第二場 We can do it!
「あたしを助けるって、どういう意味……」
問いかけに答える代わりに、メイドはゴミ捨て場から一歩踏み出した。ワンストラップシューズの足音を響かせて、早苗の顔を見据えて柔らかく微笑む。
「先ほど、大丈夫じゃないと仰いましたので」
「それはあんたと関わりたくないからで」
「なぜでしょう?」
少女は丸い目を見開いて、不思議そうに小首を傾げた。そして、これまで他人から邪険にされたことがないとでも言うように、純朴な瞳で早苗を見つめてくる。その仕草はまるで小動物のようだった。
「なぜって……」
言いかけて、早苗は答えに窮した。おそらく彼女は本当に、他人から邪険に扱われたことがないのだ。なにせこの美貌だ。持ち前の美しさを振りかざそうものなら、世の男どもは間違いなく首を縦に振ったことだろう。女である早苗でさえ、これほどの可愛らしさで迫られれば、拒絶するのもひと苦労する。
言い淀んでいた早苗の口元を見て、少女は「ああ」と何かに気づいたように尋ねてきた。
「私が、記憶喪失だからでしょうか」
「は……?」
思わず声を上げた早苗に、少女はメイド服のポケットからカードを取り出した。ペンギンが描かれた、何の変哲もないICカードだ。
「気がついた時には、これだけ持ってここに立っていたんです」
他には何もないとばかりにポケットをひっくり返して、メイドは告げた。黒のロングスカートにも、上に羽織った白いエプロンドレスのポケットにも何も入っていない。
「名前は?」
「分かりません」
「歳は?」
「分かりません」
「住所とか、学校とか」
「すみません、それも」
「警察には?」
「それは、なんでしょう……?」
物憂げに視線を逸らして少女は答えた。
名前も年齢も、住んでいたところさえ覚えていない。挙げ句、警察のことすら分からないという。発言を信じるなら、彼女の記憶はポケットの中身のように空っぽだ。
が――。
「アホらし」
早苗はそれ以上考えるのをやめた。記憶喪失はフィクションの世界では
それに。本当に記憶を失った人間と、それを騙る人間を証明する手段はどこにもない。人は、他人の心を覗けないのだ。
「悪いけど、ご主人様なら他を当たって。あたしはあなたを飼えるほど余裕がない。経済的にも、精神的にも」
「そうですか……」
少女は力なく苦笑して、拒絶されたにもかかわらず小さく一礼した。そして再び、段ボール箱の中に戻る。誘蛾灯のスポットライトの真下で、手に持った唯一の手掛かりである無記名Suicaに視線を落とした。
「じゃあ、気をつけてね」
せめてもの情けとかけた別れの言葉にハッと顔を上げて、少女は弱々しい笑顔を作った。
「はい、お姉様も」
早苗は踵を返し、歩き出した。背後に突き刺さる視線に後ろ髪を引かれないよう、ただ前を向いた。ふわふわのストロベリーブロンド、薄明かりの許でも分かるほどの淡い瞳の色。新雪のようにきめ細やかな肌。華奢な体躯。メイド服。それらすべてを考えないで済むように、最も強烈な記憶を思い出す。
『浅いよね、ネーミングって大切なのに』
『正直、盛り過ぎでリアリティないから冷めるよな』
『あっははは! クッソくだらねえ! ゲロみてえ!』
地獄のような合評の
他人をやり込めて悦に入るような男子生徒達の
だが、早苗の意識はすぐに別方向へ突き動かされた。
『泣いているんですか?』
鮮明なフラッシュバックだった。回想シーンに割り込んできたメイドは、すぐに早苗の思考を占拠した。思い出されるのは彼女の姿、彼女の言葉。そして、あまりに弱々しい笑顔。
――あたしは、何を考えているんだろう。
あの捨てメイドは、この後どうするのだろうか。
もし、この道を誰かが通りかかるたび、彼女は助けを求めるのだとしたら。
もし、それが心ない人間で、彼女の純朴な瞳を穢すような人間だとしたら。
