さて、入ろうか
大徳高校 周辺
「悪かったね、あかね嬢。待たせてしまったね」
「大丈夫ですよ。友達と話してましたし」
二度目のメールを確認して、教室を出て校門付近で待つこと数分。
予定通りアーネストはやって来て、合流した二人は駅周辺の細道を歩いていた。
「ありがとう。いきなりのメールで驚いたかな」
「少し。でももしかしたら、そういうことかなって」
アーネストの顔を覗くように見上げれば、彼は笑みを浮かべた。
「そう通り。失礼ながら、私の異能を使わせてもらったよ」
「やっぱり」
予想通りと声を漏らすあかねに、アーネストは言葉を続ける。
「私の異能は探索系統の能力でね。主に対象の性質などの解析や隠蔽が可能だ。ようは情報収集に非常に適していて、君のアドレスも容易に調べられたというわけさ」
「そうみたいですね」
アーネストの異能はある種の便利な能力だと思う。
「ちなみに今日はどんなご用件で?」
「ああ、用件を言ってなかったね。今日は君と話したかったんだ」
あえて何と言わないアーネストだが、リーデルの事であるのは明確であった。
「君も察しがついてる通り、これからの事を話そうかなって。館の中じゃ誰が聞いてるか分からないしね」
「んー、そうなんですかね…」
どう答えていいのか分からず、曖昧に相槌をうつ。
リーデルの件で異議を唱える彼らに話を聞かれるのはいかがなものだが、秘密裏に話すのもどこか気が引けるのも事実で、与えられた自室で話せば特段問題無いような気もした。
「個人的には、結祈の小言も少し控えたいところもあるんだ」
「小言?」
「最近多いんだ。リーデルとしては反対であっても、君個人には好意的だからね。なんとかは争えないと言うけど、その通りだ」
「?……はぁ」
アーネストの言葉が真に意図するものは分からなかったが、とりあえず彼の意向に沿うことにした。
「それに君も会話の最中に、ジョエルにからかわれるのは不本意だろう?」
「ああ、絶対イヤですね」
即答するあかねに、アーネストはクスリと笑みを零した。
「なら決まりだ。とりあえず昼食はまだかい?」
「はい。お陰様でぺこぺこです」
「ならどこかに入ろう。食べながら話すのも悪くない。行きたいところはあるかい?」
「特には」
「では私の行きつけの店に行こうか」
「お願いします!」
アーネストに連れられ、歩くこと数分。
小路から次第に路地裏へと進んでいく。
街の喧騒が遠くなっていくことを感じながら、いつのまにか広場のような場所へ辿り着く。
広間から続く左右の道は一本道となっており、その通りに沿って様々な店が無数に並んでいた。
雰囲気は違えど、商店街を思わせる。
しかしそこには先程まで確かにあった賑わいが消えた静寂たる空間だった。
「……もしかして」
「気付いたかな」
「プラティアに入りました?」
問い掛けただけだが、喧騒のないこの場所では、やけに声が響く。
「流石はあかね嬢。異能者だけが足を踏み入れることの許される、異能者の為だけ場所さ。と言っても、一部例外はあるけども」
アーネストは右の道へと静かに歩き出し、あかねもその後を追う。
「私もプラティアの存在を知ったのは少し前でね。詳しい事は分からないのだけれど、聞いた話では昔から存在はしていたようだね。一説には世界のどこかのある孤島を秘密裏に開拓したとか、あるいは現実とは違う空間に存在しているとも色々言われてるけど」
「そうなんだ……ああ、でもさっきの場所とは違うだから、別世界ですね!」
「そうとも言えるね」
ふとアーネストの足が止まる。
横にずれて見てみれば、菫の花の絵の上に【ヴィオレット】と書かれた看板が飾ってあった。
中はやや暗くてよく見えないが、飲食店か何かだろうか。
仄かに香ばしい匂いや、甘い匂いが漂っている。
「さて、入ろうか」
声を掛けると同時に、アーネストは手を差し出した。
あかねはその手を取り、赴くままに店へと足を踏み入れた。
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