第11話、夕暮れ時に。

ゲスト:おいおい、タケちゃん。そういうのはもう良いからさ、はよぉ。試し撃ちはよぉぉぉぉ。


ゲスト:画面でも青く光ったのは確認してんだぞ。ちゃんと覚えたんだろ?


ゲスト:タケちゃん、もったいぶらなくても……。


ゲスト:お姉さん、おトイレ行きたいから早くしてくれないかしら?


タカト:ゴブリン、スライムときて魔法か……実に興味深いな。


ゲスト:いつまでも、モタモタしてんなよ!


 ゲストたちの期待度はウナギ登りだ。この魔法はゲガしていない時にも効果あるのかねぇ。しかも、頭の中で回復魔法とか詠唱しても、何も起きねぇし。まさか、覚えたけど適性がなくて使えません。なんて落ちじゃねぇだろうな。

 リスナーの期待に応えるべく、俺は頭の中で考えを巡らせる。だが、変化は起きなかった。


「さっきから魔法名を脳内で考えてるけど……何も起きねぇ。ん、なんだ――」


 リスナーへ釈明を始めた所で、公式サイトのベルマークが点滅を始めた。それをクリックしてみると――。


『長田武郎様、初の魔法取得おめでとうございます。

魔法はパスワードを大きな声で唱えないと発動いたしません。

【詠唱呪文:我、慈愛の女神オチョクリーナに願う。かの者へ、その力の一部を与えたまえ――下級回復魔法フェイルス

では、引き続き異世界配信をお楽しみください』


 お楽しみくださいって何だよ。楽しんでねぇよ。楽しめっていうならもっと難易度下げろって。しかも、これ口に出すのか? オチョクリーナって。

 あまりにも不敬だろ。そう考える俺が失礼なのか。

 でも、これで魔法が使えるっていうなら――やったろうじゃねぇの。


「イエェェェェイ。皆、待たせたな。どうやら魔法を覚えるだけじゃ使用できなかったみたいだ。今、運営から詠唱呪文が届いた。これで使えるはずだぜ」


ゲスト:おぉぉぉ。そんなシステムなんだ。


ゲスト:どんだけぇぇぇぇぇ。


ゲスト:詠唱とかワクワクするね。中二病っぽくて。


ゲスト:もったい付けるな! 早くしろ!


ゲスト:タケちゃん。お姉さんもう限界なの――早くッ。早くしてぇぇぇぇ。


ゲスト:詠唱はよぉぉぉ。やっぱ暗黒っぽいやつか?


タカト:ふぅん。詠唱呪文ね……。


 さぁて。準備は整ったぜ。リスナーたちも今頃はモニターに釘付け間違いない。この動画は録画しているからな。これで、チャンネル登録者も増えるだろう。


 ここから始まるんだ。俺の物語が――。


「我、慈愛の女神オチョクリーナに願う。かの者へ、その力の一部を与えたまえ――フェイルス下級回復魔法


 ……………………………………………………。

 …………………………………………。

 ………………………………。


 しかし、何も起こらなかった。シーンとした空気が流れる。


ゲスト:なんだ?


ゲスト:今、何かしたのか?


ゲスト:おちょくりーな?


ゲスト:タケちゃん、おちょくってんじゃないわよ! お姉さん、もう知らない。


ゲスト:ダジャレ?


ゲスト:それ、本当に女神さまの名前なの?


タカト:――――――。


「いや、俺はちゃんと運営から教えられた通りに詠唱したよ。多分、間違ってないと思う。俺も不敬だろとは思ったけど、名前もオチョクリーナ様だし」


ゲスト:で、フェイルスってのが魔法名なんだろ? どんな効果なの?


ゲスト:まさか、目に見えない魔法とか?


ゲスト:そんな分かり難い魔法あんのかよ。


ゲスト:本当に異世界なんだよな? やっぱねつ造でしたって落ち?


ゲスト:それはないでしょ。タカトさんから投げ銭までもらったんだし。


タカト:そもそも、タケくんはその魔法がどんな効果なのか知っているのかな?