膨れ上がったもしもが、早苗の良心に殴りかかってくる。庇護欲をかき立てる彼女はきっと、良い人間も悪い人間をも虜にしてしまうだろう。
――それでいいのか。本当にそれでいいのか、内古閑早苗。
「ああ、もう……!」
自宅近くまで歩いてきたところで、早苗は再び踵を返した。そして先ほどよりも早足で、小走りになって来た道を引き返す。自分でも何を考えているのか分からなかった。夜道を走っている間も、何度となく葛藤を繰り返した。そのたびに弱々しい笑顔が浮かび、常識的な選択肢を塗りつぶす。
まさにこれこそ『青春のミステイク』だった。
まともでないことは早苗にも分かっていた。見ず知らずの記憶喪失のメイド服の少女を連れて帰ろうなんて、あまりにもどうかしている。それでも足は止まらず、それどころか次第に速くなる。足のもつれも呼吸の苦しさも、何の妨げにもならなかった。
はたしてそこに、彼女は居た。誘蛾灯に照らされて、段ボール箱の中で小さくうずくまっている。幸いにして、彼女に群れる蛾は居なかった。思いのほか乱れた呼吸を整えて、早苗は言葉を探しながら声を掛けた。
「ねえ」
早苗の声に顔を上げたメイドは、明るく、しかし弱々しく笑った。
「またお会いしましたね」
だがそこで、早苗は返事を喉に詰まらせた。数言のセリフで事足りるはずなのに、それすら出てこない。
「どうかしましたか?」
立ち上がったメイドに早苗は歩み寄った。自身が異臭を放っていることも、メイクが滅茶苦茶になっていることも忘れて、メイドの手を掴んだ。
「あの……?」
「……ついてきて」
言えたのは、たった一言だった。もっといいセリフがあるはずなのに、素っ気なくて、意図を取りにくいダメなセリフしか浮かばない。脚本の才能のなさを呪ってしまう。
「それは、助けてくれるということですか……?」
それでも、彼女は意図を理解した。早苗はカラカラに渇いた喉を封印して、ただ頷く。そして、それ以上何も言わないで済むよう、彼女の手を引いた。
「分かりました、ついていきます」
それからは無言で、早苗は足早に歩き出す。花冷えの夜に晒されていたメイドの手は、ほんのりと温かかった。
*
東長崎、六畳一間のボロアパート。早苗が起居して三年目の春の夜に、初めての客人が訪れた。
「お邪魔します」
出しそびれたゴミでぐちゃぐちゃになった玄関に靴を揃えて、メイドは足の踏み場もない部屋に立った。
「適当に座ってて」
おざなりに言い残して、早苗はひとりシャワーを浴びた。異臭のする全身を皮膚ごと削ぎ落とすように強く擦る。シャンプーとボディーソープが異臭を洗い流しても、脳裏に焼き付いたゲロみたいという笑い声は消えてくれなかった。
部屋着に着替えて風呂場を出た早苗が見たのは、その場から一歩も動かず突っ立っているメイドの姿だった。
「なんで立って……?」
早苗の言葉に、メイドは足元を見回した。が、すぐに顔を上げる。
「どこに座ればよいでしょう」
「ああ……」
無理もない、と早苗は頭を抱えた。ひとりでも手狭な六畳一間は、ゴミや衣類、教科書や映画グッズでごった返している。キッチンシンクにはいつ使ったか思い出せない食器類が地層を成し、トイレも風呂場もどこもかしこも人に見せられる状況ではない。かのハンニバル・レクターでも記憶の宮殿作りを諦めるほどの乱雑ぶりは、ひとり暮らしの恥部、まさしく恥層だ。
早苗は無言で着替えが溜まった場所を片付けて、薄汚れたラグを掘り返した。一人座れるスペースを作って、ここだとばかりに指を指す。
「ん」
「なるほど、そういうシステムですか」
感心した風な声を漏らすメイドを無視して、早苗は積んであったDVDのパッケージを開けた。慣れた手つきでディスクを取り出し、プレイヤーの中に流し込む。
「それは?」
テレビをつけて操作し、DVDのメニュー画面を頭出し。くたびれた大判のタオルケットを恥層から引っ張り出して頭からすっぽり被り、部屋の電気を落とした。
