エピローグ第五話・完結

 数日後、ハヅキは団長の執務室を訪ねていた。ひとつの決心を彼に伝えるためだった。

「これ」

 彼女が差し出した封筒には「退団届」と書かれていた。

「こうくるとはね」

 団長は封筒を取り、それを眺める。

「新しい任務を任せようと思っていたところだったのだが」

「すみません」

「どうしても、辞めたいのかね?」

 ハヅキは頷いた。旅に出ねばならない。アルミラを探す、長い旅に。

「これからどうするつもりか、教えてくれないか」

「すみません」

 ハヅキは言わなかった。アルミラの味方をするということは、ギルドに敵対することだ。団長には迷惑をかけたくなかった。

「しかたがない」団長が封筒を引き出しにしまう。「これは預かっておくが、いつでも戻ってきてくれ。この、団長が眠る街に」


 ハヅキは準備を整え、町の外につながる門に向かった。

「遅かったわね」

 そこにいたのはFクラスの三人、ジルとココ、パトリだった。誰にも言わずに来たのに。

「なんで」ハヅキは言った。「見送り?」

 それにしては、三人とも荷物が多すぎる。

「わたしたち、もともとこの土地の人間じゃあないしね」

 人にも土地にも愛着なんてないし、とパトリ。

「それに、家族でしょ?」

「なにをしたいか知らんが、手伝ってやるよ」ジルが笑う。「黙って行こうなんて寂しいぜ」

「でも、私がしたいことは」

 犯罪かもしれなくて、それにみんなを巻き込みたくなかった。

 ココは黙ったままハヅキを見上げ、彼女の袖口を掴んでぐいぐいと引っ張る。

「ほら、ココも言ってるぜ。覚悟くらいできてるってな」

 ココが頷いた。

「もともと、そういうことをしでかしてFにきたわたしたちだもの」

「ハヅキも、Fにふさわしいバッド・ガールになったってこった」

 それを全肯定してやるよ、とみんなは言っているのだ。

「かなわないなぁ」

 ハヅキは笑い、頷いた。

「じゃあ、手伝ってほしいな。私がしたい悪いこと」

「上等! 楽しみなくらいだぜ」

「ほどほどになさいね」

 パトリがため息をつく。

「あら?」

 パトリが街のほうを見て、首をかしげた。

「誰かしら、あれ」

 ハヅキが振り返って見ると、そこには三〇台半ば程度の美しい女性が手を振っていた。白髪が風でたなびくのを手で押さえ、優しい笑顔をハヅキに向ける。

 それはまるで、行ってらっしゃい、と我が子を見送る母のような出で立ちで、

 ――どこか懐かしい。

 みんなが見つめるなか、女性は踵を返して街に消えていった。

「なんだったのかしら」

「さあね」

 ハヅキはその正体を知っている。どことなく自分に似た大人の女性。きっと、いまごろギルドは大騒ぎになっていることだろう。世紀の犯罪者が脱走してしまったのだから。

 ハヅキは小さく笑い、

「行こう」

 と街に背を向けて歩き出した。自分の目的のため、いつ終わるのかもわからない旅に出る。


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落ちこぼれ剣士が魔術師に転職したけどやっぱり役立たずでごめんなさい 音水薫 @k-otomiju

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