楽しそうだな
オルタシア食堂
「お待たせ致しました~!本日のAセットと大人のお子様ランチです」
「あ、私Aセットです!」
「はーい!お子様ランチの彼氏さんは、本日限定の店長特製デザートお持ちしますので、楽しみにしてくださいね!」
「そうなの?いいなぁ」
「――食べるか?」
「いいの?でも駿くん甘いもの好きでしょう?」
「そうだが…」
「じゃ、一緒に食べよ?」
「ああ」
恋仲らしき二人をはじめ、賑わいを見せるのは、オルタシア食堂。
プラティアでも人気の高級料理店であるヴィオレットの姉妹店だが、こちらは大衆食堂で趣は違うが、リーズナブルな価格と馴染みやすい雰囲気から1日を通し、人が途切れることがない。
特に間も無く19時を迎えるこの時間帯は、仕事帰りと言わんばかりの客が断続的に店へとやってくる。
普段より早めに仕事を引き上げた司郎は、辺りをぼんやりと見つめながら、次第に大きくなりつつある喧騒を感じていた。
「よう」
そんな喧騒に紛れながら声を掛けてきたのは、黒いスーツに緩められたネクタイ。
癖のある黒髪に、印象的な桜色の瞳を持つ男。
「相席いいか?」
「ご自由に」
「どうも」
「何か頼むか?」
「もう頼んだ。やっぱロレッタは可愛いな」
「看板娘だから当然だろう」
軽く言葉を交わしながら隣に座るのは、学生の頃から付き合いのある友人――
司郎にとってかけがえのない少女の兄にして、数少ない親友である。
「万年残業のお前が、定時上がりか。珍しい」
「それを言うならお前もだろ」
「千秋に押し付けてきたんだよ」
「はぁ…」
自由人である彼に、昔から振り回される友人を哀れに思う。
「で?話って?俺の部署にまで来たからには、相当な――」
「あかねの事」
「なんだ嫁の話かよ」
「お前の妹だろ」
「痴話喧嘩の仲裁は勘弁だ。他を当たってくれ」
「喧嘩はしてないから安心しろ。そもそも俺達はそういう関係じゃない」
「強がるねぇ。いつまでそう言ってられるか、見物だわ」
減らず口でどうしようもないが、言っても無駄であるのは周知の事実であるので、無言のまま睨みつける。
当然ながら、薊は全く意に介さない様子で、鼻で笑っていた。
「あいにく俺は勘当された身でね。当主殿からの言い付けもあって、兄妹達とは距離を置いている。それにあのお転婆娘は、お前がいれば問題ない。そうだろ、義弟くん?」
「茶化すな。今彼女が大変な目に遭ってること知ってるのか?オルディネのリーデルにされかけてる」
その言葉に薊は一瞬動きを止めたが、すぐに愉しげな笑みを浮かべる。
「へぇ……ジョエルのヤツ、とうとう動いたか」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、アイツよくウチに来てたからな。いつもグラサンで顔隠した胡散臭い男だが、博識で話が面白かった記憶はある」
どうやら面識があるようで、司郎はここぞとばかりに追求する。
「あかねが会ったことは?」
「さぁな。会ったとしても、せいぜい一度か二度くらいだろう。とは言え、俺がまだあの家にいた頃の話だ。覚えてねーだろ」
薊は出会った当初から、純血の在り方を嫌っている節があった。
それ故に一族の長である母親と口論が絶えなず、高校に上がると同時に家を離れ、卒業後の進路を勝手に決め、それを機に絶縁状態になっているという。
――家にいた頃となれば、10年以上前か。
――あかねはせいぜい4、5歳。覚えてなくても無理はないか。
「しかしジョエルがねぇ………オルディネもいよいよか。あかねがリーデルにされかけてる理由は謎だが、ばーちゃん似だしな」
「何か関係が?」
「ジョエルのヤツ、うちのばーちゃんと懇意だったんだよ。噂じゃ愛人とかなんとかって」
