我々には君が必要なのだよ。お嬢さん
「おやおや。随分と慌ただしいな」
「……」
嫌でも聞き覚えのあるその声に、あかねは動きを止めて、声の主人の方へ静かに振り返る。
数日前にも見た黒ずくめの男の姿があった。
「やぁジョエル。今日は随分早かったね」
「思いの外、片がついたからな。帰ってみれば、珍しい声が聞こえて赴いたところ、お嬢さんだったというわけだ」
ジョエルと呼ばれた男は、アーネストと話しながらも、サングラス越しにしっかりとあかねを捉える。
明らかに警戒を含んだ表情の彼女に、愉悦を感じるかのように口元に笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、お嬢さん。元気だったかな?」
「………」
声を掛けられるものの、あかねは嫌悪感を隠す事なく沈黙を貫く。
その様子を見つめる結祈は、心配そうに彼女を見つめるが、それさえもまるで気にしていないかのように、ジョエルは静かに歩み寄る。
「相変わらず強情だな。それで?お嬢さんは何を騒いでいたのかな?」
「……………」
「まぁ大方の予想はつく。差し詰め、家主が私であることに気付き、ここから立ち去りたかったのだろう。アーネストや結祈をうまく躱していたが、実に残念だったな」
その言動に、あかねはジョエルが会話を盗み聞きしていたことを察し、彼を見据える視線が険しくなる。
その変化を見逃すはずもなく、ジョエルは嘲笑うかのように鼻で笑った。
そんな男の態度による不愉快さに気分をそこはかとなく害すものの、話したくないからと言って、いつまでも沈黙したままではいられない。
あかねはざわめく心を落ち着かせて、重い口を静かに開く。
「……やっぱり貴方の仕業ね。ここに来るように仕向けたのは」
「クックッ……直江には貸しがあるのでな」
明確ではないが、それは肯定の意味に捉えても相違ない答えだった。
「こちらの事情で、君を側に置きたくてな。直江に協力してもらい、ちょっと細工をした」
「細工ね…」
彼の言葉を繰り返すように呟けば、目の前の男は妖しく笑う。
あかねにはそれが不気味で仕方がなかった。
「我々には君が必要なのだよ。お嬢さん」
「……どういう事?」
意味深な言葉を聞き逃すまいと、真意を問い質そうと聞き返す。
すると意外にも彼は素直に答えた。
「君には異能者として、チーム・オルディネに所属してもらいたい」
「…オルディネ?」
聞いた事もない単語を繰り返せば、ジョエルは淡々と説明をし出した。
「君も多少は知っているとは思うが、我々の世界……異能者社会は、一般社会と異なっている。その一つとして、チームという団体が複数存在がある。その内の一つが我等がオルディネだ。チームとは簡潔に言えば異能者を保護する組織のようなものだ。そこに所属する事で、自身の安全や地位を得る事が出来る」
「それって、ようは一種の保険のようなもの?」
唐突な説明に、自分なりの解釈を述べれば、ジョエルは笑みを浮かべる。
「理解が早くて助かる。流石は純血の姫君」
「その言い方やめて。今すぐ帰るわよ」
そう言い放って強く睨みつければ、ジョエルは視線を逸らして歩き出す。
「…詳しい事は後ほど、話すとしよう。君には必要な事だ。が、まずは君を彼らに紹介しないとな」
「……」
「先に言っておくが、君に危害を加えるつもりは一切ない」
そう言い残してジョエルは背を向ける。
彼らとは結祈が述べていた黎明館に住む住人達のこと。
恐らくオルディネとやらに所属する異能者達だろう。
彼らの元に向かっているであろジョエルの背中を怪訝な表情で見つめながら、あかねは深く溜め息を吐いた。
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