エピローグ第四話

 牢獄にいたカミラは以前の彼女とはおよそ結びつかないほどの変貌を遂げていた。

 まず見た目が老けていた。顔や手には皺が深く刻まれており、骨や皮しか見当たらないほどやせ細っている。髪もまとまりがなく艶やかさが失われており、清廉さを感じさせた白髪もいまや加齢の影響以外想像もさせない。幼かった体躯も成長し、立てば美しくのびやかであろうが、曲がった腰が本来ある身長を隠している。

「なにが」ハヅキは動揺していた。「カミラさん、なの?」

「アルミラ君に内気(オド)の大半を奪われたらしい」団長が言った。「いまは生命の維持に精いっぱいで、美に回すだけの内気はないのだろう」

「ハヅキぃ」

 カミラが左腕を檻のあいだから伸ばした。ギラギラとした瞳をハヅキに向けている。右腕はいまも治っていないらしく、彼女の体に沿って垂れ流しにされている。

「カミラさん?」

 ハヅキは伸ばされた手を取ろうと一歩踏み出すが、団長によって阻まれた。

「いつでも、殺すだけの準備があることを忘れるな」

 団長に射抜かれたカミラは舌打ちし、鈍い動きで腕を引っ込めた。

「さあ、約束通り話してもらおうか」

「あんたが出て行けばね」

 カミラはしわがれた声で言う。

「私は大丈夫です」

 ハヅキが頷くと、団長はため息をついて踵を返した。

「くれぐれも檻には近づかず、何かあったら呼ぶように」

 扉のすぐそばにいる、と言って彼は地下牢から出て行った。ハヅキはそれを見届け、カミラを振り返った。

「私、あと三か月の命だって聞きました」

「当然でしょうね。あんた、アルミラに内気を分け与えたでしょう」とカミラ。「あれだけの傷を治すのに、命ひとつ使い切らずに済んだのは幸運中の幸運」

 相性が良かったのね、と。

 人一人分の内気で致命傷は治せない。ヘクセ族の術が医療に用いられない理由はそこにあった。運用効率が悪すぎるのだった。

「だからこそ、大勢から奪っていくわけだけれど」

「じゃあ」とハヅキ。「私も、そうしないといけないんですか?」

 それが解決方法なのか、とハヅキが言おうとしたとき、

「ハヅキちゃん、アルミラと会ってるわね?」

 言われ、ドキッとした。ハヅキは入院中のことを誰にも話していない。アルミラが捕まったこと、脱走したこと、つまり、ギルドに追われる身となったことを知ったから。

「そのとき、顔の傷を治してもらったのね」

「……言うの? 団長に」

「あんたの寿命はあと二五〇年」カミラが言った。「その時にもらったぶんの内気を返したんでしょうね」

 利子込みで、とカミラ。

「アタシから奪った内気のうち、半分がハヅキちゃんに譲渡されている」

「なんで、そんなこと……」

 アルミラさんはしたのだろう。あげたぶん、せいぜい七〇年ぶんくらいだろうか、それだけを返せばいいのに、なぜそんなにも多くを自分にくれたのだろう、とハヅキは思った。

「生きててほしかったんじゃないの?」

 カミラは言う。

「時効を迎えて、だれもがアルミラのことを忘れたころ、また、ハヅキちゃんに会えるように」

 待っていて、というのはそういう意味だったのか、とハヅキは思った。この街、このギルドで待っていてということではなく、一〇〇年、二〇〇年という永い時を待っていて、と。

「アルミラさん、どこに行ったのかな」

「会いに行くつもり? いまや指名手配犯でしょう?」

「それでも、会いたいの」

 だって私はヒューマンだから。それだけの長い時間は生きていられない。だから、

「いまから、一緒にいたい。アルミラさんが赦されるまで、一緒にいてあげたいの」

 カミラが小さく笑った。

「極東に行くといいわ」

「極東?」

 ハヅキの父が生まれ育った場所。

「西洋の支配が及ばないその土地なら、あるいは」

 ハヅキはそれを聞き、腰の剣を抜いてカミラに近づいた。

「あら。聞くだけ聞いたら用済み? ジジイの敵討ちってわけね」

 いいわ、とカミラは目を閉じた。

「拷問されるよりはマシだものね」

 ハヅキは静かに刃を走らせた。滴り落ちる血。

「あんた、なにを……?」

 ハヅキが斬ったのは、自分の手だった。流れ出る血に塗れた手でカミラの右腕を撫でる。すると、彼女の腕から傷が消え、ぶら下がるだけだった状態から自由に動くようになった。

「なにを考えているのかしら。お礼のつもり?」

「べつに」ハヅキはカミラを見た。「伯母さんのためになにかしようって思うのはダメなのかな」

 カミラは肩をすくめた。

「もう、悪いことしないでね」

 ハヅキは踵を返し、地下牢から出て行った。

「バカね、ホント」

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