第37話治療師、タケ。

 冒険者組合を後にした俺は、ノートパソコンを腕に抱えて、治療院へと向かっていた。

 何度かサラエルドの街並みは動画で撮影しているが、今日は俺の仕事風景を配信しようと考えたためだ。

 リスナーが異世界の動画で求めているのは、日本には存在しない魔法だ。

 ひたすら回復魔法を行うだけの動画でも、再生回数は稼げるはず。

 そう考え、やってきました治療院。

 教会に隣接しているこの治療院の母体は当然教会だが、働いている人はシスターだったり司祭だったりといった事はない。

 ほとんどが王都から派遣された魔法師なのだが、これが使えない。

 半日に満たない月3時間も回復魔法をかけ続けると、マナ切れを起こして気絶してしまう。

 迷い人である俺は、半日治療し続けても気分を害する事もない。恐らく丸一日続けても、マナ切れにはならないだろうと思う。そんな危険な事しないけどね。

 王都の魔法師より有能な魔法師が地方の都市に滞在しているなんて噂が立てば、俺を利用しようと権力者が動きかねない。最悪の場合は、軍隊の衛生兵とかに配属される可能性だってある。

 そういった危険があると言うことを、前もって、サラフィナから聞いていた。

 だから金は欲しいが、一日治療院で働くなんて愚はおかさないのだ。


「よく来てくれたね、タケくん。今日も月3の時間でお願いするよ。見ての通り、寒い季節に入って体調を崩す者が続出していてね。王都からやって来た魔法師も隣で治療してくれているが、彼、経験が浅くてね。月1の時間だけで、あの様だから」


 ここの医院長である年配の渋い親父、ザラハムさんに促されて隣のブースを見ると、20代半ばの白衣を着た魔法師が青い顔をしながら治療を行っていた。


 あれ、患者じゃないのかよ!

 顔色悪すぎだろ!


 その魔法師の列に並んでいる患者さんも、不安そうな面持ちを浮かべている。


「わかりました。じゃ俺はこっちのブースを使わせてもらいますね」


 俺は、青い顔の魔法師から見えない位置にあるブースを選んでそこに入る。

 ブースは全部で5つあるが、医院長のザラハムさん用のブースの他に、4つのブースが設けられている。実際に全部のブースが埋まる事はないのだが、戦時にも対応できるようにと多めにつくられていた。

 さすがに俺が治療する様子を王都からやって来た彼に見せる訳にはいかない。

 月3の時間治療し続けても、顔色1つ変えない魔法師がいるなんて噂を、王都に戻ってから広げられたらたまったもんじゃないからね。


 俺はノートパソコンを斜め後ろに置いて、患者を撮影できるようにセットした。

 治療を開始しようと、ブースを仕切っているカーテンを開けると、すでに大勢の患者が――って、なんで青い顔の魔法師のブースに並んでた患者が移動してくんだよ。

 俺はカーテンをめくり、青い顔をしていた魔法師のブースを見る。

 そこには患者数が大きく減少して、胸を撫で下ろしている魔法師の姿があった……。


 俺より高給取りなんだからもっと働け!

 王都から派遣されてくる魔法師の給料は一日金貨1枚。

 俺が一日働いていて得られる賃金は銀貨10枚。

 彼らは俺の2倍の賃金をもらっているのだ。

 しかも旅費は全部治療院持ちときている。

 実際には半日でマナ切れを起こしぶっ倒れる魔法師に、一日、金貨1枚は払いすぎじゃね? 羨ましいとは思うが、それには理由がある。

 前にサラフィナの店で聞いた事だが、この国では生まれて直ぐに教会主導で赤子の魔法適性検査が行われる。そこで適性があった子供は10歳になると、国の教育機関に進学。6年に及ぶ教育を受け、始めて国家魔法師として採用されて各地へと配属される。

 魔法師にかかる学費は、学園が全寮制であることで多額の金がかかる。

 貴族出身であれば、はした金でも、村や街出身の平民には大きな負担だ。それを卒業後に各個人に返済させる為に、彼らの賃金が高いのだ。


 日本でいうところの奨学金みたいなものだろう。


 10年かけて奨学金を支払えば、その後の人生はウハウハ高給取りの楽しい人生が待っているとなれば、支払い終わるまでの苦労も乗り越えられると言うわけだ。


 うん。実にうまくできている。

 そんな事、俺には関係ないけどね。

 俺からすれば、同じ時間働くなら同じ数の患者をこなせ!

 そう思わずにはいられないのも仕方がないだろう。


 冒険者で魔法師をしている者は、彼らからすれば落ちこぼれの扱いだ。

 せっかく国の教育機関で学ぶ機会を得られたのに、高給を捨て、安い賃金の冒険者に成り下がっていると思われているのだからそれもしかたない。

 しかもそのほとんどが奨学金を滞納している者が多い。

 実際、国家魔法師と比べれば冒険者の報酬は少ない。

 俺が殺した狂蛇の剣の魔法師もその一人だった。

 冒険者はCランクまでは報酬が低く、そのほとんどが銀貨で支払われる。


 だが、全ての冒険者が低賃金な訳ではない。Bランクに上がれば貴族の護衛任務だけで一日金貨1枚という相場はざらで、強い魔物を倒せば、報酬は金貨10枚は当たり前、素材を買い取ってもらえば金貨100枚も夢ではない。

 安全第一の兄貴が護衛任務にこだわった理由も頷ける。

 兄貴が築いた護衛の依頼を横取りした、狂蛇の剣もこれから華々しく稼ぐつもりだったのだろうが、結果はご承知の通りだ。


 ちなみに国家魔法師学園を卒業していない俺は、怪しい人物というわけだ。

 サラフィナから目立たないように、との注意を受けたのも納得できる。

 膨大なマナを持つ国家魔法師では無い魔法師。

 そんな存在が明るみに出れば、大ごとになるのは避けられないのだから。


 汗をかくことも無く、平気な顔で患者を治療していると、入り口が騒がしくなってくる。

 稀に急患が運びこまれる事があるらしいが、俺が来てからは始めての事。

 怪我をしたらしい男のうめき声と、それに付き添っている者の声が次第に近づいてきて、それは俺のブースの前で止まる。


 おいおい、青い顔の魔法師はどうしたよ!

 あっちの方が並んでいる人も少ないんだから直ぐに看てもらえるじゃん!


 付き添いと思われる女性が深刻な表情でカーテンを開いて入ってきた。


「先生、仲間を、グリムを助けて!」


 カーテンの隙間から隣のブースを見れば、ぶっ倒れている国家魔法師の姿が見えた。

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