第41話タケ、逃走する。②
「出発するなら日が沈んで、門が閉まる直前がいいでしょう。最悪気づかれても、今宵は月明かりの無い闇です。身を潜めてやり過ごせばそう簡単に見つかる事もありません。それに――私たちが先に出て、門が閉まれば、あちらは朝までこの街に拘束されます。問題は移動手段なのですが……タケ様は馬には?」
俺は濡れた髪をタオルで乾かしながら、サラフィナの説明を聞いていた。
確かに、夜に紛れて逃げれば見つかりにくい。
しかし移動手段か……そう考えた所で、俺は景品交換の軽自動車を思い出した。
「馬は乗れないんだけど――上手くいけば、馬より早く、夜道でも速度を落とさなくて済む乗り物が手に入るかも?」
俺の話を聞いていたサラフィナは、きょとんとした面持ちで首をかしげる。
中世欧州と文明で差がないこの異世界では想像も付かないだろうな。
自動車が始めて作られたのは18世紀の半ばでフランス革命より少し前だ。
しかも当時の自動車は時速10kmが限界。
走った方が早かった。
でも、俺が交換しようとしている軽自動車は、排気量660ccの最新式。日本にいたときに読んだ雑誌では前モデルよりサスペンションと駆動性能、耐久性が向上し、車内にいても大きな揺れを感じない。というのが売りだったはず。
異世界の舗装されていない道でもオフロード性能が高いあの車ならば、有効的に活用できる。ターボも付いているしねッ。
そんな訳で、テーブルの上にノートパソコンを広げる。
あっ、サラフィナがまた婆ぁに変身した。
そんなに動画撮られるのが嫌なのかねぇ?
まぁ、今はそんな暇は無いからしないけども。後でねっ。後でゆっくりと。
これから二人旅が始まれば、チャンスはいくらでもあるでしょう。
そんな事で、お馴染みの公式サイトから景品交換ページを開くと――。
「きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 1000万、(腕をぐりぐり) 1000万、(すくわっと) 俺の夢を叶える1000万、(お尻ふりふり)」
俺のはっぴー音頭に、サラフィナがぽっかりと口を開いて呆気に取られているが、スルーだ。スルー。
まずはアイテムボックスを何とかしないといけないからっと、俺は下級魔法と交換を選んでポチポチしまくる。
視界に流れる文字に意識を集中する。
ポチッと。
《
ポチッと。
《
ポチッと。
《
ポチッと。
《
…………ポチッと。
《
「なんだよ炎ばっかじゃねぇか!」
「タケ様、先程からタケ様の周囲にマナが集まっては消え、集まっては消えているのですが――」
「あぁ、今、いい所だから邪魔しないで?」
「はぁ? ……」
ポチッと。
《
おっ、属性が変わった。よし。ポチッと。
《
ちくしょ! 炎の別バーションかよ。
ポチポチッ。
《
はぁ? 下級なのに天災? なんだそれ――。
まぁ、いいや。続き続きっと。
ポチッ。
《
ムッ、なんか波が変わってきた。
ポチッ。
《
ぐはっ、戻ってるじゃん!
ポッチッ。
《
むぅ!
ポチッ。
《
………………………………………………………………。
また戻った!
ポチ。
《
これもうパターンだな。土属性が続くパターン。読めてきた。
ネットゲームのガチャでもゴミアイテムが偏る事ってあるあるだよね?
ポチッ。
《
ほらね。やっぱり――。
ポチッ。
《
また変わった。
ポチッ。
《
何だこれ――アイテムボックスの条件3種とか全然でねぇ。
だいたい今、何回ぽちった?
16回ポチって出ねぇって――設定渋すぎだろ常考!
イライラ……ポツ。
《
あれっ、これ当たりかも!
ポチッ。
《
す~ん。
ぽつ。
《
ぽつ。
《
あれっ? もしかしてこれか!?
ぽちっ。
《
ん~何かが違う。
ぽつ。
《
きたきたぁぁぁぁぁ。
空間操作と物理法則無視きちゃったよ! リーチ!
ポチッと!
《
す~ん。
ぽつ。
《
おっ、これもよさげ。
ガンガンいくぜぇぇぇぇぇ!
