第2話ゴブリン配信

 周辺を見回すが、この場所に見覚えはない。


「クソッ、ここ、どこだよ」


 思わず愚痴がこぼれる。

 右前方に森は見えるが、他に見えるのは林だけ。まさか、本当に異世界なのか。

 そんな不安が脳裏を駆け巡る。でもなぁ、ちゃんとネットはつながってる。って事はだ、帰れる可能性はゼロじゃねぇ。それに配信でリスナーとつながっている事で、気持ちも軽くなる気がした。

 最悪、迷子になってもリスナーが警察に連絡してくれるはずだ。もっとも、警察がこの場所を見つけられればの話だが……。


 俺は、このまま配信を続ける事にした。


 しばらく立ち往生していると、森の方から人が歩いてきた。ふぅ、ちゃんと人は居るじゃん。リスナーに聞こえないように、ため息を漏らす。俺はその人の方へ近づこうとして異変に気づいた。

 背丈は小学生くらい。醜悪な緑色の肌。頭頂部に生えた角が際立つ。異世界の定番、ゴブリンだった。ヤツは衣服を着ておらず、上半身はムキムキの筋肉で覆われてる。そして何より目を引いたのは――下半身に付いた小指サイズの物。


 うっは、小指って。ポークビッツかよ!


 俺は思わず吹き出してしまう。おっと、こうしてはいられねぇ。リスナーにも見せてやらねぇとな。


「ふぅぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス、イエス。これ見てくれよ。異世界の定番、ゴブリン様だぜ。これで異世界だって信じてもらえっかな」


 全裸姿のゴブリンはWooTobeの規約に抵触するかも知れねぇ。でも、この機会を逃したら後はないかもな。そう思った俺は、ノーカットで続行する。

 これはスクープだ。人類史上初の――大ヒット間違いなしじゃん。

 俺はノートパソコンのカメラをゴブリンに向ける。のんきに撮影している俺に、ゴブリンは怪訝そうな顔を向けた。その瞬間、手に持つ棍棒で襲いかかってきた。


「ふぅぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス、イエス。俺は今、ゴブリンに襲われてるぜ。皆、ちゃんと見えてっかぁ」


 おっと、危ねぇ。余裕こいてる場合じゃねぇか。俺は後ろ歩きで逃走をはかりながら、カメラにゴブリンを捕らえる。が、いつまでも逃げ切れる訳じゃない。

 ゴブリンは醜悪な顔を歪めると、一気に駆けだした。

 くっそ。走れるのかよ。こりゃ、撮影より逃げの一手かなぁ。

 俺の身長は174センチ、対するゴブリンは俺より頭一つは低い。まぁ、なるようになるか。にしても足は遅くないんだな。冷静に分析しながら逃げるが、ここは相手の土俵。慣れない林でのかけっこに、俺に疲れが見え始める。

 ――ッチ。仕方ねぇ。やるしかねぇか。そう思った瞬間、ゴブリンは上段に構えた棍棒を一気に振り下ろした。背負ったバッグに当たり、ガゴッ、と鈍い音が鳴る。危ねぇ。バッグを背負ってなけりゃ、ケガしてんぞ。


 下半身とタッパの低さに目が行って油断してたぜ。


 それにしても、バッグの中身大丈夫かなぁ。ソーラーパネルとか壊れたら充電できねぇじゃん。


ゲスト:今さ、ガゴッ、とかいったぞ。痛そう。タケ大丈夫かよ。


ゲスト:何でやり返さないんだ。ここは、正当防衛だろうに。


ゲスト:タケちゃん、いけ、やれ。異世界ならチートがあるでしょ。


 はぁ、チートって、そんなものどこに書いてあるんだよ。確かに異世界ものでは定番だけど、ステータスもスキルも視界に表示されてねぇぞ。よし、試しにやってみるか。


「ステータスオープン」


 俺は小声で、詠唱してみる。うわぁ、めっちゃ恥ずかしいんだけど。てか、何も変わってねぇ。チートなしかよ。どうする、どうすればいい。

 異世界なのは、ゴブリンがいるから間違いはねぇ。でも、どうやって倒すんだ。チートなしで何とかなるのか……。

 リスナーたちは好き勝手言ってくれるが、周囲に武器になりそうな物はねぇ。しかも、しばらく逃げ続けたせいで、息が上がってくる。ええい、ままよ。


「ふぅぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス、イエス。ノーパソが壊される前にコイツをやっつけるぜ。俺の雄志をちゃんと、み・て・ろ・よ」


 ゴブリンの一撃は、それ程、重くは感じなかった。という事はだ、当たり所が悪くない限りなんとでもなる。俺は、ノーパソを地面に置いて、カメラをゴブリンに合わせる。角度調整もよしっと。

 ゴブリンは俺が立ち止まったのを視界に捕らえると、ニヤリ、と笑う。

 ざけんな。そんな小っこいもんぶら下げてるヤツに笑われる筋合いはねぇぞ。


 俺はゴブリンと対峙たいじする。背後のノーパソではリスナーが声援を送っていた。


ゲスト:おおおぉぉぉぉ、行くのか、行っちゃうのか。


ゲスト:特撮乙であります。


ゲスト:そんな子供のゴブリン余裕だろ常考。


 まったく、リスナーは気楽で良いな。ビュンビュン、と振るわれる棍棒。俺はそれを身をよじり、またはバックステップでギリギリかわす。棍棒を上段に振りかぶって下ろした――いまだ。俺はタイミングを合わせ、ゴブリンの胸元に入り込む。そのまま首に腕を絡ませ押し倒した。


「だてに学生時代の六年間、柔道やってねぇんだよ。うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 一気に腕に力を入れ、ヤツの首を絞める。俺の得意技――寝技である。


ゲスト:なんだよそれ。地味すぎんぞ。


ゲスト:緑の血でも見せてみろよ。どうせ特撮だからできねぇんだろ。


ゲスト:えっ、ウソ。緑の子、口から泡ふいてるよ。


 ゴブリンがバタバタと体をよじって藻掻く。が、俺の巻き付いた腕からは逃れられない。しっかり頸動脈けいどうみゃくをしめてるからな。当然だ。しばらくそのまま締め付けていると、最後にビクビク、っと痙攣してゴブリンは息絶えた。


ゲスト:はッ、マジ。これ死んでるのか。


ゲスト:俺、看護師だけど、アレ、間違いなく死んだ。


ゲスト:やるじゃん。タケちゃん。でも、地味でクソつまらねぇのはかわんねぇぞ。


 ふっ、何とでも言えよ。それにしても、助かった。

 俺はリスナーに気づかれないように、そっと、ため息を吐いた。

 これから俺の異世界バトルが始まるぜ。にしても、この動画アップロードできるかなぁ。ブツは見えてるし。モザイクかければいけるか。

 さぁ、締めのあいさついくか。


「ふぅぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス、イエス。どうだ、学生時代に鍛えたこの肉体で、ゴブリンを殺したぜ。ちゃんと見てくれたか。ふぅぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス、イエス」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る