第34話そしてリスナーは目撃する。

 時は遡り――。


 遠くに砂煙が立ち上り、タケ君が御者席から降りて砂を踏み固めただけの粗末な街道の真ん中に立った。


 俺は午前からの社内会議を午後にずらし、社長室でその様子をモニタリングしていた。


ゲスト:タケちゃん、復讐なんて止めなよ


ゲスト:仇討ちとか誰得だよ。そんなもんするならエルフ動画はよぉ


ゲスト:対魔物ならともかく対人はなぁ~


ゲスト:警察に通報しました


ゲスト:タケちゃん、兄貴さんはタケちゃんにそんな事望んでないと思うな


ゲスト:俺今日が始めてなんだけど一体何が始まるんだ?


ゲスト:これから始まるのは1人VS8人の決闘です


ゲスト:それ決闘っていわねぇから。良くてリンチ、悪ければ――タケちゃんの処刑?


ゲスト:でもタケちゃん、この1週間でかなり魔法言語覚えたって言ってたからまだ分からないよ


ゲスト:いよいよリアル魔法が見られるのか。今から楽しみだな


ゲスト:まぁ、タケちゃんは万一って言ってたけど、相手は汚い手で兄貴さんを殺したギルドだろう? 普通に考えればタケちゃんを殺して口封じが妥当だろうな


ゲスト:なんでそんな事になってんの?


ゲスト:上の人、ゴブリン討伐作戦ってタイトルの動画で1時間23分を見ればわかる


ゲスト:それにしても周り何もねぇのな。林だけって


ゲスト:タケ! 人殺しなんて良くないぞ。今ならまだ引き返せる。止めとけ


ゲスト:お前は黙ってろ。魔法はよぉ、はよぉせい!


ゲスト:お前こそ殺害シーンが見たいだけなんじゃねぇのか?


ゲスト:違います! 俺は魔法が見たいんだ。他の人も同じだと思うよ


ゲスト:んだ。復讐とか仇討ちとかそんなもんはどうでもいい。ただ魔法が見たい


ゲスト:でも魔法を使う相手がなぁ~人だろ?


ゲスト:仇討ちとか警察に任せればいいんじゃねぇ?


ゲスト:異世界に警察がいるかよ、治安維持の警備隊はいるって前に聞いたけどな


ゲスト:んじゃ警備隊に任せればいんじゃ?


