本編⑦ ヤマダとトヨシマ
ギンヤ達一行を乗せたワゴン車は、高速道路を三十分程走った後、西三河市の山奥にあるインターでおりた。
しばらく山間部を走り続けていると、周りが緑に囲まれたこの場所には不相応なほどの、真っ白な建物に到着した。
「ほな、みんな降りよか。荷物忘れんようにな。忘れたらもらってまうでぇ。」
車が入り口の前に停まると、ヤマダが言った。
それに従い、新人たちはヤマダに続いて車を降りる。
トヨシマは五人が降りるの待って、少し離れた駐車場へ向かった。
降りた五人は、そのまま荷物をもって中に入っていく。
建物に入ると、室内は香ばしい、良い香りが溢れていた。カレーの匂いだ。
朝から説明会と移動で、昼食をとっていない新人の四人は、さらに空腹感をあおられたのだった。
「おなかすいたぁ。」
「そうだね。今から昼食かなぁ。」
移動中の車内ですっかり打ち解けていたミナとキヨコが、会話をしている。
ちなみに、ギンヤはなぜか睨まれた恐怖から、車の中では終始無言でひたすらデバイスに登録していたアーティストの音楽を聴いていた。
「ちょい、待ち。荷物おいてくるのが先やで。
ヤローどもはとっとと部屋につっ込んで、女の子らぁは楽しく話しながらいこか。」
ヤマダはそういいつつも、それぞれの部屋までしっかり案内をしてくれた。
合宿というからには何人かで相部屋なのだろうと想像していたが、一人ずつ、個別の部屋が用意されていた。
それぞれの研究スペースの確保と機密保持のためとのことだ。
部屋は四畳ほどの広さだったが、その中にベットと小さな冷蔵庫、それに端末が二台設置されていた。
ギンヤはとりあえずベットの上に荷物を置き、端末を起動させた。
一台はオンラインされており、もう一台はスタンドアロンのようだ。
オンライン端末は通常回線の使用以外にも、学内研究データ、大学協賛企業研究データの閲覧許可が登録されていた。
それぞれ許可レベルは五段階中の三段階までであったが、それでも膨大な情報量であることに変わりはなかった。
スタンドアロン端末には、今回参加する生徒の研究データが入っていた。全部で十三名分だった。よくよく名前を確認してみると、その中にギンヤは見なれた名前を発見した。カズヤ・オオノキの名前だ。
カズヤとは午前中に分かれてそれぞれの研究室に行っていたが、まさかこんなところでも合流することになるとは思っていなかったので、少し拍子抜けな気もした。
しかし、どちらかというと人見知りなギンヤにとっては、心強く感じる面もあった。
ギンヤが端末を確認している間にも、何台か車が到着していたようで、廊下からはがやがやと、声が聞こえ始めていた。
皆の研究データを斜め読みしていると、館内放送が流れた。
「昼食時間やで、新人諸君、食堂に集合したったあさい。」
ギンヤはおそらくヤマダだろう、気のヌケた放送を聞き、自室を後にした。
廊下を歩いていると、案の定、カズヤに見つかった。
「まさか、合宿まで一緒になるとはな。さすが親友だ。」
なにがさすがなのかよくわからない。
カズヤは早くも研究室の新人の中で、リーダー的な立ち位置に収まっているようだ。すでに何人かの取り巻きを連れていた。
しかし、残念ながらカズヤには、周りのメンバーを紹介するような気づかいは持ち合わせてはいない。ここであいさつ合戦をを始めるのも、何か変な気がする。
ギンヤは軽く会釈をし、そのまま見知らぬ何人かと一緒に、食堂へ向かうことにした。
食堂ではヤマダをはじめ、すでに顔を合わせていた同じ研究室のメンバーがいた。
ほかにも、何人かの参加者が揃って席に座っていた。
なんとなく、各研究室ごとに集まっているようだったので、ギンヤはカズヤと離れ、研究室のメンバーの元へ行った。
昼食のカレーはすでによそわれており、その香ばしい香りが何とも胃を刺激する。
ギンヤが席に着くと、あいさつなどはなく、早々に食事が始まった。
人と一緒に食事をするというのは、場を和ます効果があるようだ。
車の中では、ミナとキヨコが高校時代の同級生に共通の知人がいたとかの話で盛り上がってたが、それ以外は、ヤマダはトヨシマと合宿の内容の確認をし、セイジュウロウは黙々とデバイスや携帯端末をいじっていた。
それは、ギンヤが音楽を聴いていたからでもあるのだが、本人は気づいていなかった。
少し気まずい空気が流れだしたタイミングで、しびれを切らしたミナが、セイジュウロウに研究の話を振った。このことがきっかけとなり、各自の研究テーマの話で盛り上がったのであった。
ギンヤはキヨコの先程のことが気になっていたが、空気を悪くすることもないと思い。あえて触れないようにしておいたのだった。
話は研究テーマから、とりとめのない話に変わっていた。
そんな時、ギンヤはあることに気が付いた。
「ヤマダさん、そういえば、うちの研究所って何番目の研究室なんですか?」
「そういえば、集合の時も、研究室の番号記載されてなかったですね。」
セイジュウロウも気づいていたらしく、一緒に耳を傾けていた。
「それ、もう聞いてまう?