これは、早苗が映画を鑑賞するときのルーティーン。
「なにかが始まるんですか?」
キョトンとした様子のメイドの隣にどっかりと腰を落として、早苗は再生ボタンを押す。
「映画。知らない? ってか、覚えてないのか」
「はい」
メイドの答えと共に、DVDの注意書きが表示された。部屋を明るくして離れて見る気などさらさらないとばかりに、早苗は暗い部屋の中、上体をテレビへ近づける。
「私も、ご一緒していいですか?」
妙な言いぐさだ。部屋で映画を見るのにご一緒もない。見たければ見ればいいし、嫌なら目を背けておけばいいだけの話だ。
「勝手にしたら?」
「では」
そういうと、メイドは早苗が被ったタオルケットの中に潜り込んでくる。
「温かいですね」
ご一緒の意味をまるで取り違えてしまった早苗は、目と鼻の距離に潜り込んだメイドの顔を横目に見た。自由の女神と地球のロゴに照らされた横顔があまりに美しくて、思わず見とれてしまう。
「あ、なにか始まりましたよ」
隣で瞳を輝かせるメイドの声にハッとして、早苗はテレビ画面に集中した。
――映画、『プロデューサーズ』。ミュージカルの本場、アメリカはブロードウェイを舞台にした、二人の男のサクセスストーリー。早苗が映画監督になりたいという夢を抱いた憧れの作品にして、現在進行形で苦しんでいる元凶だ。
フェードイン。60年代のニューヨークの空撮イメージ。ズームアップしてタイムズスクエアを映しながら、カメラは物語の舞台、ブロードウェイの一角にある劇場の外観を捉える。
外に掲げられた看板で、この日が舞台の初日だと分かる。満員の劇場から出てくる観客達は、あろう事か初演のミュージカルを完膚なきまでに扱き下ろす。「最低最悪のショー」「低俗でくだらない」「くたばれ」と英語で朗々と歌い上げ、この作品はスタートする。
「あは、面白いですね」
メイドは、ツカミのミュージカルシーンで心を掴まれていた。観客達がひどい言いぐさでミュージカルを扱き下ろすたびに、小さな「くす」という声が漏れる。字幕スーパーを追っている早苗は、「くす」と笑うメイドのタイミングが早いことに気がついた。
「英語分かるの?」
「あ、ホントですね。分かるみたいです」
記憶喪失には程度があると聞き覚えがあった。何もかもを忘れてしまうこともあれば、言葉は覚えているというケースもあるらしい。
「あはは、そこまで言わなくてもいいのに……」
メイドはネイティブの発音を聞き分けてころころ笑った。出逢ったばかりのメイドと一緒に映画を見るという生涯ないはずの体験なのに、早苗にはそれが何故だか懐かしく思えた。
「面白い?」
「ええ、とっても! 映画って素敵ですね!」
瞳を煌めかせるメイドに、早苗は言葉を詰まらせた。
映画が面白いのは、それが才能の結晶だからだ。優秀なスタッフをかき集めて公開される映画の水面下には、箸にも棒にもかからないような駄作が山を成している。それこそ最低最悪で低俗でくだらない、オリジナリティの欠片もないゲロみたいな作品群。
「どうかしました? 泣いていますけど……」
メイドに悪気がないことは分かっていた。彼女はただ純粋に、映画の楽しさを褒めたのだ。それでも、早苗の心を突き刺すには充分だった。
早苗はテレビから視線を逸らさずに語り出す。
「映画作ってるんだよ、あたし」
「すごいです! こんなものを作れるんですか!?」
比較対象が違いすぎる。早苗はすぐに訂正した。
「いや、あたしが撮ってるのはもっと短くて。それで、つまんなくて……」
「そうなんですか?」
「……そうだよ。あたし、才能ないんだ。からっきし」
