第12話ギルドラフラン

 薄暗くて馬車の荷台はよく見えない。だが、声は女のものだった。と言うことは、御者席の男の他にも人はいるって事だ。


「おい、アリシアは隠れてろって言っただろう」


「私の気配察知にはコイツ以外の反応はない。キグナスも同じでしょ」


「それに違いはねぇが……」


 二人は馬車を停車させたわずかな時間で、周囲の気配を探ったようだ。で、胡散臭い俺に仲間がいないことを確認したって訳か。何者だ。俺が知りたいよ。

 俺はこの世界ではよそ者だ。尋ねられれば素直に答えるだけ。万一、おかしなマネをして、一刀両断されたらたまらない。実際、御者席の男の腰にはいつでも抜けるように準備された剣がある。

 二人の会話中に口を挟むのはどうかとも考えたが、先に問われたのは俺だ。


「俺は旅行者です。あちらの森に迷い込んだんですが、方角が分からず途方に暮れていた所でした。で、たまたま、あなた方が通りかかりましてね――」


「都合が良いから乗せてくれってか? だいたいおめぇ、その格好は何だ? 旅行者だぁ? どこの大商会のボンボンだよ、おめぇは」


 俺は当たり障りがなさそうな旅行者を装った。だが、それが余計に相手を苛立たせたようだった。御者席で立ち上がると、威嚇するような視線を向けてきた。

 やべぇぇぇぇぇ。オシッコちびりそうだ。学生時代に柔道の全国クラスと対峙たいじした時以上のプレッシャーを感じる。俺の膝が笑い出す。そんな俺の姿を認めると、男はニヤリと笑った。うへぇ、笑ってるのに怖ぇぇぇぇ。


「別に取って食おうって言ってる訳じゃねぇんだ。ただな、こんな時間に、こんな場所で、そんな訳の分かんねぇ身なりのヤツに乗せてくれって言われたら誰だって警戒すんだろうが――違うか?」


 男がそう言いながら御者席から降りる。で、ゆっくりとこちらに歩いて来た。この男でけぇ。俺が百七十四センチに対し、見上げる程だ。しかも、近づかれると、この男の異様さが際立つ。ギラギラといった表現で合っているかは分からない。

 でも、何者にも騙されない。反撃されても即応できる隙のなさで、俺を見下ろしてくる。これと同じ目をどこかで見た覚えがある。

 戦後に三十年もフィリピンの奥地に隠れ住んだ日本人。日本兵の戦士の目だ。俺も動画でしか当時の映像は見たことはない。だが、あの視線だけは忘れられない。それと同じ眼力で俺を見ている。


 気温は寒くはない。しかし、俺の額からは止めどなく汗が噴き出してくる。


「おい、そんなにビビるこたぁねぇぞ。おめぇが悪さしなけりゃこっちも害は加えねぇ。だが、万一、おかしな事を考えてるなら――分かるよな」


 分かるよなと言いながら、腰の剣に手を添える男。


 そんなマネされたら余計にビビるって。こっちは平和な国、日本から今日着いたばっかだぜ。むしろ守ってください的な? 保護下に入りたいくらいだぜ。何とか、相手を納得させねぇとな。


「俺は大商会のボンボンではありませんよ。一般庶民です。格好については、俺の国ではこれが普通としか言えません」


「へぇ。そんな形の服は見たことはねぇがな。まぁ、ウソは言ってなさそうだ。じゃあ次は荷物を検めさせてもらおうか。油断させておいて、後ろからズバッとやられたらたまんねぇからなッ」


 ッツ。仕方ねぇか。俺は背負っていたバッグを地面に下ろす。そして、中に入っている野菜包丁と、ノートパソコン、スマホ、ソーラーパネル、タオルを出した。

この世界の人が見ても、タオルと包丁以外の用途なんて分かるわけがねぇ。


「なんだおめぇ。旅行者だとか言ってた癖に、木工職人だったのか。珍しい板とか道具箱なんて持ち歩いてよぉ」


 拍子抜けした声でそう言うと、男の手は包丁へ伸びていく。柄の部分を舐めるように見ると、刃の部分にかけられたカバーを外し、刃先を吟味しだした。


「これは、珍しい鉈だな。刃先が波打ってるぞ。切れ味は良さそうだが、これで木をたたいたらすぐに欠けそうだな」


 男の関心は野菜包丁だけだった。他にも視線を向けたが、興味が薄れたのか、汚れたタオルを見て苦笑いを浮かべる。


「疑って悪かったな。おめぇの国ではどうだか知らねぇが、この国はわりと物騒だからよ。もう、荷物は仕舞っていいぞ。それと、汚ねぇ手ぬぐいだな。ププッ」


 男は最後に笑うと、威圧を解いた。さっきまでは強面に感じた顔も、殺気が消し飛ぶと穏やかなイケメンに見える。少しは気を許してくれたみたいだな。

 俺の事を木工職人と勘違いしているが、まぁ、いい。俺は本当の事を言ったからな。後で、違ったのか。なんて言われる筋合いはないはずだ。


「おーい、アリシア。もう出てきていいぞ。コイツは白だ」


 男に呼ばれると、荷台から一人の女性が颯爽さっそうと飛び降りてきた。


「まずは自己紹介といこうか。俺の名はキグナス。サラエルドの街で冒険者をやってる。Cランクギルド【ラフラン】のメンバーだ。で、こっちが仲間のアリシア」


「アリシアよ。ギルドと言っても構成員は二人だけだけどねッ」


 やはり、冒険者だったか。男の格好を見た時からそんな気はしてた。上着の上に硬そうな革の防具を着込み、腰にはデカい剣を差してるからなッ。背は俺より頭一つ高く、白銀の髪を後ろで縛っている。冒険者と名乗るだけあって筋肉の付き方が違う。日本で例えると、普通のサラリーマンと、プロ野球の選手くらいの違いか。

 一方、アリシアと名乗った女の方も、上は革の防具を着ている。ただし、左右で形が違うから武器は恐らく弓だと思われる。腰には短剣を差してるが、護身用かな。キグナスとは対照的に髪は短めのショートだ。肩にかからない程度で、ゆらゆら揺れてる。背は、俺と同じくらいに見えるが。ここは俺が高い事にしておく。男の方が低いとは認めたくないものだな。ってヤツだ。


「初めまして。俺はタケといいます。旅行者です。道中、よろしくお願いします」


「で、タケはどこまで行く予定なんだ?」


 挨拶あいさつを交わした後で、キグナスから御者席へと招待された。ギルドラフランの二人はいつもこの馬車で移動している。だが、女性であるアリシアはいつも荷台に乗っているので退屈していたそうだ。なぜ、アリシアは荷台なのかと尋ねたら、女が目立つ御者席に座ると盗賊に襲われる可能性が増すかららしい。


 異世界って、思っていたよりも物騒だな。


 所で、俺に行き先を尋ねられても答えようがない。今日こっちに飛ばされたばかりでなんの知識もないからな。俺が返答に言い淀んでいると、キグナスの眉間にシワがよった。そして唐突に、おかしな事を言い出した。


「タケ、おめぇ――家出してきたんじゃねぇだろうな!」

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