エピソード2 マジカルガール・バーニング

「不束者ですがどうぞよろしくお願いします」


 布団の上で三つ指を突き頭を下げる女の子は、頬を染めて恥ずかしそうにしながら少し上目遣いで俺のことを見上げる。

 何を言っているのかよくわからない。といった感じで俺が返答に困っていると、女の子は小首を傾げて四つん這いになりながら迫ってきた。


「と言うわけで、早速ですが子作りを」

「なにが早速なのか全然わからないんだけど?」


 ちょっと引き気味に答えると、女の子は驚いた様子で捲し立ててきた。


「はあああああああ? さっきの私の説明ちゃんと聞いてましたかっ!?」

「は、はぁ、まあ……」

「じゃあなんで早速しようと言うのがわからないんですかっ! 死んじゃうんですよ? 来月の誕生日にかずきさんは死んじゃうんですよっ! わかります? 死んじゃうって意味」

「いやまあそれはわかるけど、なんで誕生日に死ぬの? ていうか君、誰? 怖えよいきなりっ!!」



 深夜に突如人んちの窓ガラスをぶち破って転がり込んできた謎の少女。あんなに大きな音が鳴り響いたにも関わらず、このアパートの住人は誰一人として部屋から出てこなかったのが現代社会の闇の様な気がするよ。もう少し他人に感心持とうぜ。

 それはともかく、少女が気を失ってしまったので俺は布団に寝かせると部屋の片づけをしたのだがなんと外は豪雨。窓ガラスを失った今、俺の部屋には雨を遮るものがないのだ。なんとかダンボールを貼り付けてガラスのあった部分を塞いだのだが、一晩もってくれるか不安ではあった。

 そうこうしている内に少女は目を覚ますと、俺が田中かずきであることを再度確認してから、とんでもないことを言いだしたのであった。


「いやいやいや、ありえないでしょ? なんでいきなり見ず知らずの男の家に飛び込んできて子作りしようって……て言うかなに? 新手の美人局かなにか?」

「違いますよ失礼ですね。いいですか? もう一度説明しますからちゃんと聞いていてくださいね。田中かずきさん、あなたは来月の誕生日に死んでしまう運命にあります。僅か二十歳という若さでこの世を去ってしまうのです。ですから、あなたが生きたという証の為に子孫を残そうと言っているのです」


 もうやだ怖い、なんなのこの子? こんな年端もいかない女の子が知らない男と子作りをしようだなんて、援助交際かなにかなの? 警察に連絡したほうがいいかな? て言うかこの状況で警察なんて呼んだら俺が疑われたりしないだろうか? よくある話だ。家出少女を可哀想だから自分ちに連れて行ったら、いつの間にか犯罪者になっていたってやつ。


 未成年者略取誘拐監禁事件。


 俺は今、そんな犯罪者の仲間入りをしかねない状況にある。なんとかしてこの頭のおかしい中学生にお引き取り願わなくてはならない。


「いやあの、その、間に合ってるんでいいです」

「嘘吐かないでくださいっ! 私は知っているんですよ。かずきさんの彼女いない歴=年齢であって、もうすぐ成人を迎えようというのに童貞であることを。成人なのに性人ではないと言う事をおおおおおおおっ!!」

「うるせえええええっ! 夜中にデカい声でつまらねえダジャレを叫ぶんじゃねえっ!! 大体何? え? なんで俺死ぬのよ? なんでおまえがそんなこと知ってるんだよっ!?」


 俺の問いになぜか少女は恥ずかしそうにすると、両手を頬に当ててクネクネと身体を揺らし始める。


「お・ま・え。だなんて。そんな昭和な呼び方がいいんですか? わかりました。であれば私も、半歩後ろをついて歩くような大和撫子になりますわ」


 ダメだこいつ。なんか色々と変な方向に妄想して、人の言うことをちゃんと聞かないタイプだ。これはもう直接的にガツンと言うしかないだろう。


「帰れ」

「え?」

「今すぐ俺の部屋から出て行ってください!」

「なんでですかあっ!? こんな美少女と合法的にえっちできちゃう最後のチャンスなんですよっ!?」

「完全に違法だからっ! お願いしますもう帰ってください! 俺は犯罪者にはなりたくないんです!」


 最終的には懇願するように言うのだが、少女は困ったような顔をするとポンっと手を打ちニコニコしながら言い放つ。


「それならば大丈夫ですよ。私は魔法使いですから、人間の法が及ぶようなことなんてありません」


 あああああああ、完全に頭の逝っちゃってる子だったあ。言うに事欠いて自分のことを魔法使いだとか言いだした。本当は三十路を越えた童貞のおっさんなのか? そしてついに魔法少女になれたってか?


「んなわけあるかあああああああっ!」

「本当ですよ。ほらっ! この帽子、とんがり帽子! 魔女っぽいでしょ?」

「なんのコスプレだよ! アキバで買ったのかっ!?」

「違います! これはおばあちゃんに貰った魔法の帽子ですっ!! それにほら、魔法の杖も持ってますよ?」

「随分と器用なんだね。こんな小道具を自分で作るなんて」


 少女は頬を膨らませて、むぅぅぅぅううううっと呻っている。どうやら自分が魔法使いであることを信じない俺に怒っているようなのだが、本気で魔法を使えると信じ込んでいるのだろうか? 厨二病かよ。て言うか厨二病であってもここまで重症なのは本気でやばいと思うぞ。

 そこで俺は、だったら魔法を使って見せろと言ってやることにした。これでなにもできなければ、自分が嘘を吐いていると認めざるをえまい。


「だったら、魔法を使ってみせろよ」

「え?」

「魔法使いだってんなら魔法の一つでも使って、そうだな……。この雨を止ませてみろっ!」


 ふふふん。どうだ、そんなことを出来るわけがない。雨を止ませるなんてことが普通の人間にできるわけがないだろう。


 俺がドヤ顔で見ていると、少女はすっくと立ち上がり杖を手にダンボール窓の前まで行くと言い放った。


「いいでしょうっ! 私の魔法と、この魔法の杖ギアムを使って、あの雨雲を吹き飛ばしてやりますっ!」


 少女は鼻息を荒げながらダンボールを引っぺがすと呪文を唱え始める。


「混沌より生まれし破壊の王よ。我が血の盟約をもって汝に命ずる。天をも穿つ炎帝の柱をここに顕現せよっ!」

「ちょちょちょちょちょっと待て待て待ていっ! いいからダンボールを元に戻せよっ!! 部屋の中が雨で濡れるだろうがあああっ!!」

「うるさいですねっ! 集中できないから黙っていてくださいっ! いきますよっ! バーニングゥっ、ヘルっ! フレアアアアアアアアアアッ!!」


 なんかどっかで聞いたことのあるような魔法を唱えると少女の翳した杖の先が発光し、巨大な火球が窓枠と言うか部屋の壁を突き破り上空で大爆発を起こすのであった。





「どうですか? 見事、雨雲を爆発霧散させてやりましたよっ! かずきさん、ねえ? かずきさん? 聞いてますか? かずきさんっ!」



 少女の杖に掴まり見下ろす我が家。アパートの惨状を見て、俺は血の気が引くのであった。



 つづく。

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