WooTober異世界に立つ、番外編①もしも序盤からヒロインが登場していたら-sideちか

 私の名前は西脇ちか、21歳。

 女性警察官です。

 今年から大阪城に隣接する交番で勤務しています。


 高校の時は、ミスコンで優勝したりもしたんですよ。

 これでもカワイイって評判だったんですから。

 友人からは「ちかはカワイイから高校出たらモデルでもするの?」なんて良く聞かれましたが、私には、すでになりたい職業があった。


 刑事もののドラマに憧れて、いまの職業に就きました。

 でも、実際現場に配属されると、酔っ払いの保護や、遺失物の調書とり、担当区内の世帯調査が主な仕事です。

 私がしたい仕事は、私服警官になって、電車内で痴漢を行う女性の敵を逮捕する事。

 あっ、ドラマの主人公のように正義感に溢れた刑事もやってみたいかな?


 夢は大きいんです。


 もちろん、キャリアを積まないと出世できないのは知っています。

 だから私は、指名手配犯の写真を記憶し、暇があれば人が集まっている場所に赴きます。


 そして、あいつに出会った。


 午前中に、仲間の男性警察官に署まで連行された不審者――長田武郎に。


 ヤツは自称、映像コーディネーターだと言って、大阪城の堀に飛び込もうとしていました。

 そんな暴挙は許してはいけません。


「アイツ、署で注意されたはずなのに――また?」


 私は長田の後を追います。


 私の予感は当たった。


 長田は大阪城の敷地に忍び込もうと、植え込みの中に足を踏み入れました。

 現行犯です。これで今月の検挙数をかせげます。


「待ちなさい! 長田。建造物侵入罪で逮捕します!」


 長田が植え込みに入った瞬間に、私はヤツの左腕を掴みました。

 このまま植え込みから引っ張り出せば、確保できる。

 それが間違いだったと気づいたのは、私の体が落ちた瞬間でした。


 植え込みの反対側はコンクリートの路地があったはず。


 なのに――。


 なぜか私は倒れていて、小柄な私を押しつぶす形で、長田が私の上に跨がっていました。


「痛った~。長田、あんた重いのよ。早くどきなさい!」


「えっ、なんでここにお巡りさんが?」


「いいから早くどきなさい! 事情は交番で聞きますから!」


「えっ、交番って……ここ、どこなんです?」


 長田のヤツ、何をとぼけた事を――。


「どこって――大阪……あれ? えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ~どこよここっ!」


 辺りを見回すとそこは――私の知らない場所でした。


「そんなの俺が聞きたいくらいですよ」


「それよりいいから、早くどきなさい!」


 長田が私からどけると、すかさず私は腰の手錠を外して、長田の右手首に取り付けました。

 もう片方を私の左手首に――。

 ふふっ、これでもう逃げられないわよ。


「いったい何を――」


「何をじゃないわよ! あなた午前中にも騒ぎを起こしておいて、まだ何かやろうとしていたでしょ!」


「あっ、そうだ。パソコン大丈夫かなぁ~」


 長田は右手を拘束された状態で、所持しているノートパソコンをいじっている。


 そんな余裕ぶっていられるのも、今だけなんだから。

 私は、携帯している無線で応援を呼んだ。


「こちら西脇、大阪城で建造物に不法に侵入しようとしている不審者を確保、至急応援を求む」


 いつもならば、すぐに返事が返ってくるはずが、まったく応答がない。


 ――あれ?


「お巡りさん、何やってんですか? 今の状況理解しています?」


「うるさいわね~あんたは黙っていて! こちら西脇、こちら西脇、応答どうぞ」


 無線に何度話しかけても、いっこうに返事が返ってこない。


 焦る私を横目に、長田はノートパソコンにしゃべり出す。


「イエーイ! どうやら俺は異世界に来ちゃったみたいだぜ! これからガンガン配信するんで応援、よろしくな! ふぅ~イエス! イエス!」


 イエス、イエスじゃないわよ。この変態!


 ん? 異世界?


