お手並み拝見だ

アーネストが部屋から去ると、ようやく待ち望んだ静寂が訪れる。

明かりを消せば、窓から静かな月明かりが差し込む。

この空間が、自身にとって一番落ち着く安らぎの場所である。


「思ったよりも手強かったな…」


以前会ったときと、大分変わっていたとジョエルは思う。

自分の知る遠い日の彼女は、素知らぬ相手にも笑顔を向ける無垢な少女であった。

もっともその当時の彼女はあまりに幼く、単純に自己が形成されていなかっただけだろうが。


「流石はあの女の娘といったところか…」


どの華よりも尊く、麗しいがゆえに触れることは決して許されない。

触れたくても棘が多すぎてこちらが傷付くだけ。

しかしその華が産み落とした種は、今はまだ蕾なれど、大きな可能性を秘めている。

ゆえに理想とかけ離れていたとしても、その価値が無と等しくなるまで、精々利用させてもらうつもりでいた。

だが実際に関わってみれば、利用するどころかあの娘に振り回されている。

挙げ句の果てには協力するなどと、思ってもいない事を言ってしまう始末。

やはりあの穢れを知らぬ、全てを見透かすような青い瞳がそうさせるのか。

だが彼女は違う。彼ではない。

例え彼女が彼と限りなく近くても、同一でない以上、心から信じられる相手ではないのだ。


だが――。


『あなたの事を何も知らない』


数日前に言われたあの言葉。

それは遠い日々のなか、彼に言われた言葉と同じだった。

彼女の仕草はおろか、言動の端々にさえ、彼を思い出させる。やはり似ている。


その事ばかりが頭の中を支配して、これ以上は考えることを放棄するように、窓辺へと立つ。

ふと見上げれば空高く昇った満月が輝いていた。

ただ何も言わず、自分を照らしているように。


「……君が選ぶ道は、どんなものだろうな」


安寧とした道かそれとも――。

どちらにしろ、今はまだ分からない。

だが彼女の道がどんなものになろうが、自分の願いは変わらない。


「さて……」


ここが、始まりだ。


「お手並み拝見だ。可愛いリーデルさん」


彼の言葉が持つ真実が

明らかになるのはまだ先の話。

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