聞きてまうかぁ。
いま大学には二〇八個の研究室があるんやけど・・・、
なんと、うちはなんと、その、二〇八番目の研究室や。
どや、すごいやろ。」
・・・・・
自慢げに語るヤマダの姿に、かなり不安を覚えたギンヤ達一同であった。
番号が大きいということは、出来て間もないという事でもある。
実績や、積み上げてきた研究が少ないという事は、自分の研究を支える土台が緩いということを意味している。
みんないろんな理由はあるにせよ、大学へは自分の研究をより掘り下げるために来ているのであるから、ギンヤ達の不安はもっともなものであった。
新人たちの不安げな空気を察したのか、トヨシマが話はじめた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
うちの研究室って、成り立ちが少し変わっててね。
実はうちの担当教授って、コダマ学長だったりするんだよね。」
「「「「・・・ええっ!?」」」」
ギンヤ達の反応と、隣で聞いていたらしい数名の新人の声がハモった。
「ヤマダさんこう見えて、MRS関連の特許、十一個も持ってるし。
先週も京都工科大学の第一研究室に、手伝いで呼ばれてたしね。」
現在、MRS関連の特許取得は、各企業や大学の研究室が熾烈な競争を行っており、取得が極めて難しくなっている。十一個もの個人取得は、極めて異例である。
また、トヨシマの言った京都工科大学は日本トップの実力を持つ大学である。その第一研究室では、国家プロジェクトにかかわる研究なども行われているほどであった。
次々に明かされる、あまりといえばあまりの事実に、一同は声を失っていた。
「こう見えてて、失礼なやっちゃなぁ。ちょっと、外でたばこ吸うてくるわ。」
なんとなく居心地が悪くなったのか、ヤマダはそう言うと席を外した。トヨシマはかまわずに話を続ける。
「で、僕もヤマダさんも去年の夏までは第三研究室でバリバリやってたんだけど、ここだけの話、あそこ、教授がすごい俗物でね。
あそこの教授、個人研究蔑ろにしてでも企業の研究を手伝わせたりするんだ。
それでハードワークが祟って一人身体壊して入院しちゃった奴がいてね。
ヤマダさん、教授会からも一目置かれてたから、僕らを代表してその教授に意見してくれたんだけど、そしたらその教授が、
「あれくらいで身体壊す奴なんてもともと大した結果だせんわ。」
とか言ったらしくて、で、ヤマダさんキレちゃって研究室飛び出しちゃったんだよね。」
「で、学長から声がかかったんですね。」とセイジュウロウ。
「いや、まだこの話には続きがあってね。
その時、第三で研究していた内容が、COTの触覚再現技術ってやつだったんだけど、その入院した奴の個人研究が、まんまこの内容だったんだよね。
それでヤマダさんが協力して、第三より早く完成させちゃったんだよね。」
「すごいんですねぇ、ヤマダさん。関西弁なのに。」
ミクが感心するように言う。
「そう、すごいだろ。
しかも、技術開発のこと第三には隠してて、第三が完成した内容を企業に報告するタイミングで乗り込んでいったんだ。
で、性能面でも勝っちゃったもんだから、企業はこっちを採用。
当然、第三、ていうか教授の面目、丸つぶれだよね。」
笑顔で語るトヨシマの顔は本当に嬉しそうだった。
「そのあと、大学で問題になっちゃってね。
その時はヤマダさん、まだ三回生でただの、って言っても十分規格外だったんだけど、まあ、学生だったから。
大学の信用を著しく貶めたとかその教授が訴えたらしい。
で、ヤマダさん、コダマ学長から呼び出されて、
『君は何をしたいんだい。』
って聞かれて、
『研究です。自分の研究に信念を持っています。』
って答えたら、学長、大笑いしながら、
『なら、好きにやれ。』
って言って新しい研究室立ち上げさせちゃったんだってさ。
けど、教授連から担当教授なしで一学生が取り仕切るのは認められないってなって、で学長が名前だけ貸してくれて第二〇八研究室が出来たってわけさ。」
トヨシマが嬉しそうに、ただ、なぜか目を潤ませながら話している内容に、ギンヤ達は映像でしか見ていない学長の、説明会での最後のセリフを思い出していた。
『一つ一つの出会いを大切にして、有意義な研究者生活を送ってください。』
ヤマダとトヨシマ。
学校は自分たちに、こんなにも素敵な先輩たちを与えてくれたことを、ギンヤ達は感謝していた。と、しんみりしていたのだが、
「だからうち人数少ないんだよね。
君たち入れて九人だけ。
しかもヤマダさんあんなだから『電波研』とか言われてるし。
マイナーなシナプス関連の研究がメインだから人気もないし。
企業スポンサーも多くないし。
第三からは目の敵にされているしで。苦労はするだろうけど、頑張ってね。」
と引き続き笑顔で話すトヨシマ。
台無しである。
その後ヤマダが戻ってくると、トヨシマと手分けをして、今研究室で行っている研究や、提携企業、研究室の持っている特許や、個人が持っている特許の説明をしてくれたのだが、ギンヤ達の目が妙な輝きを帯びているのを見て、ヤマダは気おされてしまったのだった。そのわきではトヨシマが笑いをこらえていた。
ちなみに、後日、ヤマダの持っている特許は一つあたり、年間数百万のライセンス料を生み出していると知ることになる。
それを知った女子の間で一悶着起こるのだが、それはまた別の機会に。
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