ぽち。
《
戻った…………。
「やっぱり何か変ですよ? タケ様、なにしてらっしゃるんです?」
やばい、やばい。俺がポチポチの結果に一喜一憂している表情とマナの流れにサラフィナが感づき始めた――。でも今、止めるわけにはいかないのだよ。
後1つ揃えばビンゴなんだ。俺、勝てるんだよ!
何に勝つのかわからないけど……俺自身?
「もうちょっと、もうちょっとだから!」
「ふっ、仕方ありませんね。ちょっとだけですよ」
うわぁ、なんか今の言い方いやらしかった。婆ぁの姿じゃなければ息子立ってたかも。
ってそんな事考えている場合じゃねぇ。
ポチ。
《
げっ、流れが悪くなった気がする……。
ぽつ。
《
おぉぉやっぱり。
下がってる下がってるから。地獄の底まで急降下だから!
ぽち……。
《
くそぅ! 落ちた穴は深かったなんて落ちいらねぇぞ!
ぽち。
《
おま! ざけんなよ! これ下級魔法じゃないでしょ! あれ? 一応、生活魔法も下級の部類に入るのか? にしてもどん底まで落ちた感が。
ぽち。
《
へいへい、ピッチャーびびってるへいへいへい!
ぽちっ。
《
おっしぃぃぃぃぃ! なんかかすった。絶対これかすったでしょ?
よぉぉーし。気を引き締めて。
ポチッと。
《
がびぃぃぃん。這い上がったと思ったら上がってねぇ。
ぽち。
《
ごらぁぁぁぁ! しまいに泣くぞ! って生活魔法ってガチャで一番引いちゃいけないヤツでしょ? ゲーム内でも苦労なく手に入るアイテム。
ぽつん。
《
きたぁぁぁぁぁぁぁ! ビンゴ! 苦節34回にしてようやく揃った!
はぁはぁ、長かった。長かったよ。母ちゃん。
「で、タケ様。何をされていたのか教えてもらってもいいでしょうか?」
サラフィナに声をかけられ俺の意識はこの部屋に戻ってくる。
目の前を向くと、そこにはサラフィナのシラけ切った白い目が――ぎゃぁぁぁぁぁぁ。
怖いから。婆ぁの姿でそんな目で見ないで!
マックスまで上がったテンションが――地獄へ急降下だから。
日に二度も落ちなくていいから!
ふぅふぅはぁはぁ――。
サラフィナは女神様を汚す恐れのある、呪文を教えているWooTobeを嫌ってるからな。
本当の事を言っていい物なのか。
まぁ、俺のことだ。すぐゲロっちゃうんだけどねッ……。
「えっとですね。サラフィナ――さん?」
「何で疑問形なんですか? タケ様」
怪しく光る婆ぁの視線についなんて言えねぇ~。ごめんなさい。ごめんなさい。
「実は、娯楽の伝道師のポイントが沢山はいりまして……それで――ぐわぁぁ」
それで――と言った瞬間に、俺の頭上に氷の玉が降ってくる。
ちょっとそれ止めて! 今のマジ痛いから。
頭を両手で抱え込んだ俺に、サラフィナは言う。
「タケ様、前にも言いましたよね? 楽して魔法を覚えても、技はあっても技術は無いって。魔力操作が完璧じゃないとその内、大怪我で済まなくなりますよ!」
「それはわかっているんだけどね……今はどうしても必要だったんだよ。アイテムボックスを手に入れるために――」
呆れた顔で俺を見つめるサラフィナ。
「アイテムボックスとはどんな物なのでしょうか?」
いい機会だ。どんな物でも無限に収納できる亜空間のバッグの様なものだと言えば、きっと泣いて感動するに違いない。フフッ。勝ったぜ。
「アイテムボックスとは――どんな大きな物でも仕舞って取り出せる便利なバッグの様なものです!」
俺がそう言うと、サラフィナは――眉間に人差し指を当て、悩んだ様子で、予想外の言葉を呟いた。
「インフィニティストラード!」
そして目の前の何も無い空間から、ミカンが入った大袋を取り出した。
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