた西脇巡査も、拳銃を握りしめながら動きを止めた。

 そして――。


「銃弾全部使い切っちゃった――どうしよう……後で始末書、書かされる。わぁぁぁん」


 その場で泣き崩れた。

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