映画学科に居た二年間で泣きたくなるほど痛感した。故郷の長崎でちょっとした映画通を気取って、「自分ほど映画愛にあふれた人物はそう居ないだろう」と高をくくっていた早苗は、入学後最初の授業で愕然とした。教授達が語る作品を、ほとんど見たことがなかった。見ていた作品であっても、早苗よりも深く細かく掘り下げられていた。極めつけは、生徒達が当然のように話す専門用語だ。どれもこれもついていくことができず、気がついた時には内古閑クオリティと叩かれている。
「監督になりたいのに、なれないんだよ……」
堰き止めていた思いが目からこぼれ落ちた。流れたままの映画は視界が歪んでよく見えない。音と記憶だけで、二曲目のミュージカルシーンに突入したことだけは分かった。
落ちぶれた中年プロデューサーが、相棒となる男を口説き落とそうとするシーン。早口で「
「どうしてなれないんですか?」
「才能がないから」
「どうして才能がないんですか?」
メイドは言葉を覚えたばかりの子供のように「どうして?」を連発した。そのたびに早苗は心を抉られるが、不思議と言葉がするする出てきた。すべて吐き出してスッキリしたかったのかもしれない。
「……あたしは話を書けないし、演出もできない。コンテも編集も音響も、ぜんぶ狙いを外すから。才能がないって証拠だよ」
「はあ」
メイドは生返事をして、映画に見入った。物語は進み、とうとう主人公が自身の思いを吐露するミュージカルシーンに差し掛かる。上司から虐げられていた会計士の主人公が、自身の夢に気づくのだ。「|I wanna be a producer《プロデューサーになりたい》」と、ベビーフェイスの俳優が決意を歌っている。
「でも、なりたいんですよね? 才能はないのに」
「なりたいよ……。諦められないよ……」
とうとう嗚咽を漏らして、早苗は泣き始めた。誰でもいいから、甘えたかった。早苗は肩を寄せてきたメイドに抱きついて、彼女の薄い胸に顔を埋める。
「それは、困っちゃいましたね」
自分よりも若いメイドに頭を撫でられながら早苗は泣いた。柔らかく温かいメイドの手櫛が、早苗の髪を整えていく。早苗はしばらくそのまま、映画の音声だけを聞いていた。
「大丈夫ですか?」
映画が中盤に差し掛かったころ、メイドが柔らかな口調で問いかけてきた。あの時のような虚勢を張る元気は、今の早苗にはない。
「……たぶん、ダメ」
「そうですか」
突き放したとも同意したとも取れない不思議な温度の声だった。まるで母親が子供をあやすときのような、ただ見守っているという風にメイドは応える。
早苗は、いつかのことを思い出した。
『だったら、あなたを助けさせてください』
メイドはあの時、そう言った。彼女は、早苗が大丈夫じゃないなら助けてくれる。その約束がまだ生きているとしたら――
「大丈夫じゃないから助けてよ、メイドさん……」
聞こえないような小声で、早苗はつぶやいた。その途端、早苗はメイドに押し倒された。
「ちょっ……!?」
洗濯物の山に仰向けになった早苗は、テレビの照明に照らされたメイドの横顔を見て驚愕した。
ビスクドールのような少女然とした印象は、もうどこにもなかった。重く半開きになった瞼は、眠たいからではない。瞼の奥の双眼はしっかりと早苗を見据えている。腫れぼったい唇は、キスを連想させるように尖っていた。
「な、なに……!」
「貴女を夢中にさせたいんです」
「ど、どういうこと……!?」
狼狽える早苗の額をメイドの手がなぞった。羽が触れたかのような柔らかな感触が、額から頬、首筋から胸元へとゆっくり下ろされた。愛撫だ。そして、メイドの顔が近づいてくる。
「貴女を夢中にさせたいんです」
「や、ちょっと待って……! そういうのは、心の準備がさあ!」
近づくにつれて、吐息と髪の毛の甘い匂いが早苗の動きを封じる。わずかに尖った唇が、ゆっくりと早苗の口元へ近づいた。
早苗は思わず、目を瞑った。
キスされる――。
「……あの、どうでしたか?」
唇同士が触れ合うことはなかった。何が起こったのか事態を呑み込めない早苗は、変な声を出すことしかできない。