「ちょっと、あんた、異世界って――どういう事よ?」


「あ~やっと気づいたんですか、そもそも大阪城は都会にあったんですよ? こんな何もない草原じゃなかった。って事は――」


「って事は?」


「ここは異世界です!」


「そっ、そんな馬鹿なっ」


 私はもう一度、辺りをくまなく見回す。

 正面、後方、左にはどこまでも続く草原が、右の方に森らしき木々が見える。

 私はきっと夢でも見てるんだ。

 じゃなきゃ、こんなの――あるはずがない。


「夢ね、これは、夢。ポイントを稼ごうと躍起になっているから夢をみているんだわ」


「いやいや、夢じゃないですから。いい加減に現実を見てくださいよ」


「うるさいわね。あんたは黙っていて!」


「はぁ、もういいですよ。それより、早くこの手錠を外してください。こんな場所で狼とかに出くわしたら――死にますよ?」


「はぁ? 狼なんて日本にはもういないわよ! 絶滅したの知らないの?」


「知ってますよ。日本だったらね。でもここは異世界です」


 あぁ、もうやだ。夢なら早く覚めて!


「イエーイ! ここが異世界だって証明する事ができそうだぜ! あれを見ろ! 異世界名物――ゴブリンだ! イエス! イエス!」


 またこの変態が何か言っているわね。

 ゴブリンって、学生の頃に男子がやっていたゲームのモンスターじゃないの。

 そんなものどこに――えっ。

 何――アレ?


 森の方から私たちに気づいて何かが近寄ってくる。

 醜悪な顔をして、頭に小さな角を2本生やした緑色の肌の子供が――。

 あっ、手に持っている棍棒で長田に襲いかかった。


「ふぅぅぅぅ~~WooTobe イエス! イエス! イエス! ゴブリンに襲われているぜぇ~」


 長田は振り下ろされた棍棒に背を向けてかわした。

 でも、私と長田をつないでいる手錠が邪魔をしてかわしきれない。

 背負っているバッグに当たってガゴッ、という鈍い音がする。


「お巡りさん、このままじゃ殺されちゃう。早く。早く手錠を――」


 一方的に暴力を振るってきたのは、緑の子供の方だ。

 より刑が重い方を優先させるのは当然。

 私は、ズボンのポケットから鍵を取りだすと、自分の左手にはめた手錠を解除した。

 尚も、緑の子供は棍棒を振りかぶる。


「くそっ、チートスキルもないのかよっ、このままじゃじり貧だ」


「お巡りさん、腰の警棒を――」


 長田はめざとく私の腰に差してある警棒に視線を向ける。

 これで子供を殴るというの?

 どうみても、私よりも小さな子供を――。

 私が躊躇ちゅうちょしていると、長田は勝手に私の腰から警棒を引き抜いた。

 その瞬間――子供の棍棒が、私と長田の間を空振りする。

 えっ、この子――本気だ。

 本気で私たちを殺しにかかっている。


 私は刑事志望だけど、まだ重罪を犯した犯人と対峙たいじした事はない。

 恐怖で足がすくむ――。


「どいてっ――」


 長田が私を突き飛ばす。

 私が今いた場所をまたも棍棒が空振りした。

 なんなの、なんなのよ――。

 長田は怖くないの?

 地面に倒れて震えている私の隣で、長田が狂ったように大声を上げる。


「ふぅぅぅぅ~~WooTobe イエス! イエス! イエス! やられる前に何とかするぜぇ~俺の勇姿をちゃんと、み・て・ろ・よ!」


 長田は緑の子供が棍棒を振り下ろした瞬間、紙一重でかわして緑の子供に近寄る。

 私から奪った警棒で、小さな角が生えている頭を思いっきり殴りつけた。

 周囲に緑色の血液が飛ぶ。


「えっ、なんで緑っ?」


 殴打された子供は呆気なく倒れた。


 私は赤い血ではなく、緑の血が流れ出る頭部を呆然ぼうぜんとして眺めていた。

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