第14話、坂の上の林檎亭。
「――――うっぷぅ。兄貴。も、もう食えません」
「タケ、情けねぇなぁ。男なら、もっとガツガツ食え。食わねぇとこの先やってけねぇぞ。だいたいなんだその二の腕は――」
「いやいや。この量はどう見えもおかしいから。焼きチキン頼んで丸ごと一羽って――普通はこんぐらいじゃないんですか?」
「がはははははは。オーダーの時におめぇが頼んだんだ。てめぇで頼んだもんはてめぇで食え。作ってくれたここのオヤジが悲しむぜ」
あの後、キグナスたちが常宿としている坂の上の林檎亭に着いた。店は二階建てで、食堂も兼業している。大きな二階建ての中央に受付けがあり、その右側が食堂になっていた。この街でも中の上のお店らしい。
キグナスのおごりだと言うこともあり、居酒屋のつもりで数店のつまみを頼んだ。しかし、俺はそれが間違いだったことをすぐに知ることになる。出てくる料理の規模が違った。
焼きチキンを頼めば、鳥の丸焼きが出てくる。
串焼きを頼むと、おにぎりサイズの肉の塊が四個刺さったものが三本。
ビールを頼めばジョッキではなく、特大のピッチャーサイズ。
サラダはまぁ、普通だった。
ビールはキンキンに冷えているかと思えば温い。冷蔵庫のありがたさを実感している所に出てきたのが串焼きだ。これは大きさには驚きながらも二本は食えた。
サラダで腹の調子を整えながら、三本目に手を伸ばした瞬間、調理室から若い少女が大皿に乗せたアレを運んできた。鳥の丸焼きだ。
俺はこの時、「すげーな。あんなもん頼むヤツいるんだ」そう思った。
どのテーブルの客が頼んだのかと、興味をそそられた。だが、その少女を目で追っていると、たどり着いたのは自分のテーブル。
ドンッ。と置かれ、「お待たせしました、焼きチキンです(はぁーと)」と、満面の笑みで言われた時の心境はリスナーにも理解できよう。
だが、このサイズの料理は特別ではなかった。周囲のテーブルを見回せば、似たような料理がゴロゴロ。他の客たちは、それをガツガツ食うわけだ。
異世界人の胃袋は違う。そう思ったね。
話はだいぶ逸れたが、「頼んだもんは責任を持って食えよ」のキグナスの一言で、俺の大食いチャレンジは始まった。そして、冒頭に戻る。
結局、俺に完食は無理だった。
大食い動画に出ている人を、何度となく見たことはあった。そのたびに、あの位なら俺にもできそう。そんな事を思った自分を殴りてぇ。アレは何度も大食いをして、胃袋をデカくした人だけが到達できる境地だった。
最後は、キグナスとアリシアで残り物を処分してくれた。そこで、歓迎会と称する食事会は終わりを迎える。
「そうだ。部屋は別の方が良いか、良いよなぁ……」
雑魚寝もあり得ると考えていた俺は一人部屋に喜んだ。さっき知り合ったばかりの人と、寝床をともにするのはやはり抵抗があるからな。
「でも、いいんですか。俺なんかが個室を使わせてもらって」
「あぁ、良いって事よ。まぁ、気にすんな。俺とアリシアは隣を使うからよ。明日の朝起こしてやるからゆっくりと休め」
キグナス、なんて良い人なんだ――。異世界で初めて知り合った人が良い人だと、この先、心配になるぜ。もし悪人に会っても油断しそうだな。まぁ、そこは俺の心の持ちようか。
俺は階段で二階に上がると、奥から二番目の部屋に入った。
キグナスたちは、一番奥の部屋を常に使っているらしく、部屋の前で別れた。
部屋にはランプが吊されている。窓から月明かりが差し込んでくるが、それだけだと薄暗い。テーブルの上には、水の入った桶が用意されていた。これで旅の疲れを落とせということなのだろう。他には椅子が一脚。ベッドは日本の簡易式ベッドのような感じだ。だが、マットの代わりに藁が敷いてある。決して寝心地は良くないだろうな。
俺は持っていたライターでランプに火を灯す。良い感じに部屋は明るくなった。
続いてテーブルの上から桶を床に下ろす。代わりにテーブルの上にノートパソコンとソーラーパネルを置いた。さすがにバッテリー残量が心許ないからな。
桶の水で、手足を洗い、備え付けのタオルで体も拭いた。おっと、忘れてダメなのはキグナスに笑われたタオルだ。米粒とスライムの粘液をきれいに落とした。
使用済みの桶は、廊下に出せば翌朝に交換してくれるらしい。
さて、寝るか。と思ったが、ここは日本じゃない。
ランプの明かりを消して、暗くなった室内を手探りでベッドに入った。
今日一日、いろんな事があった。大阪城に居たはずが、気づけば異世界で。
ゴブリンを殺し、スライムを討伐し、ゴブリンに追われて――ふあぁ。眠い。
明日もあるから、そろそろ寝るか。時間はまだ十時くらいだけど。
ごわごわするベッドの寝心地は、横になると気にならなくなった。体の力を抜いた所で眠気が襲ってくる。
目を閉じて少しするとそれは起きた。
「ふぁ〇×ちょめちょめ、あぁぁん〇▲。ははぁ〇◇●あぁん」
隣の部屋から、艶めかしい女性の喘ぎ声が……。
――うふぉっ。
「あぁぁん。●△××ダメぇ。●〇×あん」
何だよ――これ。
壁、めっちゃ薄いじゃん。
この隣って、キグナスとアリシアだよな。
まさか、あの美人さんが……こんな声で……。
まずい。まずいよ。想像したら息子が――ええい、静まれ。静まれ。静まるんだ!
キグナスたちの行為は、夜半過ぎまで続いた。俺が眠れたのは朝方だった。
――――宿の人、ごめんなさい。シーツ汚しちゃいました……。
これ我慢できる訳ないよ。知らない人ならまだしも――アリシアだぜ。
くっそぉ。だから俺に一人部屋を勧めたのか。
いい人なんて思った俺がバカだったぜ!
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