ゲスト:どうも被害者本人からの訴えじゃなければ聞き入れないんだと


ゲスト:なんだよ、それ。それじゃ死んだらおしまいじゃ……


ゲスト:だからタケちゃんが仇討ちする事になったんだろ


ゲスト:仮にも日本人が他の国で殺人とは――警察に連絡しとこっ


ゲスト:おっ、前から来た馬車が止まったぞ


ゲスト:いよいよか! 待ってました


ゲスト:タケちゃん止めろ、止めるんだ


ゲスト:もうおせぇよ。ってか相手の方がタケちゃんより背も体格も上だな


ゲスト:何か言い合ってるけど、さすがにこっからじゃ聞こえないか


 全く――復讐が悪い事のように言われているが、そんな事が言えるのは大切な者を理不尽な方法で失っていないヤツの方便だ。

 俺たち兄妹も両親があんな死に方をしなければ、さぞ耳障りのいい綺麗事を並べていただろう。もっとも麗華はいまだに俺の考えには否定的だが。


 俺は無責任なリスナーたちのレスを流し見しながら、タケ君が復讐を遂げる事を自分の事のように願っていた。

 すると俺の様子に気がついた麗華がモニターをのぞき込んでくる。


「またタケ君の動画ですか?」


「あぁ。だが今日のは仇討ちの生配信だそうだよ。魔法を覚えた彼の実力がどんなものか一緒に見るかい?」


 仇討ちと聞いて麗華は一瞬ビクンと肩を跳ね上げ顔を強ばらせる。

 だが次の魔法と聞いて、取り繕うように微笑みを浮かべると、


「魔法ですか? それは楽しみですわね。でも昼までに終わらせたい仕事がありますので私は遠慮させていただきますわ」


 ゴブリンの討伐動画でさえ顔を背けていたからな。仕方ないか――。

 ましてや今回のは対人だ。

 麗華には人が殺されるシーンは酷というものか。


 動画ではタケ君の正面に大男が2人立った所だった。

 タケ君がジーンズのポケットから何やら小型の物を取り出し相手に見せている。

 恐らくあれはスマートフォンだろう。

 なるほどタケ君も考えたものだ。

 ノートパソコンはタケ君の生命線だ。

 万一、破壊されでもしたら動画のアップも出来なくなる。

 ここからでは遠くて相手の表情までは窺えないが、突然相手は背中の大剣を抜きタケ君に襲いかかった。


 「――殺されるッ」


 ここでタケ君が殺されると、俺の手がかりも失われてしまう可能性がある。

 だがそんな心配も杞憂きゆうに終わった。

 タケ君の頭部に振り下ろされた剣が、その直前に何かに弾かれた。


「あれは結界か!」


 剣が当たる瞬間に黄色く光る壁が一瞬だが見えた。

 正直、科学の発達している現在においてもあれ程の防御方法はない。

 警察が使っている透明な盾はポリカーボネートで作られていて防弾ガラスの素材でできているために防御には優れているが、今のような不意打ちに対応できる訳ではない。

 異世界の魔法がこれほど凄いとは――。

 俺は画面に見入っていた。


ゲスト:すげーなんだあれ?


ゲスト:剣が空中で弾かれたぞ!


ゲスト:あれがタケちゃんの言っていた結界か! すげーマジすげーよ


ゲスト:ター〇ネーター真っ青だな


ゲスト:ある意味それより凄いって!


ゲスト:にしても不意打ちとかやること汚ぇな。タケちゃん負けんな!


 リスナーたちはタケ君の結界魔法に釘付けで、チャットは盛り上がっていた。

 次の瞬間――タケ君の結界魔法に気づいた敵が大きく間合いを広げる。

 次々に剣士と槍の冒険者がタケ君に攻撃を仕掛けるが、全て見えない結界に阻まれた。


「これが魔法か――」


 前衛が間合いを広げた事で、後衛からの矢が降り注ぐがタケ君は器用に回避する。

 異世界に着いた時とは大違いな運動神経だ。

 これが魔物を倒して得た能力なのか。

 これ以上の能力を持ったヤツが両親を自殺に追い込んだのだとすれば、もはや人では対処できないかもしれないな。


ゲスト:すげーなんだあの動き。本当にあのタケちゃんなのか!?


ゲスト:マト〇ックス顔負けだな


ゲスト:いや、マト〇ックスよりもすげぇって!


ゲスト:いけータケ!


 リスナーたちも大興奮だ。

 そもそもマト〇ックスはフィクションだからな。

 タケ君の方が俺は凄いと思うぞ。


 矢ではタケ君を倒せないと判断したのか、杖を構えていた魔法師らしき男が魔法を放つ。

 速い――プロのテニスプレイヤーのサーブよりも速い速度で打ち出された炎の玉だったが、それをタケ君は体を横にずらすだけで楽々回避する。

 確かプロになると時速200kmは出ていると聞くがそれを避けるか。

 俺はタケ君の運動神経に畏怖すら感じていた。

 馬車の辺りまで下がっていた男たち2人の体が青白く光る。

 タケ君に駆け寄る2名の前衛の動きが、ドーピングでもしたかのように速い。


ゲスト:なんだあいつら――明らかに動きが違うぞ


ゲスト:解説するとあれは多分


ゲスト:多分何だよ、もったい付けんな!


ゲスト:あれは能力強化剤だな


ゲスト:はぁ? それチートって事か?