 リスナーたちの苛立ちはもっともだ。俺だってケガをしていない状態でも、何かしらの効果はあると思ってたからな。


「皆、すまねぇ。俺が覚えたのは回復魔法らしいんだが、負傷してない場合は発動しないようだ。だからといって、試しに自傷しろとか言わないでくれよ。こんなんでも、親からもらった体だ。そんなマネはできねぇからな」


 リスナーたちは、「攻撃魔法じゃねぇのか」と、落胆のレスが流れている。

 中には、試しに自傷しろ! なんていうヤツもいる。だが、そんなヤツらのために痛い思いはしたくねぇ。


「十万もくださったタカトさんには申し訳ないけど、その時が来たら――必ずお見せします。だから、それまでお待ちください」


 ゲストの、「仕方ねぇな」の一言で、その場は収まった。で、今度こそ、俺は配信を切った。配信を切ってからすぐに公式ページを開く。景品交換で寝袋を取得しようと考えたからだが、辺りを見渡して急に怖じ気づいた。

 きれいに整えられたキャンプ場ならいざ知らず、ここはだだっ広い林だ。ミステリーサークルでも作れそうなこの場所で、野宿……誰が。俺が。いや、無理でしょ。夜中に狼とかでたら。スライムが地面から湧き出したら。もしかしたら、毒を持った虫だっているかもしれない。そう考えると急に怖くなった。


「それに、冒険者の野営って誰かが必ず起きてんだよな。見張りがいねぇと危険だから――」


 林が風でそよぐたび、俺の肩は跳ね上がる。ゴブリンから逃げ切った安心感から、緊張の糸は切れた。だが、時間がたつと、周囲の物音が気になり出した。

 少なくとも、森へは近づきたくない。あっちは危険だ。俺の本能がそう言ってる。なら、俺のする事は決まった。急いでノートパソコンをバッグに仕舞う。そして、森とは反対の方向へと歩き出した。少しでも安心できる場所を求めて。


 それから小一時間。彷徨うように歩き続けた。日はすでに落ちている。西に微かな明かりが残っているが、それが消えるのも時間の問題だろう。俺は残光とは真逆の東へ向かって歩く。自分の影を追うように。

 そんな風に歩き続け、俺は前方からたち上る砂煙を発見した。疲れた目を擦りながら瞳を凝らす。


「ん、あれは馬車か?」


 数百メートル前方からこちらに向かってくる馬車。恐らく人で間違いない。この機会を逃せば、後がない。俺は馬車にどんな人が乗っているのかも考えず、一心不乱に駆けだした。周囲が暗いおかげで、馬車の速度は遅い。馬車は東から南へ向かっているように見える。息が切れ出すが、お構いなしにとにかく走った。


 すると、程なくして足場が草原から堅い砂に変わった。


「これは道か?」


 俺は足を止めた。左の方角からはガタガタと音を鳴らす馬車が近づいてくる。馬車の御者席には明かりが付けられていた。その明かりが俺を捕らえる。と、馬車は少し距離を離して停車した。この時間は旅人、商人、金持ちの馬車にとってもっとも危険な時間だ。夜行性の魔物、盗賊に襲われる可能性が高くなる。

 御者席の男は俺に視線を向けたまま、周囲に意識を集中しているようだった。静寂の中に虫の声だけが響く。男の陰影にジロリと睨む目だけが浮かぶ。


 くっ、さすがに警戒されてるか。こんな時間だしな。仕方ねぇ。


「すみません。良ければ乗せてもらってもいいですか? 道に迷っちゃって」


 男は、訝しげな面持ちで俺を睨む。

 だよなぁ。こんな夕刻に、こんな場所で、突然現れて、乗せてくれって言われても。怪し過ぎるじゃん。強盗の類いと思われても仕方がねぇ。でも、俺だって引き下がれねぇ。こんな場所で野宿なんてまっぴらごめんだからなッ。男とにらみ合いを続けていると、荷台の女から声が掛かった。


「おまえ――何者だ?」

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