エピソード6 水の記憶は復讐の炎に揺らぐ②

 ドアの陰から覗き見るとパラムが誰かと対峙していた。

 杖を振り回しながらなにやら奇声を発しているパラムのことを、その人物は黙って見据えているのだが、なんかどっかで見たことのある人のような気がする。


「きぃぃぃぇぇぇええええええええい! ちょいやあああああああああっ! 誰が悪しき魔女ですかっ! あなたの方こそ悪い人なんじゃないですか? いえ、そうに決まっている、なにより人相がそれを物語っている! ええいっ、まずは名を名乗れえいっ!」

「ふざけたことを、魔女風情に名乗る名など持ち合わせてはいない」

「むむむ、さっきからあなた。私達、魔法使いのことを馬鹿にしていますね?」


 なにやら険悪なムードの二人、どうやら相手は女性のようなのだが、あの人は一体なんなのだろうか? て言うか、なんか甲冑着こんでね? やばい奴なんじゃね?


 すると銀髪の甲冑女が鞘から剣を抜き、その切っ先をパラムに向けて言い放つ。


「きさまっ! 昨夜は、どこでなにをしていた?」

「はあ? 初対面の相手にいきなりなんですか? 失礼な奴ですね。まあいいでしょう、私は人が出来ているので、そのような不躾な質問にもお答えして差し上げましょう」


 人の出来た奴が深夜に人んちに侵入して子作りしようだなんて言うか。と言うツッコミは置いといて。


「私は昨夜、あの男性の家にお泊りをしていました」


 パラムは小屋の方へ振り返り、ドアの陰から覗いていた俺のことを指差しながら言う。


 おい、その言い方はなにか誤解を生みかねないからやめろ。しかもちょっと恥ずかしそうにしながらもじもじすんじゃねえ。


 すると甲冑女は真っ赤になりながら、俺のことを睨みつけて喚きちらしてきた。


「な、なななな……。なんという破廉恥なっ! こんな未成年の子供を、私のアパートに連れ込んで情事に耽るとは……」


 は? 今なんて言ったこの女。て言うか、真に受けてんじゃねえよっ!


 それを見てパラムがなにやら得意気に、ふふんと胸を反らしながら甲冑女のことを見下すような顔をしているのが意味わからなかった。


「そこの男っ! 隠れていないで出てこい卑怯者! 魔女とはいえ、婦女子を盾にこそこそと、男の風上にもおけない奴だっ!」


 ああ、はいはい。男が、女の癖にとか言うと、セクハラだの女性蔑視だの言う癖に、男のことは男らしくないとかそういう性差別するんだよな、ああやだやだ。うんざりしながら振り返ると、マダムは知らん顔をしていた。と言うか、あれ? このババア寝てねえか?


 相手は一人みたいだし、武器は持っているもののあれが本物とは限りない。まあ偽物だったとしてもあんな鉄の棒で殴られたら痛いだろうけど、女性ということもあり俺は出て行くことにした。


「べつに隠れていたわけじゃない。ちょっと出るタイミングを失って……て、あれ? 大……家さん?」

「え? あれ? もしかして……。田中さん?」


 小屋を出て近くで見ると、その甲冑女は俺の住んでいたアパートの大家さんにそっくりであった。


 あのきりっとした目も、すっと通った鼻筋も薄紅色の唇も、大家さんこと、木紫藤きしどうすみれさんに瓜二つであった。ただ違ったのは、長い黒髪が銀髪であることと、なぜか中世の騎士のような恰好をしていることであった。


「な、なんで田中さんが?」

「や、やっぱり大家さんなんですか? どうして大家さんがこんな所に?」

「田中さんこそ、どうしてこんな所で、ここは幽世である魔女の森なんですよ。普通の人間がこんなにところに……。まさかっ!? 昨晩、アパートに火を放たれた時に、魔女に連れ去られたのですかっ!?」


 あああああああああっ! 忘れてたああああああああああっ! そうだった。すっかり忘れていたが、俺んち、て言うか大家さんのアパート全焼したんだった。しかも、俺と言うかパラムが原因で。


 どう説明したもんかと悩んでいると、大家さんはなにを勘違いしたのか。俺がパラムに誘拐されたのだと思い込み、怒りを露わにする。


「きさまあああああああっ! 我が家に火を放つだけでは飽き足らず、一般市民を誘拐してなにを企んでいる? まさか? 人の家を燃やした後に、錬金術の人体実験にでも使おうとしていたのか? おのれ放火魔女めえええええええええっ!」


 あぁぁぁぁぁ、お怒りですよ。これは完全にお怒りですよぉぉぉ。特にアパートを燃やされたことに対してぇぇぇ。


 するとパラムはまったく反省した様子も見せずに、いやむしろ、なにか呆れた様子で小首を傾げながら大家さんに向かって言い放った。


「はあ? なにを言っているのですか? 部屋の中で魔法を使えと言ったのはそこに居るかずきさんですよ?」


 ちょっと待ってくださいよパラムさん? なにを言っているのですかいきなり?


 その言葉に怒り心頭だった大家さんの動きが止まる。そして無表情のままなにやら考え込んでいるようだが、頭をぶるぶると振るとなにを馬鹿なとパラムに言い返す。


「はん、騙されるものか魔女め。そうやって田中さんに罪を擦り付けようとしているのだろう」

「そんなわけないじゃないですか。事実を言ったまでです。私が魔法使いであると信じられないから、火を出してみろと言ったのはかずきさんです」

「ちげえよっ! 魔法で雨を止ませてみろって言ったんだよっ! あ……」


 なんか流れでうっかりツッコミを入れてしまった。


 俺は恐る恐る大家さんの方を見るのだが……。



「へぇ……田中さんが、やれって言ったんだぁ?」



 そこには満面の笑みを浮かべる大家さんが、恐ろしい殺気を放ちながら俺のことを見ているのであった。



 つづく。

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