エピソード5 水の記憶は復讐の炎に揺らぐ①

 その日は朝からとても暑かった。


 とは言っても子供にとってはそんなことは些細なことで、田舎のおばあちゃんちに来ていた俺は裏の山に虫捕りに行きたかった。

 しかし山には鬼ババが出るから一人で入ってはいけないと言われたので、俺は一緒に行こうと父親にせがんだのだが、今日は無理だと言われ泣く泣く家の中で遊ぶしかなかった。まあ、山に鬼ババが出ると言うのは、危険な場所に子供が一人で行かないようにする為の方便だろうが、子供にとっては充分に効果のあるもので、俺は大人達の目論み通り山には近づかなかった。

 家の周りであれば一人で遊んでいても怒られないだろうと、軒先の道路に出ると小石で絵を描いたり、靴をどこまで飛ばせるか等、まあひとしきり子供のしそうな遊びをしていたのだが、ふと空を見上げると見たこともない大きな蜻蛉が真上を飛んでいるいるのに気が付いた。


 オニヤンマだっ!


 俺はレアモンスターでも発見したかのように大喜びでそれを追いかける。当然追いかけても追いかけても届かないのだが、オニヤンマがくるりととんぼ返り。その動きに合わせて振り返ると、いつの間にか知らない場所に来てしまっていた。

 どうやら知らず知らずの内に山の中に入ってしまったようだ。すぐに引き返さなくてはと思うのだが、どこをどう来たのかまるでわからない。ジリジリと照り付ける太陽と降り注ぐ蝉時雨の中、俺はなんだか怖くなってきて泣き出しそうになったその時。


「きみ、どうしたの? こんなところで何をしているの? 声のする方へ振り返ると、そこにはまるで空から舞い降りた天女のような女の子が居た。俺は思わずその美しさに息を飲む、その女の子は私はパラムあんたの名前は、あいたあああああああああっ!」


 モノローグのように俺の子供の頃の夏休みの想い出風に語っていたパラムであったが、途中から脱線し始めたので頭を引っぱたいて止める。


「なにが天女のような女の子だ。あの日の想い出はそんなんじゃねえよ」

「いたたた。なにも頭を叩くことないじゃないですかあ!」


 涙目で抗議してくるパラムであったが、マダムポッピヌも飽きれた様子でそれを見ていた。


「じゃあ、あの日のことをかずきさんは覚えているんですかあ?」

「そ、それは……。いまいち記憶にない」

「そうでしょうそうでしょう。なんてったって、一回死んでますからね。それを私が魔法を、とっておきの秘術中の秘術を使って蘇らせてあげたのですから感謝してくださいね!」

「だからそれが信じられないってんだよ。川で溺れたのは確かだけれど、それで一度死んで蘇生したなんて話し親からも聞いてねえぞ」

「でも、私がそれを知っていたという事実、それは覆せないでしょう? ここまでに来る間にかずきさんとはそんな話していないんですから」


 確かにそうだが、そもそもこいつは初めて会うのに俺の名前を知っていたんだ。ひょっとしてストーカーかなにかなのか? 人の過去まで調べ上げてマジできめえなこいつ。


 すると黙って聞いていたマダムが口を開く。


「小僧、水に関するなにか暗示のようなものを体験したことはないか?」


 その言葉に俺はまたも驚く。水と言えば子供の頃からよく見る夢、あのことをマダムに言い当てられたようなそんな気がしてしまう。それが態度に出ていたのか、マダムは俺のことをギロっと見据えて再び聞いてくる。


「なにか、心当たりがあるのかえ?」


 強く言われて、これは誤魔化しきれないと思い。なにより、あの夢の正体がもしかしたら掴めるかもしれない、そんな淡い期待が胸に浮かび始めて。俺はあの夢のことを全てパラムとマダムに聞かせた。


「なるほど……どうやら記憶は少し残っていたようですね」

「どういうことだよ?」

「どうもこうもないですよ。水の中、沈みゆくかずきさんが手を伸ばすと誰かがそれを掴み引き上げる。それはっ! 紛れもなくこの私でしょうっ!! まあぶっちゃけ私は泳げないので、川辺に打ち上げられたかずきさんを引き上げただけなのですが」

「おい待て、おまえなんて言った今?」


 パラムは俺のことを無視すると、椅子から立ち上がりくるりと俺に背を向ける。


「これでわかったでしょう、私の言っていることが嘘ではないと! さあ、もう時間がありません。かずきさんにかけた蘇りの秘術の切れる時間が迫ってきています。その効果を永続させる為に、私達はこれより禁忌の秘境へと足を踏み入れ。魔女の秘宝と呼ばれている“無限の財宝”を手に入れに行かなければならないのですっ!」


 杖を振り上げ大声を張り上げるパラムであったがなんだか納得いかねえ。やっぱりおかしいだろこいつの言ってること、肝心なところはぼかして全然わからねえじゃねえか。


 もういい加減付き合いきれないので帰ろうと立ち上がったその時、突如マダムが声を上げた。


「侵入者だ。パラム、何者かがこの森へ入って来おったぞ」

「そんな!? マダムの結界が解かれたのですか? そんなことができるわけ」


 なにやら二人は鬼気迫った様子で話しているのだが、なんの話をしているのか俺にはさっぱりわからなかった。するとパラムが駆け出す。


「仕方がありません迎え撃ちますっ!」

「お待ちパラムっ! 殺すんじゃないよっ!」

「がってんしょうちょのすけですよマダムっ!」


 え? なんか今、すっげえ物騒なこと言わなかったか? 聞き間違いならいいのだが、パラムが小屋から飛び出すと外から何者かの怒声が聞こえてくるのであった。



「おのれ悪しき魔女めええええええっ! 絶対に許さぬぞ、きさまから受けたこの屈辱っ! 我が剣を持ってして、返してくれるわああああああっ!」




 つづく。

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