ゲスト:チートっていえば、タケちゃんの動きもチートだけどねっ


 なるほど、異世界にはそんな便利な薬品があるのか……。

 あれをオリンピックで使われたら、使用した国は金メダル独占間違いなしだな。

 ドーピング検査で引っかかるかは定かではないが。


 敵が素早くなってもタケ君の結界を抜くことはできない。

 これまで防戦一方だったタケ君が手を掲げると、後衛の弓兵へと向きを変えた。


「これは攻撃魔法か!?」


 俺は画面を凝視する。

 タケ君の頭上には無数の青色の刃が浮かんでいる。

 おっ、槍を持った冒険者が魔法発動前に手を貫かんとして邪魔に入った。

 次の瞬間に俺は信じられない物を目撃する。

 一瞬速く放たれた魔法が邪魔をしてきた槍の矛先に触れた瞬間に、それを粉砕したのだ。


「――ありえない」


 鉄もしくは鋼鉄で鍛えられたはずの矛先が、一瞬で砕け散った様子に思わず声を漏らす。

 何より恐ろしいのは、途中で矛先に触れた青い刃が速度を落とさずに弓兵に突き刺さったことだ。

 物理法則を無視した魔法攻撃にあいた口がふさがらない。

 氷の刃が命中した弓兵の体に青い膜が纏わり付く。


「なんだ――あれは」


ゲスト:すげーなんだあの魔法は――


ゲスト:あれ氷魔法だろ? だとすれば着弾と同時に弓兵が凍り付いたのも納得だよ


ゲスト:あの青い膜ってもしかして……霜?


ゲスト:どうやらそのようだね



 何が起きているのかわからず困惑しているとリスナーが答えを教えてくれた。

 氷魔法――刃物が突き刺さるだけならば血を流しておしまいだが、あれは魔法だ。着弾と同時に体内からその肉体を凍らせる。


「ははっ、なんとも悪質な――」


 もう乾いた笑いしか口から出なかった。

 異世界に着いてまだ2週間そこそこの人間がこれほど強いとは。

 これはもうチートとしか思えない。

 タケ君の攻撃は尚も続き、次弾が弓兵に着弾すると氷の像と化したそれは粉々に砕け散った。完全に凍っていたからか血すら流れてはいない。

 仲間を殺された剣士が怒りにまかせて、怒濤の剣戟をタケ君に浴びせる。

 が、その甲斐むなしく結界に守られたタケ君の防御を抜くこと適わず、逆に剣の方が折れてしまう。


ゲスト:うぉぉぉぉぉぉぉーーーついに剣士も敗北かぁ!


ゲスト:お姉さんハラハラしっぱなしよ。タケちゃん今だ、やっちゃえ!


ゲスト:すげーな。結界だけで剣士が沈黙って


ゲスト:あぁぁぁっぁぁ俺も異世界いきてぇ!


ゲスト:俺、今来たばかりなんだけど、どうなってんの?


ゲスト:タケちゃんの事だからどうせ録画してるよ。後で見れば?


ゲスト:凄かったぜ!


 この段階までくると、もう誰もタケ君の敗北は予定していない。

 俺もその一人だ。

 画面ではタケ君が剣の折れた剣士に手を向けている所だった。

 次はどんな魔法なのだろうか?

 期待入り交じる中で放たれたのは――水?

 消防車の放水よろしく。

 何もない空間から放たれたのは大量の水だった。

 ただそれを浴びせられた剣士が数メートルは吹き飛んだ事から分かる通り、もの凄い圧力が掛かっていることが伝わってくる。


ゲスト:うほっ、すげー地味だけどつえぇぇぇ!


ゲスト:俺昔、地元の消防団であれやったけど、威力半端ねぇから!


ゲスト:ベニヤ板くらいなら壊しそうだよね?


ゲスト:タケちゃんのはそれ以上だろうよ!


 だがタケ君の放水は徐々に消防車のそれとは全く別の物に姿を変えた。

 徐々に細くなっていった放水が剣士の右腕に触れた瞬間、それをバッサリ切り裂いたのだ。

 剣士は痛みから右腕を押さえ苦しんでいる。

 タケ君が水の魔法を止めると、剣士の危機とみた後衛の魔法師が慌ててタケ君に魔法を放った。

 時速200kmの火の玉がタケ君に襲いかかる。

 油断したのかタケ君はそれに気づいていない。


ゲスト:やべっ、タケちゃん逃げてぇ~


ゲスト:南無――


ゲスト:あぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁーーー


ゲスト:終わった。俺の異世界生活が……


 誰もが悲観したが、炎の玉はタケ君の結界に触れると一瞬で消し飛んだ。

 誰もが呆気に取られる。

 タケ君はターゲットを魔法師に切り替えたようで、お返しとばかりに手を向けた。

 またしても頭上に青い物体が浮かぶ。

 だが氷魔法と違って今度のは青い色は一緒でもゆらゆらと揺らめいていた。

 固唾かたずをのんで見守っていると――。

 それは音速を超え魔法師に襲いかかる。

 まるで瞬間移動でもしたかのように見えた青いそれは、次の瞬間には魔法師を包みこみ。

 その場には、もう何も存在していなかった。


ゲスト:げっ、何あれ?


