もちろん、二人きりで

それから数分後。

徐々に人気の無い道を歩いていき、住宅地が連なる道を通ると、目の前には結祈の言う通りの年季の入った三階建ての洋館が聳え立ち、あかねの視界を奪った。


「ここが黎明館です。見た目は少し古いですが、中は改装済みなので、安心して下さい」


結祈は玄関の扉を開けた。


「どうぞ中へ。皆さん待っていると思いますから」

「はい。お邪魔します」


緊迫した面持ちで中に入ると、最初に目に入ったのは二階に続く階段と天井から吊された豪華なシャンデリアだった。


「すごっ」


古いと聞いて、多少の欠陥はあると覚悟はしていたが、実際はルームシェアで提供するには思えない程に豪華な装飾で、どこかの富豪の家ではないかと錯覚するほどだった。


「お気に召していただけましたか?」

「気に入ったっていうか、ルームシェアって聞いてたから、もっと質素なものかと」

「ああ、その件なのですが――」


結祈が何か言い掛けた時、上から物音が聞こえた。


「そこにいるのは結祈かな?」


上から声がして見上げれば、二十代くらいの青年だろうか。二階から軽く手を振っていた。

結祈はあかねと会った時と同じように、彼に一礼する。


「珍しいですね。こんな時間にいらっしゃるとは。今日はあの人と約束があったのでは?」

「そのはずだったんだけど、見事にすっぽかされてしまってね。約束破りの常習犯の名は、伊達ではないようだ」


一段ずつ階段を優雅に降りながらも、青年はどこか呆れ顔で、それを見た結祈はバツの悪そうな表情を浮かべた。


「いつもご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「ははっ気にしてないよ。いつものことだから。それに君が謝る事でもないしね」


青年は微笑みながら階段を降りると、真っ先にあかねの前まで歩き跪いた。


「!」


--この人、もしかして。

一連の動作に驚きながらも、あかねは目の前の青年を見据える。


「初めまして、可愛らしいお嬢さん。良かったら、お名前を教えてくれないかな?」

「…初めまして。桜空あかねです。今日からこちらでお世話になります」


目の前で大胆に跪く青年に若干引きながらも、視線を逸らすことなく、あかねは名乗った。

栗毛色の髪を揺らし、柔らかな笑みを浮かべるその姿は優雅なもので、紳士的にも見える。

だが一見どこか軽そうにも見え、これが俗に言う優男なのだろうかと内心思う。


--それよりもこの感覚。

--多分一緒。

--でもこんな人いたっけ。


そんな事を思いながら、再び青年に目を向けると、何故か不思議そうな表情でこちらを見上げており、あかねは思わず首を傾げた。


「どうかしました?」

「ああ失礼。そのような反応するお嬢さんは、初めてでね。少し驚いてしまった」


青年は立ち上がって正面に立つ。

そしてあかねの顔を見て、柔和に微笑んだ。


「うん。写真よりずっとチャーミングだ。その瞳も……とても魅力的だ。どうだろう。私と今晩お喋りを楽しまないかな?もちろん、二人きりで」

「アーネストさん!」


二人のやり取りを見ていた結祈は、会話を遮るほど大きな声で名を呼んで、割り込むようにして前に出るとあかねを背に隠した。


「そんなに慌てなくても。ただの冗談だよ」

「貴方の場合、冗談に聞こえません」

「それは困ったな。私としては彼女と是非ともお近付きに」

「ならなくていいです!」


アーネストと呼ばれた青年は、あかねに近付こうと足を踏み入れるがまたもや遮られ、やれやれと軽く肩を落とす。


「仕方ない。今回は諦めるとしよう」


一歩下がると結祈は、あかねに彼の姿が見えるように僅かに横にずれる。


「紹介致します。こちらはアーネスト・ウィンコット。数日前から黎明館に滞在しています」

「……外人さん?」


率直な疑問を口に出せば、アーネストは笑みを浮かべる。


「そうだね。改めてよろしく。あかね嬢」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

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