第10話初――魔法取得
ゴブリンからの追撃がないことを確認した俺は、一度配信を停止した。裏方の作業まで見せる必要性を感じないからだ。
「それにしても、さっきのはマジで危なかったぜ。あの数のゴブリンを、これだけでどうにかしろって方がおかしいだろ」
土岐長政作の野菜包丁を左手に持ちながら、思わず愚痴をもらす。実際、ずっしりとしていて重いが、これで戦うとなると心細い。
「でも、まさかリスナーでもゲストって書いてある人は、投げ銭ができないとは思わなかったな」
タカトさんから十万円分のポイントをもらった俺は、配信終了後にWooTobe公式サイトにある注意事項を確認した。
そこに記載されていたのは――。
ゲストとチャットログに記載されているリスナーは、無課金者である。したがって、投げ銭を行う資格はない事。投げ銭を行える者はゲストではなく、登録した時の名前で表示される事。
また、課金者とは全国のコンビニでプリペイドカードを購入し、公式ページにて、プリペイドカードに記載されているIDを入力した者。または、クレジットカードを事前に登録した者を指す事など……。
無職で、クレジットカードを所持していない俺。
貧乏なWooToberの俺には、縁がなかったために読みすらしなかった。
「あちゃ、まさかそんなシステムだなんて知らなかったぜ。しかもチャンネル登録者が千人を超えないと、いくら動画をアップした所で収益化できないとはねぇ」
思わず頭を抱えちまうが、早い段階で分かって良かったとさえ思える。
日はだいぶ傾き、西の空があかね色に染まっている。逆に、東の空は夕闇に包まれている事から、太陽の位置と、この星の関係は地球と似ているのだろう。そう考えると、困ったのは今日の寝床だ。後、一時間もすれば夜になるからな。
「寝床どうすっかな。んー、あの森から五キロは離れたから、もうゴブリンは追って来ないと思うけど……」
日本の実家で、
フリースのポケットから、残りわずかになったメンソールのタバコとライターを取り出し火をつける。別に、ヘビースモーカーではないが、心を落ち着けたい時や、考え事をする時によく吸っている。
「ふぅ、マジでどうしよ、周りに明かりとか見えねぇしな。リスナーの皆が言ってた通り、寝袋と交換するしかねぇかな」
タバコをくゆらせながら、リスナーの提案していた案を採用するか言葉をこぼす。そしてWooTobeの公式ページを開いた。
「どれどれ――寝袋は千ポイントかぁ、たっけぇな。スライム二十体分かよ」
実の所、包丁を選んだのは、単に入ったポイントが惜しかっただけ。
普段、大金を持ち歩いていない俺には、千円ですら惜しいと思われたのだ。
「でもなぁ、次にあの数のゴブリンに襲われて生き残れるかというと、無理だな。そうなる前にまず一番必要なのは――やっぱ魔法だな。で、次が剣か。でも下級魔法を取ったら残りは二万一千六百五十ポイントだろ。その上、剣まで交換したらもう
一人でぐちゃぐちゃと考えを巡らせるが、貧乏性があだとなって結論はでない。
「仕方ねぇ。飯食ってから考えよう」
バッグに入っている残り二個のおにぎりを取り出そうと手を差し込む。えっ、バッグの中にはべっとりとつぶれたおにぎりが――包装紙からはみ出ていた。
「うそだろ。まさかあの時か!」
ゴブリンの巣穴に落ちた時に、穴の
俺はきょろきょろと辺りを見回すと、つぶれた米粒を手ですくう。そのまま一気に口の中へ放り込んだ。うん。つぶれてても味は変わらねぇな。
「周りに人が居なくて良かったぜ。飢えたスラムの住人みたいだもんな」
こんな林の中だ。他に見ている人はいない。完璧にごまかしたはずだった。だが、ふと視線を落とした時、ノートパソコンの異変に気づいた。配信は確かに停止したはずだった。そのはずだったが――チャットはすごい勢いで流れていた。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
ゲスト:いつまで待たせんだよ。魔法はよぉぉぉ。
ゲスト:おまっ、つぶれたおにぎりなんて食ってんなよ。こっちは食事時だぞ。
ゲスト:お姉さんはガッカリなのです。
ゲスト:タケちゃん、ちゃんと停止ボタン押してなかったでしょ? ちゃんと見ないと。いくら腹減ってるからって……ねぇ。
ゲスト:戦闘シーンが終わり、娘と一緒に魔法の瞬間を見せてもらおうと思って待機していれば……俺の威厳を返せ!
タカト:フッ――。
ゲスト:もう飯は食ったんだろ。魔法早く覚えろよ。で、試し撃ちはよぉぉぉ。
「――――――――――――――――――――――――――――――」
言葉をなくした俺は、動揺してバッグの中の汚れをタオルで拭く。げっ、スライム拭いたの忘れてた――。余計に汚くなったぞ。拭いている最中で、バッグの底にウエットティッシュが入っていることに気づいた。
チッ、こんなもんが入ってんなら先に教えとけよ。一枚しかないタオルが台無しじゃねぇか。思わず内心でぐちる。ただの八つ当たりであった。
タオルには、スライムの粘液と米粒が付いているが、カメラに映すのは避けた。で、二枚入っていたウエットティッシュで手を拭く。
「イエェェェェイ、皆、待たせたな! 期待に応えて、これから魔法を取得するぜ! よぉく目かっぽじいて見てろよ!」
ゲスト:おおおおぉぉぉぉぉ。やっとか、待ってたぜ!
タカト:タケくん。かっぽじるのは耳だ。目はひん剥いてが正しいぞ!
ゲスト:タカトさん、そんな事はどうでも良いから。それより魔法はよぉ。
ゲスト:お姉さん、タケくんの将来が心配だわ。
ゲスト:何でもいいから早くしろ。もう飯は食ったぞ。
ゲスト:いよいよかぁ。本物の異世界。憧れの魔法。夢が広がるなぁ。
お堅いタカトさんから、またしてもお叱りを受ける。だが、そんなハプニングも魔法取得の前座に過ぎない。俺は景品交換のページを開いた。
「選択画面っと。おっ、あった。ポチッとな。イエェェイ。魔法を覚えたぜ!」
配信を見ていたリスナーたちも、ポチッとなの瞬間に、体から青いオーラが迸ったのを確認していた。一斉に歓喜に震えるチャットログ。祝福のコメントとともに流れるのは「試し撃ちはよぉぉぉぉ」の声。
だが、俺は視界に表示された文字から意識を離せない。低級魔法だったのは確実だ。そして、確かに魔法は覚えた。覚えた事は覚えたが――。
「何だよこれ、今は使えねぇじゃん!」
リスナーに説明する間もなく、俺は叫ぶ。視界には。【
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