ゲスト:何だか分かんねぇけどすげーぞタケ!


ゲスト:今の絶対あれだよな? 燃え尽きた?


ゲスト:言われてみれば――青い玉の後ろの空気が揺らいでたね


ゲスト:一瞬で焼失って――


ゲスト:あれマジやべぇから。どんだけ~


 タケ君はまだ下級魔法しか覚えていないと言っていた。

 あれだけの攻撃を繰り出していて、あれが下級?

 いったいどれだけの威力だと思っている。

 大気が揺らいで見えたと言うことは、あれの温度は少なくとも300度、もっとも高い所でも800度はあるはず、下手をすれば1000度を超す。

 まったくでたらめにもほどがある。

 あれで下級だと――。


「ははっ、はははっ――」


 もう何が起きても驚くまい。

 タケ君はゆっくりと片腕を失った剣士の元へ歩いて行く。

 何を話しているのか気にはなるが、ワイヤレスのマイクを付けている訳ではないからな。ここはジッと見守ろう。

 何やら話し込んでいたと思われたが、タケ君の右手がまた後衛に向けられると先程よりも多い数の炎が頭上に浮かび消えたと思われた。

 その瞬間、後ろにいた4人の人間の姿が消えていた。

 時間にして、わずか数秒の出来事だ。

 たった数秒で4人が死んだ。

 日本から異世界に渡ったタケ君の手によって。

 もう絶句という言葉しか浮かばない。

 リスナーたちも彼が起こした殺戮さつりく凄惨せいさんさにチャットが止まった。


 タケ君は残り2名となった敵の槍使いの方を振り向いている。

 腰を抜かした敵などもう彼の敵ではあるまい。

 彼の復讐ももうすぐ終わる。

 俺はどうだ?

 俺はまだその手がかりを探っている段階で、実現にはほど遠い。

 実際に行動に出られるタケ君をうらやましく思えた。

 そう思っていると、背中を向けられた事をチャンスと取った剣士が腰に刺してある短剣を左手で素早く抜き――タケ君の喉元へ襲いかかる。

 今度も結界に阻まれるだろうと楽観視しているが、それが発動する様子がない。

 まずい! やられる!

 思わず顔をしかめてしまう。

 だが、タケ君の正面で腰を抜かしている大男が何かを叫んだ瞬間、タケ君は首に巻き付こうとした剣士の左腕に自身の左腕を絡め、左肩を利用しテコの原理で短剣を持った腕を呆気なくへし折った。

 力なく落下する短剣。

 曲がってはいけない方へと曲がった左腕。

 両腕が使い物にならなくなった剣士は、苦痛に顔を歪めながら這いつくばる。

 タケ君は無様に転げ回る剣士を見下ろすと、剣士に手を向けた。

 頭上には先程、敵の魔法師が使ったような赤い炎の玉が浮かびあがる。

 赤い火の玉が剣士に襲いかかると、剣士は赤い炎に包まれ苦しみ藻掻いた。

 どれ程の時間がたっただろうか。

 数秒とも数分とも感じられた剣士が苦しむ様は力無く地面にくずおれた事で終わりを迎える。

 剣士も死んだ。

 残りは1名か――そう思ったのだが、タケ君は焼け焦げた死体に手を向けると再び魔法を放つ。

 そこにはもう死体すら残ってはいない。

 タケ君は恐れ戦いている槍使いに一瞥をくれるとゆっくりとカメラのある方へ歩いてくる。

 何か理由があって槍使いは殺さないで置いたのだろう。

 チャットに目を落とせば、もの凄い勢いでレスが流れていた。

 悪党退治おめでとう。すげーもん見させてくれてありがとう。異世界万歳!

 中には警察に通報しましたってのもあるが、馬鹿馬鹿しい。

 あっちは異世界だ。

 警察の管轄外。

 今はただ復讐を果たした一人の漢に賛辞を送ろう。

 おめでとう――と。

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