「え……」
「えっと、あの女の人を真似してみたんです」
メイドが指さした先、テレビには女優の姿が映っていた。映画『プロデューサーズ』の紅一点――ちょっと語弊はあるが――ユマ・サーマン。スウェーデン訛りの英語を話す妖艶な美女であり、主人公と恋に堕ちる事実上のヒロインだ。
「真似……?」
その時、早苗は気づいた。彼女がユマ・サーマンのモノマネをしていたことに気づいたのではない。
彼女の持つ、ひとつの可能性に。
「あんた、その芝居とセリフ、どこで……」
「だから映画ですよ。あの女の人のモノマネです」
「ウソつかないでよ、今のはあんたにできるような芝居じゃない」
「そんなに似てませんでしたか――きゃっ!?」
がっくりと項垂れたメイドを逆に押し倒して、早苗は早口でまくし立てる。
「じゃああんたは、ユマ・サーマンの……彼女の芝居を真似しただけって言うの!? 初めて見た映画のあのワンシーンを!?」
「な、なにかいけないことをしてしまいましたか……?」
早苗は首をぶんぶんと横に振って、メイドの両肩を掴んで告げた。
「あんた才能あるよ! うちの学校の演技コースの……いや、世界中の誰よりも!」
「才能……ですか……?」
「そう、すごい才能! カワイイし、絵になるし、芝居もできるんだよ!? あんたなら世界最高の映画人になれる!」
どんな人間の心をもとらえて離さない、子供と大人がちょうど交わる頃の少女が持つ、愛らしさと美しさ。自然体でも充分絵になるのに、ひとたび芝居をすれば妖艶な美女へ変わる。おそらく他の映画を見れば、彼女は13歳の少女にも、80歳の老婆にもなってしまえるだろう。
彼女は、二物を与えないとされている神さまが、道楽で造った美術品。この世ありとあらゆる美のギフトを、てんこ盛りにした美少女だ。
早苗の熱の篭もった言葉に、メイドは柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、私の才能があれば、あなたを助けられますか?」
メイドの言葉に、早苗は生唾を飲んだ。彼女ほどの才能があれば、どう撮っても作品になる。むしろ彼女の才能を殺すことの方が難しい。ただ物憂げな姿で段ボール箱に入っているだけで絵になるのだ。
「それは……私の撮る映画に出てくれるってこと……?」
「はい。
上体を起こして、メイドは早苗と向き合った。テレビに照らされたメイドは柔らかく、朗らかに微笑んでいた。
「私達ならできる、か……」
早苗の心音は急激に高まり、瞬間何かが爆発した。才能がないという言葉でフタをしていたインスピレーションの泉が、知識の引き出しが一斉に飛び出した。彼女を撮るならどんなシナリオにすべきか、どんな演出、どんなコンテで、どんなカメラワークを使えば美しさを最大まで引き出せるのか。
これまでの映画作り演習で、これほどの興奮を味わったことはなかった。目の前にいる才能の塊をどう描くべきか、そんなことで頭がいっぱいになる。
「あなたが大丈夫になるまで、お側で仕えていいですか?」
答えは決まっていた。
「お願い、側に居て! あたしがあんたを女優にしてみせるから!」
「はいっ!」
メイドの手を強く握って、彼女の晴れやかな顔を間近に見た。一番に撮りたい表情は、笑顔に決まった。
「あたし、内古閑早苗。あんた名前は? って、まだ思い出せない?」
メイドは頭を振った。
「映画を見ていたら、名前だけ思い出せたんです!」
そして、メイドは名前を告げる――。
「シャロンです。私の名前は、シャロン……」
「いい名前じゃん。女優みたいでさ!」
「ありがとうございます。えっと……早苗様!」
かくして、ふたつの才能は邂逅した。
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