「は?」
「ああ、あくまで噂で事実かどうかは知らねーよ。俺もほとんど覚えてないし、興味もないしな。ただ思い返してみると、確かに親密そうではあったな」
愛人という言葉に、司郎は怪訝な表情を浮かべる。
仕事上の付き合いとは言え、ジョエルの独裁ぶりから考えるに、かつて恋人がいたなどとても想像し難い。
「そういうことを耳にしていたからなのか。あるいは事実だったのか。母上殿は、あの男が心底気に食わないんだろうよ。母上殿が当主になった頃から疎遠になってはいたが、自分の母親によく似た娘にちょっかい出してると知れば……どうなることやら」
言葉だけ聞けば深刻に受け止めているようにも思えるが、当の本人は終始ニヤついた笑みを浮かべながら、適当に頼んでいたつまみを口にしていた。
「楽しそうだな」
「まぁな。澄まし顔がテンプレの母上殿の眉間に、久々に大層な皺が寄る案件だろ。楽しいに決まってる」
その口ぶりに、思わず頭を抱えそうになる。
「性格悪過ぎないか」
「よく言われる。お陰で家族に縁を切られて、継承権剥奪。加えて婚約解消だ」
「婚約解消……彼女と連絡は?」
「してねーよ」
「彼女に言わないのか」
「どうしようもないだろ。そもそも婚約は、俺が桜空の次男坊という価値によって決められもので、当人達で決めたものじゃない。それに、アイツを巻き込む気は毛頭ない」
「…………」
自嘲するような口ぶりから、薊は更に言葉を続ける。
「冗談はさておき。可愛い妹に何かあれば、俺とてそれなりに動くさ。しかし大事に至らないのは目に見えてる」
「大層な自信だな」
「当然だろ。優秀で頼りになるお
ああだこうだ言うものの、信頼はしてくれているようで、司郎は心なしか笑みを浮かべる。
「…ともかく、近いうち電話でもしてくれ」
「気が向いたらな。お前も俺を見習って素直になれ。既成事実作っても、一発殴る程度で大目に見てやるから」
「下らないこと言うな。俺と彼女はそういう関係じゃない」
「鍵渡して家に上がらせて、飯も作ってもらってるくせに何を言ってんだか」
「何で知ってる」
「職場で逢引してたら嫌でも耳に届くっての。お前それなりにモテるから、ほどほどにしとけよ」
「だから――」
「強情なのは結構だが、あかねに男が出来たらどうすんだ」
「それは彼女の、自由だろう…」
詰まり掛ける言葉をなんとか吐き出す。
あまり考えたことなかった。
だか彼女に意中の相手ができたとしても、それでも傍にいたいだなんて口が裂けても言えるわけない。
「まぁ問題ないか。アイツお前の嫁になりたいって、前に言ってたし」
「え」
「チビだった頃の話だけど」
「っ…本当に性悪だな」
不意に薊の電話が鳴る。
「――終わった?…おつー。お前も来いよ。オルタシアに司郎といるから……え?あー」
歯切れの悪い相槌を打ちながら、薊は司郎を見る。
「どうした?」
「千秋の奴、澪と紗織と一緒にいるらしい。どうする?」
どうするとは、呼んでいいかということだろう。
――千秋の事だから、俺達がここで飲んでるって言ってるだろう。
――話はだいたい終わっている。この頃は同期に全く会えてないしな。
「いいんじゃないか。会うのは久々だし」
「それな。んじゃ、今日は同期会ってことで。あ、夏樹にも声掛けてとくか。ハブると拗ねるからな」
そう言って、電話越しに話を進めていく薊。
物事を動かしていく姿は、どこかあかねと似ていて、やはり兄妹だと司郎は密かに思う。
彼の話を横で聞きながら、賑やかな夜に備えようと司郎は再びメニューを手に取った。
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