第16話魔法師の店

 商店街を抜け空き地が点在している場所に、目的の店はあった。良くいえば趣のある小屋。悪くいえばボロい小屋だ。店の広さは四畳半程度。奥にも部屋はありそうだが、カーテンで仕切られていて見られない。棚には瓶に入った草が多く展示してある。いかにも、ゲームに出てきそうな店だ。ちょっと心が弾む。

 背の低い店主は、カウンターの中で三角帽を被り瞳と鼻だけをのぞかせている。

 おっ、魔法使いらしい格好だな。そう思ってると、店主は一瞥をくれただけで、突っかかるような口調に切り替わった。


「らっしゃい……人族が何の用だい?」


「フン。今日はコイツの魔法適性を調べてほしい。まぁ、期待はしてねぇがな」


「ふっ。成人した人族の適性だって。こりゃ驚いた。あんただって知ってんだろ。この国では生まれてすぐ教会で適性を調べるって。その歳で調べるような事じゃないんだよ。無駄な足掻きは止めて出て行きな」


 カウンターからのぞく瞳が俺たちを睨んでくる。おいおい、随分な言い草だな。

 童話に出てくる魔女のような格好しやがって。婆ぁが。

 キグナスたちの言ってた、普通の人は魔法が使えないってのは本当みたいだな。だがしかし、俺はこの世界の生まれじゃない。それに、既に魔法を覚えたはずだ。諦めろって言うなら――適性を見てからにしてもらおうか。


「どうする。タケ」


「どうするも何も、俺一応魔法使えるんですよ。回復魔法だけですけどね」


 まだ使った事は一度もないけどね。大丈夫。使えるはず。


「何だって――戯れ言を言うのはおやめ!」


「戯れ言って。マジですよ。オチョクリーナ様に願うヤツっすよね」


「――はぁ?」


 なんだ……この婆さんの威圧が増加したぞ。何でこんなに怒ってるの。この人。

 ここでケガ人でもいればその証明もできるんだけどな。

 これで適性を見る気にはなっただろ。くくっ。俺の適性どんなのかなぁ。楽しみだぜ。と思っていると、なぜかキグナスが腰の剣を抜いた。えっ――。


「兄貴、いったい何を――」


「うぬ? こうするんだよ。これが一番手っ取り早い」


 キグナスは言い終わるや否や――一気に剣を振り上げた。

 剣先は逆袈裟懸けで俺の二の腕を切り裂く。


「うぐっ。なっ、なんでこんな事を……」


 店の床には俺の血が滴り落ちる。ジンジンと痺れはするが痛さは感じない。傷口から白い血管と骨が見えていて、ジワジワと血が溢れ出す。


「タケ、おめぇ昨日から黙ってやがったな。これは罰だぜ。本当に回復魔法師だって言うならてめぇで治せ」


「いい加減におしっ。人の店で刃傷沙汰なんて。どうしてくれるんだ!」


 店主は激怒しているが、キグナスとアリシアは静観かよ。こいつらまともじゃねぇぞ。クソが。これで回復魔法が使えなかったらどうすんだよ。

 あぁ、何だか体が寒い。このままだと死ぬかな。きっと死ぬな。異世界二日目で出血多量で死亡とか冗談じゃねぇぞ。やるよ。やってやろうじゃねぇの。まさか、生まれて初めての魔法で自分を治療する羽目になるとはなッ。


 俺は意を決して呪文を詠唱する。


「我、慈愛の女神オチョクリーナに願う。かの者へその力の一部を与えたまえ――フェイルス下級回復魔法


 呪文を詠唱し終えると、俺の頭上に青いオーラが噴出する。それは丸い形を形成すると次の瞬間――スッ、と俺の体に入り込む。次に体全体が青く光り、傷口に収束されていく。傷口が完全にふさがると、青い光は消滅した。


「うぉぉッ。マジかよ!」


「――ほう」


「これが――回復魔法」


 その場の全員が驚きの声をあげる。俺も患部を見てみる。うっは、ちゃんと治ってるじゃん。さすがWooTobe。チート能力最高!


「うぉぉ! 成功した。成功したぜ! ひゃっほぉぉぉ。イエス、イエス!」


 初魔法に気を良くした俺は一人ではしゃぐ。

 リスナーは当然見ていない。だが、いつものノリで……。


「おい、タケ。おめぇ、魔法は使った事あんだよな? 何を一人で浮かれてんだ」


 あ……マズい。何か言い訳を探さねぇと。【実は俺、昨日異世界に飛ばされてきたんです】これはダメだな。

 そもそも、そんな話を誰が信じるっていうのか。

 じゃあ、【俺、一発で成功した事がないんです。今までも何度も失敗してて】これが良さそうだな。

 でも、キグナスたちは騙せても、店主が見破る可能性もあるか……。そもそも詠唱を正しく唱えれば失敗しない可能性もあるな。


「おい、タケ。おい。聞いてんのかてめぇは」


 俺が思考を巡らせている間に、キグナスから何度か声を掛けられていた。焦ってとっさに切り返す。


「はい。聞いてます。ちゃんと聞いてまずぜ。兄貴」


「聞いてたんなら分かるよな。俺が言った事への返事は?」


 やべぇ。すっかり自分の世界に入り込んでいて聞いてねぇよ。今更、すみません。聞いていませんでした。とか言ったら、余計に疑われるかな。


「おめぇ、何を隠してやがる。思いかえしゃぁ昨日会った時だって、旅行者だとかほざいた癖に、大工の道具なんて持ってやがったし」


 もう無理だ。ずる賢い会社の先輩なら、うまくごまかすんだろう。だが、俺はそんなに器用じゃねぇ。まぁ、巧妙に世渡りできるなら今ここには居ないな。

 無理だ。無理。俺に適当なウソなんて付けねぇ。


 決心した俺は、流れに身を任せることに決めた。


「さぁせんでしたぁ! 俺、昨日気づいたら林の中に立っていて――どうやら他の世界から飛ばされて来たみたいです!」


 俺は魔法を取得した経緯以外。WooTobeって動画の配信者であること。自分の世界からこの世界へ飛ばされたこと。必死にスライムを倒したこと。ゴブリンから逃げ出したこと。全て暴露した。


 キグナスの顔色を窺うと、俺を哀れんでいる視線が目に入った。


 はぁ。頭のおかしなヤツだって思われたに決まっている。俺も誰かにそんな訳のわからん事を言われたら、きっと同じ反応を返しただろう。むしろ、何言ってんのバカじゃねぇ? って反応の方が強いかもしれないな。

 隣のアリシアだってそうだ。

 何でそんな事を言っちゃったの。そんな同情にも似た面持ちを浮かべてる。

 あぁ。せっかくいい人たちと友達になれたと思ったのに。また一から友達を探して……人付き合いが下手な俺が。そんな事できるのかねぇ。


 俺は恥ずかしかった。悲しかった。だから一人で扉に向かう。

 早くこの場から消えたいと願って。

 そして、扉に手を掛けた所で、しゃがれた声に引き留められた。


「待ちなッ。まだ、あたしの話は済んじゃいないよ!」

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